八刃
黒いスーツを身に纏う男。
白髪に髭、ネクタイもしっかりと着けているその男は軍刀を腰に携えて歩いていた。
街中を歩くその男の風貌は明らかに目立っており、歩く周囲の人は目立つこの男に視線を奪われ、中にはその奇妙な格好を携帯電話の言葉にカメラで撮影する者までいる。
そんな視線や行動など気にしていないのか男は黙って歩いており、ただひたすら前を進んでいた。
が……
突然鳴り響くクラクション。
男が歩みを止めると……男に向かって大型トラックが迫っていた。
いや、迫っていたというよりは男が自らそこに踏み込んだと言うべきかもしれない。
男が歩いていた場所は横断歩道、ちょうど歩行者用の信号は赤。
対する大型トラックの進行方向の信号は青。
つまり……男は自らトラックの前に現れたのだ。
「……」
クラクションが鳴り続ける中動こうとしない男。
周囲の人々は男が確実にトラックに轢かれる、そう思いその瞬間を目にせぬように視線を逸らすように動く。
「……失礼」
周囲の視線が男から離れたその時、男は左手を軍刀の柄に掛け、男が軍刀に手を掛けたと同時に大型トラックは縦に両断されて男を避けるように両断された車体が左右に飛んで行く。
両断されて左右にそれぞれ飛んだ車体は大きな爆発を起こし、トラックの爆発に周囲の人間はパニック状態になる。
トラックの爆発に視線を持っていかれる人々。
その人々に関与せぬかのように男はどこからか携帯電話を取り出すと電話をかける。
「……すまぬが迷った。
案内を頼む」
『デカい目印を出してくれてるな。
今いる位置から西の方に向かえ』
「西……とはどっちだ?」
『オマエが今向いてる方向から時計回りに四十五度回った方が西だ』
「かたじけない」
『早急に到着しろ。
ヤツらは新たな仲間と合流する気だ』
「……その中には私の目的の男がいるのだな?」
電話の相手に確認するように訊ねる男。
男の問いに対して電話の相手は間を置くこともなくすぐに回答した。
『オマエの望み通り、例の男はアストと行動している。
オマエが倒したくて仕方の無い男がな』
「……漸く会えるのか。
私の憎悪の対象……私の大切なものを奪った憎き鬼神!!」
電話を一方的に切ると男は西の方……時計回りに四十五度体を回すと地面を強く蹴って目にも止まらぬ速度で走り出していく。
「待っていろ……!!
私はオマエから全てを斬り奪う!!」
***
どこかの道場。
今は使われていないのか埃にまみれており、天井や壁も少し崩壊しかけている。
ガイはアスト、天晴、ミスティーとともにここにやって来ると中に踏み込むべく進み、道場の古びた状態を見るとアストに確認した。
「本当にここであってるのか?」
「ここで間違いない。
ここはかつてある流派の剣豪が使っていた道場。
そして今から会う男はその流派のものに代々仕えていた刀鍛冶だ」
「ある流派?」
「今はもう無くなってるがな。
数年前にその流派の師範代の弟子が全員何者かに倒され、弟子の仇を取ろうと考えたその師範代はその何者かに挑むも敗北。
その後この道場を閉め、この場は代々仕えていた刀鍛冶が新しく仕える流派のものにここを託せるように譲ったらしい」
「……」
アストの話を聞くとガイは何故か黙り、そしてある事を思い出していた。
『我が弟子の仇、今ここで果たす!!』
「……」
「……まぁ、いい。
予定より早く到着したからまだ来てないかもな」
「そんなに早く来たのかしら?」
「いや、五分くらいだ」
ミスティーが訊ねるとアストは五分と答え、答えを聞いたミスティーはため息をついてしまう。
「……向こうはギリギリの到着になるのね」
「まぁいいじゃん。
オレこういう道場来るとワクワクするしさ」
