第六話 一途なんです
「ごめんなさい、遅れちゃって。お久しぶりです。ジュンせんぱいに、サトシせんぱい!」
僕らの前に現れたのは、一学年後輩の川瀬彩音だった。
開口一番、聡史が言う。
「久しぶり川瀬さん。へえ、可愛らしいのは前からだけど。しばらく見ないうちに、すっかり大人っぽくなったね」
背が低くて童顔で、すこし垂れ目なのは相変わらずだ。
だけど、ばっちりメイクのせいだろうか。子供っぽかった後輩も、すっかり大人びた様相になっている。
「えへへ。あいかわらずお上手ですね、サトシせんぱいは」
「お世辞じゃないって。ほんと可愛いよ。その髪形も凄く似合っている」
確かにそうだ。
ライトブラウンのゆるふわパーマ。昔はポニーテールだった黒髪が、すっかり華やかなイメージになっている。
そしてオシャレだ。上下センスよくコーディネイトされた、淡いピンクの花柄の服。細い肩には白いポーチの細い紐。
ヒトコトでいうと――めちゃ可愛い。
「なあ、そう思うだろ淳?」
「ああ」
素っ気無く受け答えながら、僕は表情を悟られまいと窓の向こうへ視線を反らした。
聡史のように素直に言葉に出せない。ていうか直視できない。
ここ数年、女の子とはまともに喋っていない僕である。
しかも、こんな可愛らしい子とは尚更だ。
「えー、そっけないなあ、ジュンせんぱいは」
僕のリアクションに不満なのか、頬を膨らませる彩音。
ふわりとなびくウェーブヘア。シャンプー、それともコロン?
フローラルの甘い香りがこそばゆく、僕の鼻腔をくすぐる。
「昔っからクールっていうか。そういうつれないとこ、相変わらずですよね。だって、こないだ偶然立ち寄ったK駅前から、たまたまLINEしたときも。結局、時間作ってくれなかったし」
クールで何を考えてるか掴み難い。他人にはそんな風に見られがちな僕ではあるが。単に照れ屋で内向的というか。ぶっちゃけて言うとネクラというか。心の中で喋ってばかりで、感情が表に出難いだけなのだ。
「あたし、せっかく久しぶりにせんぱいたちに会えると思って。今日も頑張っておめかししてきたのに」
聡史がにやりと笑う。
「ふうん。それで密かにちょっと出遅れたとか?」
「うっ……」
密かに図星と言いたげに、苦笑いを浮かべる彩音。
「なるほど、偶然。で、今日も、ね」
意味深な口調の聡史。
「……相変わらず鋭いですね、サトシせんぱいは」
「ふふっ。名探偵は、すべてをお見通しなのさ」
おどけた口調でキザな台詞を吐く聡史。
さっきの彩音の短い会話から、彼は何を推理し読み取ったのだろうか。
出来損ないワトソンの僕には、さっぱり解読できない。
彩音が、さりげなく僕の左横の通路側席に座る。
その方が社交的な聡史としゃべりやすい為だろう。
聡史が対面の彩音に近況報告をうながず。
「どう、新生活の方はもう慣れた?」
「はい、お友達も沢山できて。けっこう楽しくやってますよ」
今年十九歳の彩音は現在、地元の短大一回生。
ふたりのやりとりによると、専攻は児童教育科で、将来の職業は保母さんか幼稚園の先生を目指しているそうだ。
人懐っこかった彼女らしい進路選択である。
「その様子じゃあ、もう仲いい男子とかも出来たんだ? それだけ可愛かったらモテるでしょ」
「いえ、うちは女子ばっかの短大なんで。そんな出会いなんてないですよぉ。サトシせんぱいの方こそ、相変わらずモテモテなんじゃないですか?」
「全然。うちも理工学部は男ばっかりだしね。それに案外忙しくて、研究付けの毎日さ。薄暗い研究室でPCの山脈に囲まれて、華やかな下界の日常って奴からは、ずっと遭難しているよ」
謙遜しながらも、相変わらずの芝居掛かった言い回しだ。
「またまたあ。O大学って言ったら、うちらの地元じゃ最高級ブランドじゃないですか。しかもサトシせんぱいのルックスじゃ、合コンとかでモテまくりでしょ?」
「いやいや」
苦笑いでごまかす聡史。
「そういいながら裏でカノジョさんとか沢山いたりして」
彩音にそう突っ込まれて。表情にすこし陰りを見せる聡。
「心外だなあ。こう見えても、俺は一途な男なんだよ? 昔からね」
――そっか、それって。
やっぱり聡史も好きだったんだな。死んだ美緒のことを――。
「えー、あたしだって昔っから一途なんですよぉ」
妙なとこで張り合う彩音。
差し詰め、彼女も『カッコいいサトシせんぱいのこと、一途に想い続けてるんですよ』と言ったところだろう。
彼女はそう言うと、横席の僕をチラ見した。
きっと会話に入れない高卒底辺フリーターへの、哀れみの視線だろう。
一瞬、彩音と目が合ってしまう。
気まずい。慌てて視線を逸らす僕。
彩音も頬を赤らめながら、慌てて話題をすり変えた。
「ねえ、ジュンせんぱい。やっぱり来てないみたいですね、例の……」
「あ……ああ」と僕。聡史も「残念ながら」と頷く。
「あれって……やっぱり。誰かの成りすまし以外に考えられないですよね?」
その直後、三人のスマートフォンから着信音が同時に鳴り響いた。
白いポーチをまさぐる彩音。僕らもテーブルに置かれた互いのスマホの画面を確認する。
LINEグループの通知だ。今度こそ、自称『みお』からに違いない。
僕は徐に自分のスマホを掴んだ。
【つぶやき】
どうしてヒロインの名前が美緒かと言うと。
自分、何時もIIJmioの格安SIMを使ってLINEとかしてるのでw
ストーリーよりも、むしろキャラの名前決めの方がネタ切れ気味で困ってます(汗