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一刃


幼き日に聞かされた父の言葉は今も鮮明に覚えている。


雲一つない夜空に満月が浮かび、それを父と二人で縁側で眺めていた時の言葉だ。


「ガイ、キミはやりたい事をやりなさい」


「父さん?」


「父さんはね……キミには後悔してほしくないんだ」


満月を見る中で父はオレに向けて胸に秘めた思いを語ってくれた。


「父さんは子どもの時から今までずっとこの道場のことばかりの人生を送ってきたからこれが当たり前になってるけど、普通に考えるとこんなのはおかしいことなんだよ」


「父さん、オレは楽しいよ?」


「ガイは誰よりも稽古を頑張ってるね。

でも父さんとしては無理強いはしたくないんだ」


「無理してないよ。

オレは立派な剣術家になって道場を……」


継がなくていいんだよ、と父さんはオレの言葉を察していたのかオレが最後まで言い切るよりも先に言った。


「ガイの気持ちはありがたいけど、父さんはガイに道場を継いでまで剣術家を続けてほしくないんだ」


「オレは継ぎたい」


「ありがとう、その気持ちを持ってくれてるだけで父さんは嬉しいよ。

でも……この道場の看板に塗られたものをキミに背負わせるのは父親失格だ」


「?」


幼き日のオレにはこの時の言葉が理解できなかった。

父さんが何を言いたいのかは自分の頭だけでは理解出来ず、ただ首を傾げるしかなかった。


そんな反応を見せていると父さんは幼いオレでも分かるように話してくれた。


「この道場……この雨月剣術道場は今代に至るまで裏では殺人の剣として用いられたこともある罪を生むだけの剣術道場なんだ。

入門者の人たちや外から見ればただの道場だけど道場を継いだ当主は……手に取った刀で多くの人の命を奪う人斬りの道に進むことを強いられる」


「だとしてもオレは継ぎたい」


「ダメだよガイ。

父さんはキミを人殺しにはしたくない」


「オレは大丈夫だよ。

父さんが教えてくれた剣術があれば誰にも負けないし、父さんがそれで少しでも楽になれるならオレは父さんの力になりたい」


「ダメなんだよ……ガイ。

天才剣術家として武の道を進めるキミが自ら望んで修羅の道を進んじゃダメだ。

その道には明かりはないんだ。

道標になる人もいない……そこにいるのは血染めになった罪人と罪に染まった者の終わりを告げようと待つ宣告者だけだ。

進めば進むほど深くなる血の世界……そんな世界にキミは来ちゃいけない」


「でも……」


「ガイ、父さんのために何かしてくれようというその気持ちはすごく嬉しいよ。

父さんとしてもこんな立派な息子を授かったことは誇りに思いたいほどだよ。

でもね、何も剣術家の道は道場を継ぐだけが全てじゃないんだ」


「……でもオレは父さんに憧れてる。

父さんのような立派な人になりたいんだ」


道場を継ぐ、その意思と夢を胸に抱くあの日のオレは父さんに何と言われてもその考えを貫こうとしていた。

そんなオレの言葉を聞いて、オレの考えを尊重してくれた上で父さんはある話をしてくれた。


「父さんにはキミがどんな道を進めば正解かは分からないし、誰にもキミがどんな道を進めば正解かを知らない。

でも父さんにはキミに多くの選択をしてもらうための道筋を用意することは出来る。

その上で父さんはキミのその立派な剣術を正しいことのために使って欲しいんだ」


「正しいこと?」


「剣術の世界には二つの刃がある。

一つは人を魅了するために魅せるべく鍛練される刃、もう一つは人の命を断ち切るために手を血で汚す刃だ。

父さんの剣術は後者だけど、キミには前者の綺麗な刃を手にして欲しい」


「……どうして?」


「血で汚れた刃では誰も救えない。

血は争いを招き、招かれた人は命を狩られ、命を狩られた人の周囲の人が巻き込まれ、怨嗟の渦が生まれてしまう。

そんな非情な剣術なんかより誰かのために役立てる綺麗な剣術を持って欲しいんだ」


「それでもオレは父さんのように強くなりたい」


「強くても父さんは誰かを助けられるような立派な大人じゃない。

けどガイはこれからたくさんの世界を見ていくんだ。

だったら父さんはガイには誰かを救えるような誰かのための正義のヒーローのような存在になってほしいんだ」


「……」


父さんの口からあの言葉が出た時、幼いオレはある人物のことを思うと何も言えなかった。


大きな家に生まれ、誰も持たない特別な存在を宿しているにも関わらず周囲の大人から「無能」や「約立たず」の汚名を着せられ、その汚名のせいで希望を抱くことをやめた友人のことを。