相手の到着がギリギリになることに少し呆れるミスティーとは対極的に天晴はこの道場に何故かワクワクしている。
おそらくだが今好きにしていいとともにガイかアストが言えば天晴は子どものように無邪気に走り回るかもしれない。
それくらい天晴は謎にワクワクしている。
「……天晴、落ち着こうぜ」
「でもよガイ。
こういう所ってテンション上がんない?」
「オレは……」
「家の道場で十分だよな、アンタは」
ガイの言葉を遮るように道場の中から誰かが彼らに歩み寄ってくる。
赤い髪に金色の瞳、作業着のような服を着たバンダナの青年は刀を手に持ってガイたちのもとにやって来るとアストに話しかけた。
「アンタがアストだな。
親方から話は聞いてるよ」
「……頼んでいた刀は?」
これだ、と青年はアストに手に持っている刀を手渡し、アストは刀をガイに投げ渡すと彼に確認させる。
「オマエが確認しろ」
「分かった」
ガイはアストが投げ渡した刀を受け取ると鞘から刀を抜き、刀を隅々まで調べるように見ていく。
一切の曇りのない刀身、刃は見事なまでに綺麗に研ぎ澄まされ、そして柄の細部までもがこだわり抜かれてるのが目で見てわかる。
手で持った感触、これもガイが今まで握ってきた刀とは比べ物にならないほどに手に馴染んでいた。
「……最高の刀だな」
「そりゃアンタが使うって聞いてたからな、雨月ガイ」
「オレを知ってるのか?」
当然、と青年はガイに歩み寄り、青年が歩み寄るとガイは刀を鞘に収めて話を聞こうとする。
「三百人斬りの天才少年剣士、その勇姿をオレは生で見てたからな。
刀鍛冶見習いのオレはいつかアンタが使ってくれるような刀を作れるようになりたいって思ったくらいにアンタの凄さに惹かれたよ」
「……あんなのはたまたまだ」
「たまたまじゃない。
偶然で三百人を斬れる太刀筋はない。
アンタの剣撃は間違いなくこれからの剣士の歴史を変えていく」
「……ありがとう。
えっと……」
「岩鉄音弥。
先代の親方・「火岩」の名を持つ岩鉄元柳斎から刀鍛冶の全てを託された刀鍛冶現当だ」
「待て、「火岩」って……」
青年・音弥の口から出た「火岩」の名を聞いたガイはイクトからの報告を思い出していた。
『最初の被害者は「濁龍」田所宗一郎四十二歳。
能力は濁流を生み出して操る能力だけどこの人は一切抵抗した様子はない。
二番目は「華風」早智小夜二十四歳。
能力は花びらを風で自在に操る能力だけどこの人も抵抗した様子はない。
三番目が「砂蠍」サソリ。
この人の遺体解剖で犯人の手口が発見された。
でそこから「油爆」、「火岩」、「碧氷」、「雷來」、「万兵」、「邪陽」、「天藍」、「学天」、「血鬼」、「植祓」……で昨晩襲われたのが「百光」天津風だ』
「音弥、オマエの親方は……」
「そうだな。
「コード・プレデター」に殺されたよ。
だからオレが引き継いだってことだな」
「……」
「アンタは悪くねぇぞ雨月ガイ。
「コード・プレデター」が殺した、その「コード・プレデター」をアンタが倒すってならオレは微力でも力になる、そのために刀を用意した」
「刀ってそんな簡単に出来るものなの?」
「いや、この刀はいつかオレが渡そうと思って用意しておいた最高の刀だ。
だから早く渡せたんだ」
「……ありがとう」
「気にしないでくれ。
その代わり……必ず「コード・プレデター」を殺してくれ」
「……分かった」
ガイは返事をすると音弥に握手を求めるように手を差し伸べ、音弥はそれに応じるように握手をした。
二人の男が握手をし、そして気持ちを通じ合わせている。
アストたちはそれを見てい……たのだが、突然吹く風にミスティーは慌ててガイに伝えた。
「ガイ!!
