三十七刃
情報を得たガイはソラ、アストとともに集会所内のテーブル席で座ってコーヒーでも飲みながら情報を整理していた。
「黒徹砂弥はここを訪れていた。ここに来てあのマスターに以前行動をともにしていた同業者の男が来ていないかを尋ねられたると同時に去る前に渦波拓海と呼ばれる化学者について尋ねたのが最後に確認されたってところだな」
「しかもその渦波拓海ってのは誰に聞いても情報が出なかったのにアストは知ってるって話だ」
情報を整理するガイとソラは黒徹砂弥が探しているとされる渦波拓海について知るというアストに視線を向け、視線を向けられたアストはコーヒーを優雅に飲むと渦波拓海について語っていく。
「渦波拓海、今も生きてるのなら二十六歳。東北地方出身の地方高校で学力トップの成績で都内有数の名門大学の生物学を専攻に入学すると在学中はつねに主席としてその高い頭脳を発揮し他の生徒や学舎に披露していた。付けられた渾名は《天才学者》、化学という観点ならばおそらく負け劣ることの無いずば抜けた知識と技術を有していた天才だ」
「生まれ持っての天才ってわけかよ。さぞかし優遇されてたんだろうなその天才学者様は」
「……どうしたんだよソラ。やけに天才って部分に引っかかるような言い方して」
「当たり前だろガイ。オレたちは戦いの天才とも言えるヒロムの指示で調査を始め、黒徹砂弥に辿り着くための手掛かりが天才学者。その情報を集めに同行してるのが天才と謳われた剣士と天才と呼んでも過言ではない闇の貴公子だ。この短時間で天才って呼べる人間が何人出てきた?天才ってのはそう簡単に生まれちゃダメだろ。バーゲンセールの売れ残り品じゃあるまいし」
「そういうオマエもヒロムから射撃の天才って言われてんだろ」
「あの程度のことはヒロムも出来る。それにお情けで天才なんて呼ばれても嬉しかねぇよ」
天才という言葉に対して何故か不快感を感じているソラの態度が悪くなる中でガイは何とか彼を宥めようとしたが、その一方でガイはアストが話した渦波拓海についての内容のある部分について気になってしまい彼に質問してしまう。
「アスト、生きてるのならってのはそのままの意味なのか?
渦波拓海は死んでるのか?」
「……さっきも渦波拓海の写真を見た時に軽く話したがヤツは半年前に失態を犯して姿を晦ましている。その後を知るものは誰もいない、そういう意味では生きてるかすら分からないからそういう言い方をしたんだよ」
「なるほど……。それでその……」
「渦波拓海が犯した失態ってのは何なんだよ?」
ガイの言葉の途中であることなど気にすることもなく話に割り込むようにソラはアストに渦波拓海が何をしたのかを尋ねる。横から割って入られたことにガイは嫌な顔をする訳でもなくただ同じことを聞きたかったのかアストが答えるのを待ち、ソラの質問を受けたアストは知ってる限りのことを話していく。
「渦波拓海は一年前に生物学についての知識を得ると医療に役立つであろう代替細胞を生み出した。所謂移植用の細胞を生み出して皮膚の再生などを可能にしようとしたんだが渦波拓海よりも先に医学の賢威が移植用の代替細胞を用いた再生治療によるリスクとそれを用いた医療展開の撤廃を全国に求めたことで全て泡となったんだ」
「あ?じゃあ別に渦波拓海は何も悪いことは……」
「続きがあるんだよな?」
「その通りだガイ。この話には続きがある。
医学の賢威が訴えたその撤廃は何もすぐに始まるものじゃなかった。結局のところが能力者が増える中で負傷者の痛みも多様化する、それに伴って導入を検討されていた再生治療に用いると話が進められていた代替細胞の臨床試験を行った結果がまだ不安の残るものだったから一度保留するという意味での撤廃だったんだ。だが渦波拓海はこれまで優れた成績を残し功績ばかり築いてきた化学者。その男のプライドがそこで終わることを許さなかったのか渦波拓海はある人物の実験の成果を奪ったんだ」
「それが生体実験なのか」
「ざっくりとした言い方をするならな。正確に言うならトカゲのシッポみたいな再生が可能かどうかって実験の成果を盗んで渦波拓海は本来なら失った手足を生み出せない人間が人為的に生み出せるようになる体構成になる遺伝子と細胞を生み出そうとしたんだ」
「なっ……」
「なるほど、たしかにガイが倒したホムンクルスの親玉とやってることは大差ねぇな。結局は新しい肉体を生み出すって技術を他人の成果を盗んで完成させようとしたってことだろ」
