第四十八話『みお』の告白(6)
二月十四日の夜。
窓の外は雪景色、その日はホワイトバレンタインだった。わたしはひとり、京都の自宅マンションのPCデスクチェアに座り、Macの画面を見つめていた。
右手にはマウス、左手はひざ掛けの上でぎゅっとこぶしを握っている。盆地なので、冬は底冷えする京都。それと相反してO県発の美術部LINEグループは激しく炎上していた。
【あやね】『ジュンせんぱい、好きです。あたしを彼女にしてください』
とうとう、あやちゃんの積年の想いが爆発した。
こういう炎上を避ける為に、グループ限定のシナリオにしたのだけど……どうやら裏目に出てしまったようだ。
【あやね】『だけどこの世界で、みおせんぱいの代わりに、ジュンせんぱいを抱きしめてあげられる役を、どうかあたしに譲ってください。だから・・・だから・・・』
「あやちゃん……」
【ジュン】『彩音ちゃん、僕も君のことが好きだよ。大切に思っている』
【ジュン】『だけどそれは後輩として、可愛い妹として』
「ジュン……」
【ジュン】『美緒、僕は君が好きだ』
【ジュン】『美緒、今でも僕の心の中には君しかいない』
「ジュン……ジュン……」
うわ言のように、何度も彼の名前を繰り返す。
【ジュン】『だから、ごめん彩音ちゃん。僕は君とは付き合えない』
◇
ずっと、わたしの片想いだと思ってた。
ずっと、小学生の時のことを未だに怨まれていると思っていた。
だから、彼に好きだと言ってもらえて嬉しかった。
本当に本当に嬉しかった。
だけど――。
「だめ……」
わたしは魂だけの存在。しかもその魂さえも、もうすぐミチルに身体を返し、この世から消滅しようとしている。
だから、わたしのことなんて健気に想い続けていてはいけない。
ジュンもあやちゃんも、わたしの呪縛にいつまでも囚われてはいけない。
「だめ……ジュン……」
このままではいけない。
この世から消え去るわたしなんて、どうでもいい。
この世に生きるふたりには、どうか幸せになって欲しい。
だから――。
◇
【みお】『久しぶり、みんな元気にしてる?』
わたしは、半年ぶりに『みお』としてLINEグループに書き込みをした。
即興で考えた、嘘だらけのシナリオを用いて。
【みお】『実はね。今、付き合ってる彼氏がいるの』
嘘つきだ。
【みお】『恋人だとか彼氏だとか。悪いけど、ジュンのことをそういう風には見れないよ』
わたしは本当に嘘つきだ。
【みお】『ジュンもそっちの世界で幸せを見つけてね』
本当に……本当に……嘘つきだ……。
【みお】『ジュンとあやちゃん、高校の時からずっとお似合いだと思っていたよ』
本当の……本当の……わたしは……。
【みお】『ジュンはあやちゃんとくっつけばいいのにって、ずっと思ってた』
ずっと……ずっと……ジュンのことが……。
【みお】『幼馴染として、絵の弟子として、部活時代の仲間として、友達として。パラレルラインの彼方からジュンの幸せを祈ってるよ』
……ジュンの……ことが…………。
【みお】『さよならジュン。あやちゃんとお幸せにね』
◇
【通知】『「みお」がグループを退会しました』
何時の間にか窓の外の雪は止んでいた。
わたしは泣いていた。寒い冬の部屋の中、京都のマンションのMacの前でひとり。気が付けばわたしは止めどなく涙を流していた。
それが『みお』としての最後の書き込みとなった。そして永遠に、美術部LINEグループにわたしが姿を現すことはなかった。