そんな彼が「自分の考えを押し付けるだけ」として嫌っている正義のヒーローという言葉を聞いたオレは父さんの言葉をすんなり聞き入れることが出来なかった。


「……父さん、オレは父さんが言うような正義のヒーローにはなりたくない」


「どうしてだい?」


「オレは友だちが困っていても何も出来なかった。

今仲良くしてても友だちが苦しんでても何もしてあげられなかった。

父さんの言うような正義のヒーローになっても身近な友だちも助けられないようなヒーローにはなりたくないよ」


「……そっか。

あの子のことでそこまで考えていたんだね」


父さんも彼のことを知っていた。

いや、一度オレが家に連れてきて紹介しているから知っていてもおかしくはない。


紹介した時、父さんは友人である彼のことをこう表現した。

「彼は修羅の道をも通り過ぎたようだね」、と。


その言葉の意味を幼いオレは理解出来なかったが、今なら理解できる。


父方の家の人間に「無能」の烙印を押されたアイツは根絶やしにしようとしている。

歯向かうものも、立ちはだかるものも、そしてアレに関与している人間全員を……


そのアイツの内に秘めたものを一目で見抜いた父さんの言葉が分からなかったその時のオレは父さんに向けて言った。


「正義のヒーローになるくらいならオレは友だちの……ヒロムのためにヒロムを見捨てた人間を斬る方がいい。

それでヒロムが楽になれるなら……」


「……ガイは苦しくてもいいのかい?」


「オレ?

オレはいいよ。

オレは自分でそうしたいって決めたなら迷わない」


そっか、と父さんはどこか諦めたかのように一言呟くとオレに向けてある事を胸に秘めておくように言った。


「もしその道を行くのならこれだけは忘れてはならない。

剣術は人を殺し、時に人を生かす諸刃の暴力だ。

暴力だけでは解決しないこともある。

そして迷いは太刀筋を狂わせて己の身を滅ぼす」


「諸刃の暴力……」


「忘れてはいけないよ。

誰もが自分の行いを正しいと考えている。

それ故にすれ違いは起きて争いは起きる。

その時どうすべきか、キミの持つ剣術をどうすべきかしっかり見極めて判断するんだ」


「……」


「それを忘れなければガイがどんな道を選んでも間違えを冒したりはしないはずだよ。

父さんの期待に応えなくてもいい、だけど進む道を間違えることだけはやめてほしい」


「……わかった」


この後父さんと他愛もない話をしたのも覚えている。


諸刃の暴力、心の奥底で何か動かされるものを感じた。


天才剣術家と父さんに呼ばれたオレ……雨月ガイはこの後八歳の時に大人三百人を相手に無傷で勝利し、そして天才剣術家としてその界隈で有名になると父さんから刀を授かった……



そう、きっとここまではよかった。


ここまでは……




***




とある繁華街の裏通り。


数台のトラックと黒塗りの高級車が駐車されており、駐車されているトラックの前には黒いスーツの男が数人とその数人を相手にするように白いスーツの男が一人いた。


ブロンドの髪に翡翠のような瞳を持つ強面の白いスーツの男は何やら黒いスーツの男たちに向けて話していた。


よく聞くと日本語ではなかった。


英語、いやイタリア語かもしれない。


どちらかはこの際どうでもいいが、白いスーツの男の言葉を聞いた黒いスーツの男たちの中の一人が頷くとトラックの荷台を開けて何やらアタッシュケースを取り出して目の前の男に渡そうとする。


「安心しろ。

アンタらの注文通りに用意しておいた」


「『……』」


「問題ない。

パスポートは偽装とはいえ素人目には絶対にバレないものだ。

それに必要な金は全てそこに入れてある」


「『……』」


「礼はいらねぇよ。

こっちも取引してんだから商品はちゃんともらう」


「『……』」


白いスーツの男はアタッシュケースを受け取ると黒塗りの高級車の助手席の扉を開け、扉を開けるなりアタッシュケースを中に入れて今度は別の荷物を取り出そうとする。


「ぐふふふ……これでオレたちも安泰だ」


アタッシュケースを手渡した男が不敵な笑みを浮かべながら怪しげに笑うとつられるように他の男たちも笑う。


その笑いが何を意味するのか分からぬ中白いスーツの男は荷物を取り出すと助手席の扉を閉めようとした。


……その時だった。


天より何かが飛来するとそれは高級車のボンネットの上に勢いよく着地し、さらに何やら鋭利なものが白いスーツの男の荷物を持つ腕を胴体から切断してしまう。


「『!!』」


腕が切断された痛みに悲鳴をあげる白いスーツの男は地面を転がるように痛みに耐えようとし、黒いスーツの男たちはボンネットの上に着地した何かに向けて自動小銃を構える。


「テメェ、何もんだ!!」


「……さぁな」


ボンネットの上に着地した何か……黒い軍服のような衣装に身を包み、頭を覆うように被った二本の角の鬼を彷彿させるような仮面の男は右手に刀を握っており、さらに腰には抜刀されていない一本の刀、そして背中にXの字を書くように二本の刀を携えていた。