ここから離れるわよ!!」
「え?」
「ミスティー、オマエ何を……」
ミスティーの言葉にガイとアストが不思議そうな反応を見せていると、突然無数の斬撃が飛んで来て道場の壁を破壊し、さらに無数の斬撃がガイたちを仕留めようと迫って来る。
「敵襲!?」
「ダメ、間に合わな……」
思わぬ攻撃に天晴とミスティーは諦めかけるが、ガイは刀を抜刀して前に出ると次々に斬撃を放ち、放った斬撃は迫り来る斬撃を全て破壊していく。
「すげぇ……」
「さすがは刀鍛冶が個人のために用意した刀、その力は本物のようだな」
「当たり前だろアスト。
オレはこのために何度も何度も刀を作ってんだからよ!!」
自分の作った刀を誇らしげにアストに話す音弥だが、アストはそんな彼の反応に合わせることも無く聞き流すと全員に伝えた。
「サイクロプスを倒したことで次の追っ手が来たようだな。
ガイ、天晴は前衛、オレとミスティーは音弥を守りながら後衛として支援するぞ」
「待てオレも……」
「残念だが音弥。
オマエにはまずオレたちの力を知ってもらう。
その上で自分にできることを見つけてもらう」
「……分かった」
「……」
(さすがアスト。
この状態で的確な指示と判断で役割を分担し、音弥にオレたちを詳しく知らせてこれからに繋げようとしてる。
これが……)
「来るぞ」
アストが冷たく言うとガイたちは道場を襲った斬撃が飛んで来た方に向かって構える。
ガイたちが構えるとゆっくりと一人の男が歩いてくる。
白髪に髭、腰に軍刀のスーツの男……。
ゆっくり、ゆっくりと歩いてくるこの男はガイたちの姿を見ると嬉しそうに笑みを浮かべる。
「……ようやく見つけた。
私の悲願、私の望み……長き月日を超えてようやく巡り会えた!!」
「アイツは……」
「誰なの?」
男を見たガイとミスティーは男が何者なのか分からぬ顔で顔を見合わせ、天晴も不思議そうに考えているが、アストは違った。
「……生きていたのか老害。
ここを手放し朽ちたと思っていたぞ」
「アスト?」
「ほう、今はアストと名乗り語るのか?
なるほど……あの男に名を尋ねても知らぬわけだ。
我が弟子を再起不能にし、刀すら掴めぬ体にした憎き鬼神……今ここで私が殺してくれる!!」
男は軍刀を抜刀するとアストに向かって走り出し、ガイと天晴は武器を構えると走り出した男を止めるべく攻撃しようとする。
が、二人が攻撃を放つと男は風となって消えてしまう。
「「!!」」
「ガイ、天晴!!
そいつは「風」の能力で大気と同化する剣士だ!!」
音弥がガイと天晴に向けて叫ぶと男は音弥の背後に現れ、アストは音弥を守ろうと魔力を纏わせた蹴りで男の軍刀を止める。
「……オマエの狙いはオレだろ?」
「それは変わらぬ!!
だが答えてもらおうか……元柳斎のせがれ!!
何故貴様は憎き鬼神に手を貸す!!」
「オレはオレのやりたいようにやる!!
親方とは違う!!」
「笑止!!
私と元柳斎が築き上げた殺人の太刀は途絶えてはならぬ!!」
「私と元柳斎……ってまさか!?」
そのまさかだ、とガイが何かに気づくと男はアストと音弥から離れるように後ろに飛ぶとガイたちに向けて話していく。
「ここは元々私の……鬼童丸が代々殺人の太刀を伝授してきた道場!!
そしてそこにいる男の一族、岩鉄家は私の殺人の太刀のために刀を打っていたのだ!!」
「殺人の太刀……だと?」
「憎き鬼神に誑かされたかせがれよ。
その腐った性根、ここで……」
黙れ、とガイは音も立てずに男……鬼童丸に接近すると刀で斬りかかり、鬼童丸は軍刀でガイの一太刀を止める。
「……この男!!」
「オマエの過去はどうでもいい……けどな!!
音弥の道をオマエ如きが決めれると思うな!!」