二十二刃
姫神ヒロムの一撃を受けたユリウス・トーマスは殴り飛ばされ、殴り飛ばされたユリウスは地面を何度も転がりながら倒れる。
倒れたユリウスは地面を何度も転がる段階で体を打ちつけたのか負傷しており、そして口から血が出ていた。
「バカな……ありえない……!!
こんなこと……こんなことが……!!」
「オレの方が強い、単純にそれだけだ。
オマエが能力を持っててもオレの拳には劣る、その結果がこれだ」
ヒロムに殴られ今倒れている自分が信じられないユリウスは今自分の身に起きていることから目をそらすように言葉を呟き、そのユリウスに現実を突きつけるようにヒロムは冷たく告げる。
だがその言葉にユリウスは怒りを抑えられなかった。
能力の無い男に負けることへの屈辱感、自分が追い詰められていることに対しての感情を高ぶらせて逃避するように、そしてホムンクルスとなった自分の中の誇りが敗北することに対してそれを受け入れることを許さない。
「ふざけるな……!!
新たな人類となるホムンクルスが……オマエのような野蛮な猿に敗北するなど許されない!!
あのお方に……「コード・プレデター」の悲願のためにもオレは負けられない!!
オマエのような野蛮な猿が我々の理想を、悲願を妨げる!!
神に背く許されぬ行為だ!!」
ユリウスは怒りの感情を高ぶらせながら体を起き上がらせると自身の口から出ている血を右手に集め、集めた血に形を与えると血の剣に変化させる。
「液体……いや、血液か。
他人の血液も操れるのか自分の血液だけかは知らねぇが、血液操作は間違いなさそうだな。
それに、形まで与えるのは厄介だな。
けど……欠点はある」
「ホムンクルスとなったオレの力に欠点などない!!
何も知らない野蛮な猿が……能力も持たない無能の人間が人の力を語るな!!」
ユリウスの血を操る力を分析するヒロムが気に入らないユリウスは感情を露にしながら走り出すとヒロムの心の臓を貫くべく血の剣で突きを放つが、ヒロムは息を吐くと素早く蹴りを放ってユリウスの血の剣を破壊して剣の形を生していた血を吹き飛ばしてしまう。
「なっ……」
「何かに形を与える、形を変える能力ってのは一見すると強力だがその反面で感情の浮き沈みが激しければ力は百の性能で発揮されずに脆くなる。
故に……能力者は能力を理解した上で感情を制御しなければならない!!」
血の剣を破壊されたユリウスが驚きを隠せず動きが止まる中でヒロムは忠告するとその場で軽く飛びながら体を回転させて回し蹴りを放ち、放たれた回し蹴りはユリウスの頭部に命中する。
回し蹴りを受けたユリウスの首の骨は砕けるような音が響き、そして骨の砕けたユリウスの首は本来ありえない曲がり方をさせてユリウスの体を地面に倒してしまう。
「あ……う……」
「……新たな人類って謳ってたけど、思想だけのようなだ。
体はオマエが見下す野蛮な猿と何も変わらない……むしろオマエは能力者ってこと以外はただの人間だ」
「ふざ……け……」
「まだ意識があるのか。
新人類とやらは人体の構造が多少異なるようだな」
けど、とヒロムはジャージのポケットからナイフを取り出すとユリウスの心臓に突き刺すべく強く握る。
「どんな生き物も心臓がある。
ちょうどさっき襲ってきたヤツから拝借しておいたコレで新人類とやらは心臓があるか確かめてみるか」
まるでイカれた科学者が自らの興味や関心を探究していくかのようにヒロムは言うとユリウスの心臓を貫くべくそれがあるとされる位置にナイフを突き刺す。
ナイフが刺さるとユリウスは血を吐き、微かな呼吸も止まってしまう。
「……心臓はあるのか。
骨格的な問題なのか、それとも……」
ユリウスが死んだことを確認すると彼が言っていた新人類とやらについて考えるヒロム。
するとナイフで刺されたユリウスの体は全身が白くなっていき、完全な白になったユリウスの体は塵となって消えてしまう。
そして塵となって消えたユリウスの体があった場所には石のようなものが落ちていた。
「……あ?
んだこれ?」
落ちている石のようなもの、普通ではないと感じたのかヒロムは腰を低くすると警戒しながらそれを拾おうと手を伸ばした。
その時だった。
何かを感じ取ったヒロムは石のようなものを拾おうとする手を止めると立ち上がり、そして後ろを振り向くと冷たい眼差しを向いた先に向ける。
その先には……杖をついた黒いローブのようなものに身を包んだ何かがいた。
男か女か、成人か子どもか老人か、そもそも人なのか分からない。
目の前の杖をつく何かは頭の部分が黒いモヤのようなものがかかっていてハッキリと確認できない。
「誰だオマエ?
