第四十七話『みお』の告白(5)
「それにジュンくーん。みんな、めーっちゃ会いたかったよー!」
『せとうち桃太郎まつり納涼花火大会』の当日。『みお』のトリックの為にわざと遅刻をしたわたしは、キャラ変の勢いに任せて猪突猛進した。そして人目もはばからず――。
「うわっ!」
彼に勢いよく抱き付いた。
懐かしい彼の顔、そしてぬくもり。
出来ることなら、ずっとこうしていたかった――。
◇
「ミチルせんぱい。あたし実は……ジュンせんぱいのことが、ずっと好きだったんです」
後輩のあやちゃんに、秘めた想いを相談された。
彼女の気持ちは薄々感じていた。恥ずかしながら内心、彼女には密かに恋のライバル心もあった。だけどそれは、あくまで生前の美緒として。幽霊となった今のわたしには、淡い恋心を叶える手立てなんてない。
だからわたしは彼女の背中を優しくさすりながらこう言った。まるで自分に言い聞かせるように――。
「そっか。うん、わかった。あやちゃんの恋、アタシ全力で応援する」
◇
「やっぱりジュンくんだ。ほんと久しぶり、すごい偶然だよね」
花火大会の開始直後、お姉ちゃんが突然現れたのには心底びっくりした。
だけど、その偶然の再会劇には裏があった。お姉ちゃんは、ずっとわたしたちのLINEグループを盗み読みしていた。そのトリックを後の佐山くんが暴き自白させたのだ。
その事に対してお姉ちゃんを責める気はまったくない。立場が逆なら、きっと自分だって同じ事をした筈だ。むしろ、わたしが死んで三年以上も経つのに。こうやって、ずっと気に掛けてくれていることに心から感謝をしたい気持ちだ。
◇
【サトシ】『淳、織原さん。それにミチルも川瀬さんも。並行世界だろうが、引き篭もりだろうが、遠距離だろうが、年の差だろうがなんだろうが。どんなに世界が離れていても、俺たちはずっと仲間だ』
【あやね】『そうですよ。ジュンせんぱいに、みおせんぱい。それに、ミチルせんぱいに、サトシせんぱいも。このLINEグループがある限り。ううん、たとえある日突然、無くなったとしても。あたしたち美術部同窓メンバーは、ずっとずーっと心はひとつですよ』
【ジュン】『ねえ美緒。さっきから書き込みないけど、バッテリ切れてない? みんなのメッセ、ちゃんと届いてる? そっちの花火はどんなかんじなのさ? ちゃんと鑑賞できてる?』
「みんな……」
じわりとスマホの画面が滲む。やばい、泣いてしまいそうだ。
肩が震える。紅いスマホから視線を外し、夜空を見上げるわたし。
幽霊であるわたしの視界を、花火や幻想庭園の光が鮮やかに染め上げる。
二十四色の光彩が、この世界を鮮やかに照らし出す。
夜空に咲き乱れる光の花束が、わたしたちに友情のエールを贈る。
わたしの頬に、涙の雫がつらりと伝った。
――ねえ、ミチル。この涙はわたしの? それともあなた? きっとミチルにも見えてる筈だよね。
となりのジュンの視線に気付いたわたしは、慌てて頬を拭った。
――ごめんね、ジュン……。
「ご、ごめん、みんな。アタシちょっくらトイレ」
「なんだ、またかよ」と佐山くんが言う。
「ごめん、今度はまじなやつ」
――ごめんね、いつも嘘ばっかり付いて。
わたしは、ひとりトイレの順番待ちをするふりをして、そっと彼に返事を送った。
【みお】『ジュン見えるよ、聴こえるよ。みんなありがとう。本当にありがとう』
◇
午前零時過ぎ。
花火大会を終えたわたしは、ひとり最終電車に乗り駅に到着した。
扉が開く。終電だというのに花火帰りの大勢の乗客が、ホームの壁へと押し出される。込み合う改札を抜け出し、ミチルの自宅へと歩む。
ふと見上げると、満天の星空が視界に映る。時空の果てから降り注ぐ幾千もの光彩が、この世界に魂として存在するちっぽけな自分を優しく包み込む。
心のパレットの中で、二十四色の想いが混ざり合う。わたしは隠し持っていたiPadをポーチから取り出した。
「ジュン、やっと一緒に観れたね」
書いた文面を音読する。そしてわたしは文頭を削除して送信した。
【みお】『やっと一緒に観れたね』
こうして、念願であった約束の花火大会は、わたしの描いた夏の不思議な夢物語は幕を閉じた――筈だった。
あとはミチルと入れ替わる時まで、わたしの魂がこの世から消え去る瞬間まで。
美術部のみんなを影ながら見守り、ひっそりと最期の時を過ごそう。そう考えていた。
だけど、そう思うようにはいかなかった。