「そうだ。そしてそれを渦波拓海は実験の成果を盗むこととなったその実験を行った人物の腕を切断して試そうとしたんだ。渦波拓海を不審に思っていたその人物は彼が盗んでいないかを試そうとすると共に警察たちと手を組んであえて渦波拓海の誘いを受け、右腕を負傷しながらも渦波拓海の悪事を暴いて化学者として終わらせようとした。だが渦波拓海はズル賢さを得ていたらしく逃亡、その後警察の目をどうやってくぐり抜けたかは知らないが半年前にその件が起きてからは一度も目撃されていない……ってのがオレの知る情報だ」
「それで、渦波拓海のその犯行を予知して右腕を負傷しながらも悪事を暴いたその人物は生きてるのか?」
「いや、そいつは「コード・プレデター」……トーカーの指示を受けたユリウスの連続殺人に巻き込まれて死亡している。オレが渦波拓海について知ったのもガイと手を組んで「コード・プレデター」を倒すための情報を得るためにそいつを調べたらたまたま出てきたっていう偶然だからな」
渦波拓海について一通り語られた。語られた内容を前にしてガイとソラは驚く様子を見せることはなくどこか落ち着いた様子で話を聞いていた感じであり、そして渦波拓海について知ったガイは話を次に進めて今後について話し合おうとした。
「渦波拓海のことを知れたけど、今オレたちが調べるべきは黒徹砂弥だ。どうやって黒徹砂弥本人に辿り着くかがカギになるけど……そう簡単に事は進まないよな」
「まぁ、頼みの綱のここのマスターも知らないわけだしな。結局のところ詳しい情報は分からぬままで振り出しってわけだな」
そうでもないな、とアストはソラの言葉に反応するように言うと黒徹砂弥について調べるための手掛かりとなるであろうある事をガイとソラに話していく。
「黒徹砂弥はかつての相棒となっていた能力者を探していた。そしてその能力者が最後に引き受けたとされる依頼をさっき調べさせてそれについての資料を出ささせた」
「マジか」
「さすがアスト、仕事が早いな」
「黒徹砂弥が探していたのは白妻雷吾、「白雷」の異名を持つ能力者だ。肝心の依頼だが未解決のままで放置されているらしい。それが原因かは知らないが黒徹砂弥が動いたとすれば……」
「その依頼を調べて黒徹砂弥が白妻雷吾を探そうとする」
「つうことは次どうするかは決まりだな」
「白妻雷吾が最後に受けて未解決のままの依頼の内容は討伐だ。討伐対象は賞金首……「ワイルドティーガ」と名乗る集団だ」
次に調べるべき道が決まったガイたちはやる気を見せると立ち上がり、三人は目的地へと向けて歩き出す。
だが……
******
どこかの研究所。
今は正常に機能していないのか小さな明かりだけの薄暗いその研究所の中を一人の青年が歩いていた。
一部が灰色に変色している青髪に黄色い瞳、やつれたかのように痩けた頬。よごれた白衣を纏うその青年は何やら電子端末を操作しながら歩いていた。
「……検証実験は成功。これでオレは新たな発見を歴史に刻める。錬金術とやらは信用していなかったが、錬金術士に協力していたあの男がオレのところへ助けを求めに来たのは好都合だった。あの男を助ける見返りとして細胞の採取を要求した結果としてアイツの研究成果なんかよりよほどいいものが得られた。そして何より三週間も前に錬金術士は死に果てたらしいからこれでオレが支配者として君臨出来る」
青年は電子端末の操作を終えると近くの扉を開けて中に入る。入った先には白髪の男がいた。
「……仕事か?」
「キミを探し回っている黒徹砂弥を探している輩が現れたらしい。キミの存在とオレのことが話された上にその輩たちはキミが偽装のために引き受けた「ワイルドティーガ」の討伐依頼を調べようとしているようだ」
「なるほど……オレを調べようとしてるヤツらが目障りだから殺せってことか」
「そういう事だよ、白妻雷吾……いや、ライトニング。
既存の能力者ではキミを倒せないことの証明とオレの成果を披露してもらおうかと思ってね」
「了解したぜ、アドミニストレータ。
アンタの望みを叶えてやるよ」
「頼むよライトニング。
オレは「コード・プレデター」に資金提供していた例の男に接触する」
白髪の男……ライトニングと呼ばれた男は不敵な笑みを浮かべ、彼に指示を出した青年は……渦波拓海は何かを企むような顔で何かを見つめていた……