つうか人間か?得体の知れないその気は一体……」
「ほぉ、能力が無いが故に他人の気を読み取ることに優れているのか。
能力者は能力を持つが故に魔力を頼りがちだが、魔力を秘めても自ら消費するすべのないキミは感覚的なもので的確に判断するか。
多くは私を見れば警戒しながらも自信に満ちているのか真っ先に攻撃してくるのだがな」
「何者だオマエ?」
ヒロムが警戒しながら素性を問うと杖をつく何かは杖を投げ捨てると答えた。
「人は私を……「コード・プレデター」と呼ぶ。
真の呼び名は……導師だ」
***
「その必要はありませんよ、ガイ」
ソラとイクトにこれからどうするのかを問われたガイがどうするのかを悩んでいるとどこからともなく声がしてくる。
若い女の声、その声に聞き覚えのあるガイは声のした方を見ると……
「オマエは……」
ガイが視線を向けた先、そこには長い金色の髪の少女がいた。
少女だが人ではない。彼女の正体をガイは知っていた。
精霊、人の姿をした彼女は精霊と呼ばれる存在。そして彼女を宿す人間がこことは違う場所にいる。
右手に布に包まれた何かを持った少女が何故ここにいるのか、それが気になったガイは彼女に問う。
「フレイ……どうしてここに?」
「マスターからの指示です。
街の混乱のどこかでアナタが戦ってるはずだからと伝言とアナタの考えを聞きに来ました」
「ヒロムからの伝言……?」
「伝言を伝える前に聞かせてください。
アナタは何のために無謀なことを繰り返すのですか?」
少女・フレイの問い、その問いを前にしてガイは何も言えなかった。
今まで強くなるためにアストに頼んで戦いを続けてきた。全ては強くなるためだった。だがそれらの全てはヒロムには黙っていた。
そして今回の「コード・プレデター」やホムンクルス、全てヒロムに黙って自身の判断で行ったことであり、その結果としてヒロムが巻き込まれ街も危険に晒されている。
おそらく、ヒロムはその事について何らかの考えがあるとしてフレイをここに向かわせたのだろう。
だがヒロムが期待するような考えはガイには無かった。
だから何も言えない。
そんなガイを見兼ねてかフレイは彼に伝えた。
「アナタが強さを求めるのは私もマスターも止めません。
ですが、目的もなくひたすらに強さを求めることは強くなることとは違います。
今のアナタは強さに囚われている、それではどれだけ戦っても変わらない」
「オレはオマエの主であるヒロムを守るために……」
「ではアナタのことは誰が守るのですか?
アナタがマスターを守って、アナタは誰に守られるのですか?」
「それは……」
「自惚れないでください。
マスターには私たちやソラ、それにイクトがいます。
今ここでマスターを理由にしないで、アナタが何故強さを求めるのかを考えてください」
「オレは……」
「まだ答えは出ていないのならそれでいいです。
アナタが無謀なことを続けるのならマスターを巻き込まないためにも対処しようと考えていましたが……今のアナタは頭を冷やしたようですし、私から上手く伝えておくので答えは考えておいてください」
それと、とフレイは右手に持った何かを包む布を外し、布を外すとガイに投げ渡した。
投げ渡されたもの、それは中に何か入れられた竹刀袋だった。
竹刀袋を受け取ったガイはもしかしてと思い慌てて袋から中身を取り出す。
取り出したもの、それは鞘から柄に至るまで青い刀。
鞘に収められているその刀からは何か力を感じ取れ、刀を見たガイはフレイに尋ねた。
「どうして、これを……?」
「マスターが渡せと。
いつまでも人の屋敷を荷物置きにするなと冷たく言われてましたが、アナタを心配されてるんです。
今のアナタなら使いこなせる、だから渡せと命じられたのです」
「アイツ……」
「ガイ、マスターからの伝言ですが……自分が踏み込んだことならせめて自分の手で終わらせろ、と。
アナタなら必ず出来るとも言われてましたよ」
「……ッ!!」
フレイからのヒロムの伝言、それを受けたガイは受け取った刀を強く握ると深呼吸をする。
大きく息を吸って、息を吐くとガイは気持ちを切り替えてソラとイクト、天晴に伝えていく。
「天晴はアストのところに戻ってあとから合流することを伝えてくれ。
ソラとイクトはこのまま……」
「このまま何だって?」
ガイがソラとイクトに指示を出そうとすると彼のもとへ一人の男……別の場所でヒロムが倒したはずのユリウス・トーマスが現れる。
ヒロムが倒したことなどガイたちは知らないが、ヒロムの精霊であるフレイは彼との間にある繋がりを通してそれを知っていた。
「あの男は……マスターが倒したはずの男。
何故生きて……」
「アイツはホムンクルスだ。
死んでも別の体があるから何度でも蘇る」
「なるほど、擬似的な不死身か」
「面白そうだよな。
ホムンクルスとか言うのが実在するだけでも面白いのに体が他にあるから死なないとか滅多に体験できないし」
驚くフレイにガイが説明しているとソラとイクトは武器を構えてユリウスの方を向く。
武器を構える二人、その二人の行動にガイも感化されてかやる気を見せるが、ソラは彼に伝えた。
「オマエはフレイと一緒にヒロムのとこに行け。
こんな野郎はオレとこのバカだけで十分だ」
「そうそう、ホムンクルスでも倒せば何とかなるならオレたち最強コンビで何とか出来るしさ」
「……余計な一言が多い。
オマエとコンビを組んだつもりは無い」
「ひどいなぁ、バカって言ったことスルーしたのに」
「ソラ、イクト……」
「行け、オマエはオマエがやるべき事をやれ」
「……あぁ、任せたぞ!!」
ガイはフレイとともにヒロムのもとへ向かおうと走り、天晴は音も立てずに姿を消す。
残ったソラとイクトは武器を構え、ユリウスは首を鳴らすとソラたちを睨む。
「ナメられたものだ……愚かな人間が、新人類のオレを見下すなど!!」
「言ってなよ。
オレたちが倒すまで好きなだけ虚しい強がりを」
「まぁ、懺悔しながら死んでくれるなら楽に殺してやるよ」
「ふざけたことを!!」
ユリウスが動き出すとイクトは大鎌を構えて走り出し、ソラは拳銃を構えると引き金を引いて炎の弾丸を放つ……




