第四十六話『みお』の告白(4)
それから一年の歳月が流れた。
京都の生活にも成れ、わたしは新生『天野ミチル』として新しい環境になじんでいた。
美術部LINEグループは、わたし美緒が死んで以来、凍結中。みんな気まずくて、誰も書き込みをしなかった。だけど、あやちゃんと佐山くんのふたりには、あくまでミチルとして各々個人のLINEトークで連絡を取っていた。
京都に引っ越したばかりの頃はジュンにも何度かLINEをしていたのだけど……リアルに病んでいた当時の彼からの返事は、残念ながら殆どなかった。
京都に転居し、みんなと離れ離れになったわたしはミチルを演じるのを止めた。そう、この機会にキャラをチェンジすることにしたのだ。
無理に他人を演じるのにも疲れたし、限界がある。大学デビューで性格が変わったことにして、別キャラを演じたほうが得策だ。
複雑な家庭環境の親元から開放され、陽気ではっちゃけた性格になった。今度は、そんなシナリオを企てたのだ。きっと関西弁も、コミカルな演技の助けになってくれる筈。
そのアイディアは功を奏した。最初はあやちゃんにも佐山くんにも、ドン引きされたけど……おかげで、わたしの心は随分と軽くなった。
ミチルは外見には無頓着だった。せっかく素材はいいのに、こんなにも美人なのにもったいない。わたしは鏡を見る度にそう感じだ。だから彼女が目覚めた時の為に、ダイエットに励んだりおしゃれをしたりメイクの腕を磨いたりと、精いっぱい身なりを整えたのだ。
◇
その頃から、わたしは身体に異変を感じるようになった。
以前からも時々はあったのだが、めまいを起こして記憶が飛ぶことが多くなった。特に二回生になってからは、それが頻繁に続いていた。
わたしは焦った。もしかしたら、ミチルが目覚める時が近づいているのかもしれないと。
自分は憑依霊、だからこの身体をミチルに返すのは本望だ。その後、自分が成仏するにしても、魂が無に消滅するにしても。正直とても恐いけれど……。
人は、いつかは誰しも必ず死を迎えるもの。それはそれで、きちんと受け入れなくてはいけない現実だ。
だけどひとつだけ。そんなわたしにも、この世に未練がある。
それは、ジュンのこと。
彼は未だ、わたしのせいで心を病んでいる。どうにか彼を立ち直らせたい。それに、このままの状態で、彼と離れ離れになるのは絶対に嫌だ。
だけど、どうすれば……。
わたしは悩んだ。普通にミチルとして接しただけでは、頑なな彼の心が動くわけない。それに最期ぐらいは天野ミチルとしてではなく、織原美緒として仲間たちと集まりたい。それに、以前果たせなかった約束の――。
ジュンと肩を並べて、夏の花火大会に行きたい。
わたしは彼との今生の別れの前に、この世の最期の思い出作りがしたかったのだ。幼く無邪気だったあの頃みたいに。彼が輝いていたあの頃のように。
なにか、いいアイディアはないだろうか。そんな時ふと、わたしは佐山くんが言っていた『箱の中の猫』と、『パラレルLINE』構想の話を思い出した。
「……パラレルワールド……わたしじゃなく、ジュンが死んだ並行世界……天の川の女神が繋ぐ……織姫と彦星……パラレルLINE……仮想美緒……そうよ、これだわ!」
こうしてわたしの三回忌である七夕の夜、LINEの『みお』は誕生した。
◇
わたしの生前のスマートフォンは、わたしの本当の家族が所有している。だけどパスワードは当然、自分で知っている。だからMac版やiPad版のLINEを用いて外部操作をしていたのだ。
美術部LINEグループで並行世界の『みお』を演じる天野ミチルを演じる織原美緒。そんなわたしの奇想天外なアイディアは、どうにかジュンとあやちゃんを欺くことに成功したのだ。
だけど後にして分かることだけれど、佐山くんにだけは最初から正体がばれていたみたいだ。『みお』イコール天野ミチルだと。すべては彼のお見通しだった。わたしの芝居だと分かった上で、ずっと騙されたふりをしてくれていたのだ。
わたしは昔から漫画や小説を読んだり書いたりするのが好きで、物語の発想力や構成力には自身があった。だけど相手は頭脳明晰の秀才、やっぱり知恵の面で佐山くんにはかなわない。わたしはエリートのポテンシャルに脅威を覚えた。
だけどそんな彼でも、ミチルイコール美緒という非論理的で非科学的な方程式の解は、流石に最後まで導き出せなかったみたいだ。
ともあれ、わたしたちはこうして変則的な形ではあるけれど。どうにか美術部メンバー五人そろって、約束の夏の花火大会の夜を迎えることとなった。





