第九話 今から送るね
つい先ほどまで僕は。正直この『みお』LINEアカウントの乗っ取り・成りすまし犯の正体は、実は聡史なんじゃないかと勘ぐっていた。
彼は国立大学理工学部の学生で、PCの知識にも長けていそうだ。
頭脳明晰の秀才だから、巷でよくあるLINEのハッキングなんてお手の物。
そんな可能性が極めて高い。
そして僕らの素性にも詳しい。
僕が幼馴染を亡くしてからの三年間。失意のどん底でもがき苦しんでいたことだって、間接的ながら知っている筈だ。
これだけの条件を満たした容疑者なんて、彼の他には見当たらない。
だけど犯人は、どうやら聡史ではなさそうだ。
何故なら彼の一挙手一投足は今現在、僕自身がこの目でしっかりと確認しているからである。
彼は僕や彩音と同じく、この不可解な事態に遭遇して、純粋に驚いているように見える。当然、不穏な動きもない。
そんな状況で『みお』から立て続けにメッセが送信されてくるということは。聡史が成りすまし犯という可能性は、事実上消えたと考えていい。
替え玉、つまり共犯者が居ればトリックとしては不可能ではないが。PCマニアのちょっとした悪戯ならともかく、態々第三者の協力を仰いでまで、こんな馬鹿げた大芝居を仕掛けること自体の理由が考え難い。共犯者だって、きっと「付き合いきれない!」と呆れる筈だ。
つまりは動機が不明ってやつである。
だとすると『みお』の正体は。やはり美緒の家族の狂言か、あるいは幽霊か?
僕が色々と思案している間にも、聡史・彩音・ミチル・そして『みお』のやり取りは続く。
【ミチル】『ていうか・・・あんたってほんまに・・・ほんまに、みおなん?』
【みお】『信じてもらえないんだったらさ、ミチル。わたしに色々と質問してみてよ。なんでもいいよ。例えば、ミチルだけが知ってそうなこととかさ』
【ミチル】『そやね。うーんと、えーっと。そやったら高校の時、密かに好きだった男子の名前をさくっと書いてみてくれへん?』
【みお】『ちょ、ちょっと! いきなり、それ反則っ!』
【ミチル】『ほーれほれ、遠慮せんとさくっと。ほれほれ。ニヤニヤ』
ニヤニヤ・スタンプを送るミチル。
【あやね】『みおせんぱーいっ、それあたしも聞きたいですっニヤニヤ』
【みお】『えー、やだよ。絶対ないしょ!』
【あやね】『じゃあせんぱいが高校の時、憧れてた男の先生の名前とかは?』
【みお】『うーん、それもなあ・・・男子たちも読んでるグループLINEでそれは・・・』
ていうか、なんなんだ。この女子会トークは?
【ミチル】『ニヤニヤニヤニヤ』
【サトシ】『・・・ていうか君らさあ。この状況、なんか密かに楽しんでない?』
まったくだ。
話題に参加せず静観している僕は、心の中でぼやいた。
背中がむずがゆくなってくる。
どんどんエスカレートしていく女子会グループトーク。
それに伴い各々のメッセのやりとりが、次第に長文になって行く。
【みお】『好きな科目は美術と現国。好きな色はパステルホワイト。昔に好きだったバンドは「メタル☆うぃんぐ」好きだったお笑い芸人は「もりたたかし」好きだったゲームは「アルテミスの鍵部屋」好きだったTVドラマは「わたしはさくら」好きな食べ物は、たらこパスタと卵かけごはんとサーティツーのナッツ・フ』
ミチルたちの質問に対する『みお』のメッセの内容を黙って読んでいると。
確かに彼女は、僕の知る織原美緒そのものである。
【ミチル】『ぎょ!ぎょ!ぎょ!』
魚のスタンプを連投するミチル。
【ミチル】『ていうか、正にそのまんま。アタシの知ってる、みおそのものやわ』
まさにそう。昔馴染みの僕が確認しても、気味が悪いぐらいに。
【ミチル】『ねえねえ、どうジュンくん? 幼馴染のキミから見て、ホンモノっぽいスか?』
【ジュン】『ああ、そうだね・・・』
僕の隣でスマホをフリックする彩音。LINEグループの女子トークに夢中になっている。
それを尻目に聡史が僕に問い掛ける。
「なあ淳、さっきからちょっとおかしいと思わないか?」
「え、何がだよ聡史?」
自分のスマホの画面を、指差しながら聡史が続ける。
「織原さんのメッセの文末さ。長文になると途中で尻切れトンボになってる」
【みお】『――サーティツーのナッツ・フ』
ナッツ・フォー・ユーと書き掛けたところで終わっている。
「言われて見れば、確かにそうみたいだけど。でも長文だし、単に送信ミスじゃない?」
長文の入力途中で誤って送信してしまう。普通にLINEあるあるだ。
「でも毎回ってことは不自然だ。それにこれらのメッセには密かに一定の規則性がある」
「規則性?」
「ああ、君は気が付かなかったかい?」
何もさっぱり気が付かない。僕は首を横に振った。
「これって、もしかして……」
顎に手をやり考え込む聡史。
「なるほど、そうか。だとしたら、きっと」
「きっと?」
何を感付いたのか、聡史は『みお』に対してこんな要求をした。
【サトシ】『織原さん、ちょっとお願いがあるんだけど』
【みお】『なに佐山くん?』
【サトシ】『悪いんだけどさ、これからそっちの店内の画像をLINEで送ってくれないかな?』
【みお】『え?』
【サトシ】『それで願わくばその店内の画像を、君の自撮り写真の背景とかにしてくれると尚良いんだけど』
「そうか、その手がありましたね!」
スマホの画面に向かって彩音が言う。
そうか確かに。今までどうして、こんな単純なことに気が付かなかったのだろうか。
LINEはテキストだけではなく画像や動画でやりとりができる。
つまり僕らの前に彼女が現れなくとも、『みお』の姿は確認できる。
無料のIP電話だって付いている。会話だって出来るのだ。
姿を見れば、声を聞けば。『みお』が美緒と別人であることは一発で判明する筈である。
ごめん。流石にそれだけはちょっと無理。きっと、そんな言い訳で返して来ると信じて疑わなかった僕らに対して『みお』は――。
【みお】『うん、わかった。今から送るね』