プロローグ
俺は、これから死ぬ。
やりたいこともない人生。悔いはない。
だって、誰かのために死ねるんだから。
「ヴァルフレア。本当にいいのか?」
「ああ。俺が生贄になるよ。生贄になれば、この村は救われるんだろう?」
「だが……地獄の業火はお前の肉と魂を焼く。お前の存在は完全に消えてしまう……魂も輪廻から外れ、転生することもない」
「いい。人はいずれ死ぬ……なら、ここで死のうが変わらないさ」
俺はヴァルフレア。みんなからはフレアって呼ばれている。
両親は幼い頃に死んで、村の人から食料を恵んでもらいながら生きてきた。
友人もいない。毎日毎日、退屈に過ごしていた……。
「『地獄門』……この先には、悪魔ですら近づかない地獄の炎が燃えている」
俺の村は、呪術が栄えていた。
この世界の最北端にある小さな村で、この世界を全て燃やし尽くせると言われている地獄の炎の扉、『地獄門』を呪術によって封印している。
地獄門の先には、炎の化身が住んでいるとか、最低最悪の魔獣が罰を受けて燃やされているとか、よくわからん御伽噺が村では流行っている。
そして、この村は……千年に一度、炎に生贄を捧げることによって、地獄門を安定させるという呪術を使い、世界を炎から守っていた。
「ヴァルフレア……」
「今までありがとうございました。先生」
「……わしは、お前を誇りに思う」
俺の面倒を見てくれた呪術の先生は、一筋の涙を流す。
見送りもない、生贄のために俺は一人、地獄門にむけて歩き出す。
先生が見守る中、俺は地獄門に触れる。
門が開けば世界は炎に包まれる。だから、この日のために習った呪術を使う。
「『開きやがれ、くそったれ』」
トプン、と……水面に小石を落としたような波紋が広がる。
俺はゆっくりと振り返り、育ての恩師に頭を下げた。
「さよなら、先生」
そして、地獄門の中へ進んでいく。
◇◇◇◇◇◇
「うっ……こ、これが……世界を焼く炎……すげぇ」
地獄門の先は、炎に包まれていた。
火は赤いという固定観念は崩された。
赤、青、黄、緑、紫、黒、白、そして黄金に輝く炎が荒れ狂っている。
地獄門の先は炎しかない。大地もない。本当に炎だけ。
『……えっ?』
ふと、身体の感覚が消えた。
違う。消えたんじゃない。
『え』
俺の身体は、墨のように黒くなっていた。
ここにいる『俺』は、むき出しの魂。肉の身体は完全に燃え尽き、純粋な魂の『俺』がここにある─────。
『ひっ─────っぎゅいやぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああggっがあぁぁぁぁぁあsがががxxがっがっががっがああっぁぁぁっぁっぁぁっぁx─────っっ!?!?!?』
なにがおきたかわからない。
痛み、死、熱、かき回されるような何か。魂が燃える。
ああ、これが死。
後悔。やめればよかった。
世界は滅びてもいい。やめたい。
俺は燃えた。
地獄の炎に焼かれた。
でも、死なない。なぜか死ねない。
魂は燃えている。あとは消滅するだけ。こんなので地獄門が維持? ふざけんな。
ああ、おれは、もえ、死…………。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
『…………死なねぇ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
えー、俺は死んでません。
炎の熱さに慣れてしまい、魂のまま地獄の炎に焼かれていた。
時間の経過もおぼろげになり、焼かれてから何分、何時間、何年か経過したのかよくわからない。
『…………参ったな。これ、生贄として大丈夫なのか?』
魂のままなので声は聞こえていないはず。
でも、『喋る』という感覚は魂に刻まれているので、俺は喋っていた。
今の俺は魂。身体がない意識だけの状態だ。
『せっかくだし散歩してみるか。よく考えたら、地獄門の先って誰も知らないんだよな』
カラフルな炎が燃えている。
赤、青、黄、緑、紫、黒、白。そして黄金……こうして見るとすっげぇ綺麗だ。地獄なんて言われてるけど、こんな幻想的な光景は天国かもしれない。
魂の状態なので、歩くという概念はない。意識を上に向けるとどんどん上に行く。
『天井はない。無限に行けそうだけど……進んでる感覚はあるけど景色は変わらないな』
一定距離まで意識を上に向けると、それ以上は進まなかった。
見下ろすと、カラフルな炎が燃えている。地獄の炎も綺麗なもんだ……。
『あ、なんかみっけ』
炎は、混ざり合って燃えている部分がある。それとは別に、色ごとに分かれて燃えているエリアがあった。
赤い炎が燃えてるエリアに意識を向けて移動すると……。
『……なんだ、これ?』
炎の中心に、真っ赤な宝石が浮かんでいた。
燃えるように、血のように赤い……俺は手を伸ばすように意識を向ける。
『うっぉぉぉぉっ!?』
すると、宝石が消えた。
違う。俺の魂、俺と同化した。
同時に、赤い炎が俺の中に入ってきた。魂が炎を吸収している。
『お、ぉぉぉ……なんだ、こりゃ』
ドクン─────。
わかる。これは……地獄の炎だ。
俺の魂に、地獄の炎が刻まれた。
『……待てよ? もしかしたら』
再び意識を上に向ける。
地獄の炎を見下ろすと……赤い炎が消えていた。
『そ、そうか。もしかしたら他の炎も……』
青い炎の燃えている場所に向かうと、やはりあった。
青い宝石が浮かんでいたので、赤い宝石と同様に手を伸ばす。すると、宝石が消えて俺の魂と同化した。
そして、青い炎は消えた。
『そうか。これなら……』
俺は、八色の炎を全て調べ、俺の魂に炎を取り込むことに成功した。
全ての炎を吸収すれば、地獄の炎は消える。つまり……地獄門の管理なんかしなくてもいいんだ。
あれ、もしかして俺……世界を救える?
『いよっしゃぁぁっ!! 消えたあぁぁぁぁぁっ!!』
炎は全て消えた。
地獄の炎が消え、何もない更地になった。こうして見るとけっこう狭い場所で燃えていたんだな。
『よーっし!! 先生に報告……って、魂だけじゃ無理か。呪術で死者と会話することはできるけど……肉体があればなぁ』
と、そんな風に考えた瞬間。
魂から真っ白な炎が吹き荒れ……炎が肉となる。そして、人間の身体を俺は手に入れていた。
「……………………え? あれ?」
素っ裸。
肉の身体。久しぶりに感じる触覚。ペタペタと顔に触れ……あれ、なにこれ、涙?
「あ、あはは……なんだこれ? なんだこれ? あはは……」
座り込み、涙を流した。
俺は生きていた。
ヴァルフレアが、俺が生きている。
「よっし!!」
素っ裸のまま立ち上がり、俺ははしゃぎ回った。
死んでもいいと思っていた。
でも、生きていることがこんなにも嬉しかった。
地獄の炎は消えた。もう地獄門の管理は必要ない。
でも、俺は知らなかった。
外の世界が、ちょっと面倒くさいことになっていると。