四本、つまりこの男が今持つ刀の数は四本だ。


「テメェ、一体……」


「……知りたきゃかかってこい。

生きてたら……教えてやるよ」


仮面の男は右手に持つ刀を構えるとボンネットを強く蹴って走り出し、男たちは一斉に引き金を引いて弾丸を撃ち放つ。


放たれた弾丸は次々に仮面の男に向かって迫っていくが、仮面の男は迫り来る弾丸に対して刀を視認出来ぬ速度で振ると綺麗に切り裂き華麗に防いでしまう。


「コイツ……!!」


「ボス、こいつで行きます!!」


一人の男はトラックからガトリング砲のような銃火器を運び出すと弾丸を装填し、仮面の男を狙いに定めて数百発の弾を乱射していく。


「……斬る必要ないな」


仮面の男は一言呟くと乱射された弾に向けて自ら突っ込むように走っていき、それを見た黒いスーツの男は笑いながら叫んだ。


「バカが!!

自ら弾丸を受けるような真似をするとは血迷っ……」


血迷ったかとでも言おうとしたのだろう。

だがその言葉は途中で終わる。


何故なら……仮面の男は乱射された弾の全てを失速することも一切の無駄もなく避けながら男たちに迫っていたのだ。


「ば、バカな……今撃ってるのは特殊訓練を受けた軍人も黙らす兵器だぞ……!!」


「なら訂正した方がいい」


仮面の男は黒いスーツの男たちに接近すると一閃を放ち、まずはトラックを真っ二つに両断する。


トラックは両断されると爆発し、爆発すると同時に刀は砕ける。

仮面の男は砕けた刀を捨てると背中に携えている二本の刀を抜刀し、抜刀した勢いを利用して武器を構える黒いスーツの男たちの腕を切り落とすように斬撃を放つ。


放たれた斬撃は男たちの肉を削ぐと腕を体から切断し、切断された腕が地面に転がると激通に襲われる男たちは叫び声をあげる。


「ぎゃぁぁ!!」


「テメェよくもぉぉ!!」


「……足りない」


仮面の男は視認出来ぬ速度の一閃を放つと悲鳴をあげる男たちの首を斬り、斬られた男たちは血を吹き出させながら倒れる。


吹き出た血、溢れ出た血によって仮面の男の周囲は血で赤く染まっていた。


「……」


仮面の男が首を鳴らすと手にしていた二本の刀が砕け、男は仕方なく壊れた武器を捨てると最後の一本を抜刀して最初に腕を切断した白いスーツの男のもとに歩み寄ろうとする。


「……護衛も無しとは無謀過ぎないか。

オマエは賞金首、そして罪を犯した罪人だ」


「……help!!help!!」


仮面の男とこの白いスーツの男以外に生者はいないのに英語で助けを求めるが、当然誰も反応しない。


白いスーツの男は体を震わせながら仮面の男に視線を向けると命乞いするかのように助けを求める。


「help……help……!!」


「……そうか、助けてやるよ」


仮面の男は刀を強く握ると横に振り、勢いよく振られた刀は男の首を斬ると胴体から切り離し、斬られた首は地面に転がり落ちる。


「……終わったな」


仮面の男はため息をつくと衣装の中から通信機を取り出すと誰かに連絡を取ろうとする。


「オレだ。

対象の制圧を完了した」


『こちらでも状況は確認した。

滞りなく完了している。

報酬の金だが……』


「金はアンタにやる。

代わりに後始末を頼む」


『いいのか?

この案件で手に入る金は他の比じゃないぞ?』


「構わない。

オレは金には興味無い」


『そうか。

次の仕事はどうする?』


「……また連絡する。

とりあえず今はいい」


分かった、と通信の相手が言うと仮面の男は通信機の電源を切り、そして顔を隠すように頭に付けていた仮面を外した。


仮面を外すとその下から金髪碧眼の整った顔立ちの少年の素顔が現れる。


「……足りない。

こんなんじゃアイツのために戦えない」


仮面の男……少年は何故か悔しそうに呟くとどこかへ向かおうと歩き出す。


「もっとだ……もっと強さが欲しい。

誰にも負けない、アイツにも負けないような強さが……!!」


少年は何かを強く求めるように言葉を発しながら歩いていく。


灯りすらない道を進むように一歩ずつ……



これは仮面を付けた少年の……雨月ガイの物語。


強さを求め、修羅となろうとする少年の物語……


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