第五十二話 ねえ、みお
ジュンくんとあやちゃんは、一年ほど前から交際を始めた。
ずっと想いを寄せていた幼馴染を亡くして以来、心に深い傷を負ったジュンくん。そんな繊細な彼を、ずっとあやちゃんは傍で健気に支えていた。
ふたりは色々あったけど、ようやく彼女の長年の恋が実ったのだ。素直に応援してあげたい。
「ええやないの。あやちゃんの方は安定してるんやし、どないかなるんちゃう?」
あやちゃんは短大在学中に保育士資格と幼稚園教諭の免許を取得した。卒業後の今はここ、K市内の保育園で働いているのだ。
ジュンくんとあやちゃんは、顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
◇
午後十時。
夜もかなり更けて来た。そろそろ、この三次会の店も引き上げないと。
この後、今日中に終えなければいけない予定もあることだし。
ジュンくんが、テーブルに伏せっぱなしのあやちゃんの背中をさする。
「そろそろ行くよ、大丈夫かい?」
「うう……せんぱい……気持ち悪いれす……」
泥酔したあやちゃんが、顔を伏せたまましみじみ言う。
「ミチルせんらいのウェディングドレス姿、ほんときれいらった……みおしぇんぱいにも見て貰いららったれすね……」
「ああ……」
「そやね……」
「うん……」
後にサトシから聞いたのだが――。
アタシ、旧姓天野ミチルは四年ほど前、LINEグループで並行世界の『みお』を演じていたそうだ。当時、記憶喪失になっていたアタシ。未だ、あの頃のことはよく思い出せない。
あの時のアタシは、どうしてそんな大芝居をしたのだろうか。サトシ曰く『おまえは仲間のことを思いやって、天の川の織姫というロマンチックな夢物語の舞台女優を演じていたのさ』なのだそうだ。
知らぬが仏のこともある。だからあやちゃんには、未だに『みお』の正体がアタシだった事実はサトシもジュンくんも伝えていない。
だけど、そもそもどうやって、アタシは『みお』のLINEのパスワードを知り得たのだろうか。流石の名探偵サトシも「その謎の答えだけは、未だに俺にも解けないんだ」と首を傾げていた。
だけど、アタシには密かな心当たりがある。これはアタシの想像ではあるが、もしかして……あの時期――。
みおの魂が、アタシの身体に乗り移っていたんじゃないだろうか?
思い当たる節がないわけではない。記憶を失っていた頃のアタシには、ずっと夢を見ていた感覚があるのだ。
時々夢から目覚めては、別の誰かがアタシを演じているのを遠くから眺めていたような……夢の内容はまったく覚えてないけれど、まるで客席から舞台上の芝居を眺めていたような奇妙な感触だけが残っている。
その舞台女優の『誰か』が仮に『みお』……織原美緒だったのなら。それで、すべての説明が付く。だって本人なのだから、LINEのパスワードを知ってるのは当たり前だ。
以上がアタシの推理なのだ。
だけど、こんな奇想天外なことを誰かに言っても「おまえ、アタマおかしくなったんちゃう?」と思われるのがオチだ。精神を病んで中二病まがいの二重人格にでもなってしまっていたのだろうと。
ガチガチ理系な左脳人間のサトシに相談した処で「そんな非科学的な超常現象は論理的にありえない、却下」と一笑に付されるに決まっている。
――ねえ、みお。本当のところは、どやねんよ?
親友のアタシにだけはさ、空の彼方からこっそり答えを教えてよ。今夜はあなたの七回忌。そやから天の川の女神さまにお願いして、こっちへ渡って来てさ――。
ねえ、答えてよ。みお――。
◇
午後十一時。
三次会を終えたアタシたちは、三人で公園へと足を運んだ。
K駅近くのちいさな街区公園。みおとジュンくんが昔よく遊んだ、ふたりの思い出の場所なのだそうだ。
結局、あやちゃんは酔いつぶれてしまった。
今頃、アタシたち夫婦用に予約していたアイビースクエア内の宿泊施設で、すやすやと眠っている。
サトシは、あやちゃんを担いでホテルの部屋へと運びながら、
「気を使って、わざと酔いつぶれたのかもしれないな。淳と織原さんに」
とアタシにだけ、こっそり言っていた。
サトシ、ジュンくん、アタシの並びで、東屋のベンチに座る三人。
ひとり欠けてしまったが、これから美術部メンバー揃ってのささやかな追悼の儀式を迎えようとしている。
ベンチから立ち上がるジュンくん。黒い鞄の中身を探る。
タバコを吸わない彼の掌に、ライターが握られている。
神妙な表情で彼が鞄から取り出したのは――。
線香花火のセットだった。





