第四十四話『みお』の告白(2)
わたしたちは中学生になった。
クラスも部活も別。思春期に入ったこともあり、たまに廊下などですれ違っても、お互い視線を反らしてしまう。
わたしと彼の距離は、ますます遠ざかって行った。
◇
中学二年生の春。
彼とは偶然にも、同じクラスになった。
だけど色々と気まずくて、相変わらずどうにも近寄れなかった。
そして夏休み。
わたしはお父さんの仕事で急遽、県外へ引越すこととなった。
このままの状態で、彼と離れ離れになるのは絶対に嫌だ。
わたしは偶然を装い、彼を例の公園で待ち伏せした。
「ねえジュン。今年の夏祭りの花火大会だけど、誰かと行く予定とかある?」
わたしは彼との別れの前に、最後の思い出作りがしたかったのだ。
幼く無邪気だったあの頃みたいに。ジュンが輝いていたあの頃のように。
だけど彼には、きっぱりと断られた。
帰宅してから自分の部屋でひとり、わたしは声を殺して泣いた。
どうやら、彼には嫌われていたようだ。だけど、それは当然の結末。以前のわたしは、それだけ彼に最低の事をしたのだから。
わたしは秋の新学期を待たずして、彼に別離の言葉も継げず転校した。
◇
わたしは高校生になった。
進学したのは隣のO市とK市の境にある公立高校の普通科。お父さんの仕事の都合で、また春から地元に戻って来たのだ。
自分の不注意による怪我で入院し、すこし出遅れた高校生活。その美術部で、わたしは彼と偶然の再会をした。
きっとこれは、天の川の神さまが与えてくれた運命の物語。乙女チックな感傷に浸りながら、わたしはそう感じた。
だから積極的に、彼へと話し掛けた。まるで空白の中学時代を埋め合わせるかのように。その甲斐あってか、シャイな彼も次第に壁を取り払うようになってくれた。
こうしてわたしたちは、幼い頃のような関係を取り戻すことができたのだ。
ジュンは一年生のエースだった。美大を目指す先輩方が舌を巻くほどの巧みで繊細な静物デッサンや色彩構成。彼の描く世界は、そして彼自身は、あの頃以上に輝いていた。
美術部では美大進学を志す天野ミチル、優等生の佐山聡史といった素敵な仲間たちとも出会えた。
特にミチルとは気が合い、わたしたちは親友同士になった。すこし口下手で無愛想で職人気質な彼女は、どこか幼馴染のジュンと似ているところがあったのだ。
わたしたちは高校二年生になった。
自分を姉のように慕ってくれる可愛い新入部員の川瀬彩音も加わり、わたしたち美術部メンバーはとても充実した学園生活を過ごしていた――筈だったのだが。
◇
七月七日、その日は七夕だった。
『今年こそは、ジュンと一緒に花火大会に行けますように』
登校前の朝、わたしは自分の部屋の窓際に、先日近所のスーパーで買ったちいさな笹の枝を置いた。そして付属の短冊に密かな願いを込めて文字を綴り、そっと結びつけた。
◇
「ジュンの鈍感、馬鹿、最低、最低、最低!」
降りしきる雨の中。わたしは彼に言われた台詞を思い浮かべながら、危険な傘挿し運転で自転車を漕いでいた。
【「いや別に。ねえ、それより聡史とは実際どうなのさ?」】
「ジュンの……鈍感……最低……」
【またまたぁ、隠さなくっていいよ。密かに、短冊にあいつの名前を書いてたりしてたりして。『今年の夏の花火大会、佐山くんと一緒に行けますように』とかってさ」】
じわりと涙が目に浮かぶ。横殴りの雨と共に視界を塞ぐ。
交通量の多い交差点に差し掛かった、その時。急ブレーキの音が、激しい水しぶきと共に襲う。わたしの身体は左折する大型トラックに巻き込まれた。
◇
気が付けば、わたしは宙を浮いていた。
ふわふわと漂うわたし。
自分を見渡すと白い羽衣のような衣装を身にまとっている。手足も半透明に透けている。
次に下を見ると、白い棺の周囲に大勢の人が取り囲んでいた。
お父さんやお母さん、お姉ちゃんが泣いている。棺からすこし離れた場所には、制服姿の美術部のみんなも。
「せんぱい……みおせんぱい……」
わたしの名を何度も呼びながら、あやちゃんが両手で顔を覆ってる。
佐山くんは涙を流しながら、ジュンの両肩をしっかりと手で押さえている。彼が倒れてしまわないように。
――そっか、わたしトラックに跳ねられて……死んじゃったんだ……。
「僕のせいだ……僕のせいなんだ……」
ジュンは何度も、夢遊病者のようにうわ言を呟いていた。
――違うよジュン、あれはわたしの不注意だったの。だから違うの。自分を責めないで……。
そう何度、宙から言葉にしても、思いは彼には伝わらない。
ジュンは死人のような顔をしていた。魂の抜け殻のようだ。
これではわたしと、どっちが死んだのか分かったものじゃない。
そしてミチルは――。
「ミチルっ!」
「ミチルせんぱいっ!」
佐山くんとあやちゃんが叫んだ。
マリオネットの糸がぷつりと切れるかのように、ミチルが床にへたり込む。
そのまま、うつ伏せに倒れる。どうやら気絶したみたいだ。それと同時に――。
――……え?
わたしの意識は、すうと遠退いた。





