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パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第七章 彼方の君へ
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第五十一話 それぞれの未来

 三年後。

 

 七月七日の七夕の昼下がり。かつての親友、織原美緒の七回忌である今日。アタシ、ミチルは人生三度目の苗字に変わる時を迎えた。


 最初は三沢、次は天野、そして今度は佐山。そう、アタシは二年半前から交際中の佐山聡史との挙式の最中なのだ。


 結婚式場は、K市美観地区内にあるKアイビースクエア。明治時代の倉敷紡績クラボウ発祥工場の外観や立木を全て保存し再利用して生まれた、ホテル・文化施設をあわせもつ複合観光施設だ。


 中庭を使ったガーデンウエディングが人気。また近隣の由緒ある神社での和装挙式のあとの披露宴会場での宴中式など、様々な挙式プランを用意してくれるのだ。

 

 アタシたちが選んだのは、お洒落なガーデンウエディング。がさつな性格のアタシには不似合いだ。中学・高校時代の同級生である、キザでナルシストな新郎の意向である。


 アイビースクエアの名称の由来である緑のアイビーが、スクエア状に配置されたレトロモダンな赤煉瓦の外壁を覆う。まるで英国庭園のような中庭だ。

 

「わぁ、素敵ですミチルせんぱい!」

 

 アタシの純白のウェディングドレス姿を見て、後輩のあやちゃんこと川瀬彩音が黄色い声を上げる。淡いピンクのワンピースが、彼女らしくて愛らしい。

 

「ほんと素敵だよ、天野さん」


 新郎の親友であるジュンくんこと星野淳は、紺色のスーツ姿。アタシの旦那ほどじゃないけど、こうやって改めて正装姿の彼を見ると、イケメンだよなあとつくづく思う。

 

「ほんまにぃ?」とアタシ。

「うん。天野さんって背が高くてスタイルいいから、ほんとモデルみたいだよ」

 

 背が高いのは密かにコンプレックスなんだけど……上げてるのか下げてるのか、微妙な誉め言葉。まあ、口下手な彼にしては上出来かもだ。

 

 照れ隠しにアタシは、すこしイジワルな顔をして憎まれ口を叩いた。

 

「ジュ・ン・くん? そやからアタシは今日から佐山なんやけど」

「あ、ごめん佐山さん……」


 アタシはケタケタと笑った。


「それ、なんか聞き成れへんねやけど、うけるー」

 

 アタシは一年の休学を経て、京都の美術大学に復学した。関西弁なのはその為である。一年遅れで大学を卒業し、この春から大阪の大手教育出版会社でグラフィックデザイナーのタマゴとして働き始めた。


 関西に染まり複雑な家庭環境から開放されたせいか、性格も陽気で明るくなったねと皆に言われるようになった。すっかり板に付いた関西弁もコミカルさを助長してるのかもしれない。


 サトシも昨年、O大学を卒業した。彼は社会人二年目だ。アタシより一年早く大阪で就職。大手家電メーカーの開発室でシステムエンジニアをしている。そしてこの度、地元で自宅療養中だった頃から交際をはじめた彼と、晴れて入籍をする運びとなったのだ。

 

「三度目の正直で、ようやくOK貰えたんだぜ。我ながら愚直で一途な男だよ、俺と云う名の三文道化師ピエロは」

 

 いつもの調子の芝居掛かった口調で新郎が会話に入ってくる。かなりの長身で、ちょっとキザでナルシーな彼。純白のタキシード姿が眩しすぎてやばい。

 

 三度目の正直の告白。彼は交際中から何度もアタシにそう言っていた。悪いけど、最初の二度とやらは、まったく身に覚えがないのだが。

 

 だけど。

 

 アタシは中学時代から密かに彼のことがずっと好きだった。ぶっちゃけ、ひと目惚れだった。


 彼が何時からアタシのことを気に入ってくれてたか知んないけど。だから、こうみえてもアタシの方が彼の何倍も一途な女なのだ。


 自分で言うのもなんだけど、昔からひねくれ者で無愛想で偏屈な性格。なかなか、彼への想いを表に出すことが出来なかった。

 

 そんな中、二年半前に彼の方から交際を申し込まれた。まさかのミラクル。高嶺の花だと思っていたイケメンエリートからの求愛に、アタシは歓喜した。


 きっと恋の女神さまがアタシに微笑んでくれたのだ。


 ◇


 中庭のガーデン前での記念撮影。

 わざわざO県まで足を運んでくれた大学時代の友達や、会社の人たちに囲まれるアタシら新郎新婦。


 今日はアタシの父さんも主席してくれている。バージンロードも一緒に歩いてくれた。その姿を見て母さんは泣いていた。両親が離婚して姓は別々になっても、アタシたちはやっぱり親子なのだ。


