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2、謎の人魚伝説

まずは私のことについて少しだけ触れておこうと思う。


私は山間の小さな村で生まれ、野山に囲まれすくすくと育った。中学2年生の時100年に一度の恋に落ち、儚く散った。それからというものY染色体に囲まれ、卑猥な会議を日課とし、女性とは無縁の日々を送った。


だからこそ高校生活は桃色で有意義なものにしたい。ああ、我に神のご加護を。






私の通う高校は家から電車で20分ほどの、なんでもない二階建ての一軒家が並ぶ住宅街の中にあった。


もともとは女子高だったためか外壁はピンク色であった。その色がなんともいえない怪しげなオーラを放っていた。





その日私が無事高校にたどり着いたときには、もうHRが始まっていた。

教室のドアにはめ込んである透明なガラスから中を覗くと遠藤拓馬が私に気づいてにやにやと笑った。拓馬とは小、中、高と同じクラスという間柄で、俗に言う幼馴染というやつだ。拓馬は先生や親の前ではええかっこするくせして裏ではやりたい放題の悪ガキ野郎だった。



私はHRが終わるのを待って教室に忍び込もうとしたが、拓馬がそれを許してはくれなかった。いや、許すはずがない。この男は人の不幸が大好物であった。教室の中で善人を装った拓馬の声が聞こえた。


「高橋先生、廊下に誰かいますよ。」


その声を聞いた担任の高橋先生が私に気づいた。拓馬め、後で覚えておれ。


「あら、また遅刻?いい加減にしなさい。早く教室に入って。」


私は無言で幼馴染を睨みつけながら席に着いた。どこからかくすくすと笑い声が聞こえた。拓馬はお稲荷様みたいな顔で相変わらずにやにやと笑っていた。



ここで担任の高橋先生について書こう。入学した頃は担任が女でよかったと思っていたが、この先生は性質が悪かった。「人生やり直したほうがいいんじゃないの?」が口癖で年は40近かい。化粧は濃く、できの悪い生徒にはとことん冷たくあたり、できのよい生徒にはやさしくした。そんな先生を私は好きにはなれなかった。


HRが終わると拓馬が私の席に来た。私は怒りに震えながら拓馬を睨みつけた。


「まぁまぁ、そんなに怒るなよ。安藤さんも笑っていたぞ。」


拓馬の口から安藤さんの名前が出てきて私は驚いた。


「安藤さんがどうかしたのか?」


私は平静を装った。


「好きなんだろ。」


ほほが熱くなるのがわかった。この男恐るべし。


「まさか、私は恋などしない。勉強やバンド活動で忙しいんだ。」



その時私はバンドでギターを弾いていた。中学3年の頃からやっているバンドだ。バンドを始めたきっかけは単に他の人とは違うことをやりたかったからだ。だから将来ミュージシャンになりたいなんてこっぱずかしい事はこれぽっちも思っていなかった。




「僕はね、君のことなら何でもわかるの。ほっぺが真っ赤だよん。」


拓馬はそう言い残し女子の集団へと消えていった。



ここで安藤さんについて書くことにする。入学当初から私は暇さえあれば彼女を観察した。彼女は授業中ずっと窓の外を眺めノートはとっていなかった。その代わりに何かをぶつぶつと呟いてはくすくすと一人で笑っていた。外から入ってくる春風が彼女の短い黒髪を揺らすと、彼女は心地よさそうに目を細めた。そんな彼女に私は密かに思いを寄せていた。



その日の放課後、私は軽音部の集会に顔を出した。先輩方はみんな髪をつんつんに立て、なにやらじゃらじゃらとした金属を腰につけて黒いパンツをはいていた。


おっかないなと思いながら周りを見渡すと、明らかなじんでいない一年生と思われるにきびだらけの少年がいた。私はその少年に声をかけた。


「一年生ですか?」


その少年はうなずいた。


「名前はなんて言うんですか?」


「のり、宮元のりです。よろしく。」


にきびの少年はそう言って苦笑いを浮かべた。


この男との出会いが私の桃色生活への野望を打ち砕くことになる。





ミンミンゼミが鳴きやまぬ8月のある日、私は川原に座ってボーっと遠くを眺めていた。それにしても暑い。こんな山の中でもこんなに暑いのだから、もっと南の標高が低いところでは私は暮らせないと思った。干からびてしまう。


「いやあ、暑いね、今日も。」


どっかのおっさんのような口調で後ろから話しかけられた。


「拓馬、お前今日補修だろ?」


「いやいやそちらこそ。それより飲みますう?」


拓馬がラムネを差し出してきた。


「お前にしては気が利くねえ。」


私はラムネをごくごくと音を立てて飲んだ。二人して夏休みの補修をサボり、川原でラムネを飲んでいるこの状況が私にはなんだか誇らしく思えた。


「そういえばさぁ、安藤さんとは話せたの?」


私は安藤さんという言葉にドキッとした。


「うるさい。好きではないと言ってるだろうが。」


「またまたあ、照れなくて良いのよ。」


拓馬はスナックのママのような口調で言った後、にやにやと笑った。


安藤さんとはこの4ヶ月一度も話が出来ないままでいた。それに安藤さんはあまり学校に来なくなっていた。彼女は学校があまり好きではないような気がしていたが辞められては困る。私の唯一の楽しみが無くなってしまうではないか。


「なんなら僕が手伝ってあげましょうかぁ?」


拓馬がしつこく探りを入れてきたが無視して一人思案に耽った。

今頃何をしているのだろうか。ああ、安藤さんよ、健やかであれ。


そのときジャボーンと何かが川に落ちる音がした。拓馬であった。




「ここは川なんだからイルカなんか居ないよ。」


ずぶ濡れになった哀れな幼馴染に言った。


「じゃあ僕が見たのはなんだったんでしょうか。でっかい魚のようでしたが。」


「どうせ流木かなんかだろう。」


「確かにくねくねと泳いで居たんだけどなぁ。」


拓馬は首をかしげた。

私は宮元から聞いたこの川に纏わる人魚伝説を思い出した。宮元はここが地元だからこの辺のことには詳しかった。

人魚は人魚でも顔はおじさんでボロッボロの服を着ているのだそうだ。普段はホームレスに扮しているが、時々この川を泳ぐ姿が目撃されるのだという。その人魚は預言者であるとも言っていた。


私は「そんな馬鹿なことがあるか。」と、雲ひとつない艶めいた真っ青な空を見上げて笑った。












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