 最後のブーケトス。

 小柄なあやちゃんが精一杯背伸びをして、しっかりと両手で受け止めた。

 

 ◇


 夜、披露宴の三次会の席。

 

 夕方からの二次会を終え、来客や新郎新婦の親族や家族たちは帰って行った。その後、アタシたちは地元の仲間だけで集まったのだ。


 今夜は亡き親友の七回忌。この後、美術部メンバー揃っての儀式も控えてある。


 会場は『Cafe倉ノ敷』。美観地区内にある古民家を再生した、オシャレなカフェバーだ。短大時代に美観地区でアルバイトをしていた、あやちゃんオススメの店である。風情ある漆喰しっくいの壁に焦げ茶色の板材の腰壁がレトロモダンな和の風合いを醸し出している。


 老紳士のマスターがセレクトする、アナログ版のスウィングジャズ。本格珈琲や甘いカクテルの香りと共に、渋く温かみのある音楽が天井の高い見せ梁の空間に響き渡る。


 店内奥のダークブラウンの四人掛け木製テーブル席。サトシの横にはアタシ。その対面にはジュンくんとあやちゃんが、肩を並べて座っている。


 アタシら夫婦は大阪在住なので、こうやって集まるのは随分と久しぶりだ。

 

 互いの近況報告に花を咲かせる美術部同窓メンバーたち。

 氷がカランと音を立てる。ジントニックを飲み干したグラスをテーブルに置き、あたしは言った。


「それよかさ。最近のジュンくん、まじ凄いやん。『pixivイラストレーター年鑑 二〇XX』の人気絵師一〇〇人に選ばれたんやって?」


 pixivピクシブは、クリエイターが投稿したイラストや漫画を中心にしたソーシャル・ネットワーキング・サービス。グローバルな展開を念頭に置いて作られたサイトで、日本を代表する世界レベルのオンライン・コミュニティだ。


 ジュンくんはアタシに影響されて、三年前から独学でコンピューターグラフィックを勉強し始めた。アタシが選んであげたMacProとワコムのペンタブレットを長期ローンで購入。これまたアタシの紹介したネット投稿サイトpixivに作品を発表するようになり、それから瞬く間にWEB界の人気イラストレーターへと飛躍した。


 最近ではTwitterを宣伝媒体に、小説やライトノベルの表紙絵やCD・DVD/BDのジャケット、コミカライズの仕事など幅広く請け負っている。ぶっちゃけ、かなりの売れっ子だ。コンビニバイト時代の収入を、多い月では十倍近くも上回るそうである。


 緻密な背景と繊細な色使い、それに溶け込む少女の絵が人気の秘訣だ。儚くも可憐な長い黒髪の美少女。その顔は、高校の美術部の壁に飾られていた人物デッサンの面影を色濃く残していた。


「結局、ジュンが一番の出世頭だよな。流石は我らが美術部のエース。俺も鼻が高いよ」


 サトシが言う。まったくその通りだ。サラリーマン夫婦のアタシらからしたら、羨ましい話である。


 流石は我がライバル……というのもおこがましいほど、彼の才能は高校の美術部時代から光り輝いていた。やっぱクリエーターは学歴じゃなくて腕。彼のブレイクを目の当たりにして、アタシはひしと感じた。

 

「そんなことないよ。社会的には、僕だけがいい年して安定した職業に付いてないわけなんだし……」


 備前焼のコーヒーカップを片手に謙遜するジュンくん。相変わらずお酒は苦手なようだ。それに謙虚な性格も変わっていない。


「ううん。サトシせんぱいの言う通りれすよ、もっと自分に自身をもってくららいよ、ジュンせんぱい!」


 カクテルグラスを片手にあやちゃんが言う。彼女はジュンくんとは違って酒好きだ。だけど、さっきからおかわりのペースが速い。ちょっと飲みすぎだ。

 

「ねえ、だからあやちゃん。いいかげん、そのせんぱいっていうの止めてくれないかな。あと敬語も」


 以前は彩音ちゃんと呼んでいたジュンくん。距離が縮まった証拠だ。


「だってジュンせんぱいは、せんぱいれすもん。それに、なんか照れくしゃいし……」


 コロナビールを飲み干したサトシが、ふっと頬を緩めて割り込む。


「ていうか君らも、そろそろ色々と先のこと考え始めてもいいんじゃないか? 収入も十二分にあることだし」

 

 サトシの台詞に照れるふたり。

 頬を赤らめながら、互いに顔を見合わせている。そうーー。

 

 ジュンくんとあやちゃんは、一年ほど前から交際を始めた。

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