表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第五章 パラレルLINEの秘密
42/57

第四十二話 君の名前は?

「そんなの三沢ミチルに決まってんじゃない」


 そう、天野ミチルはこの約四年間の記憶をすべて失っていたのだ。


 ◇


 一ヵ月後の五月。

 数年間の記憶を無くしたミチルは、しばらく大学を休学することとなった。

 京都市左京区北白川通りのマンションを引き払い、ここO県の実家に戻って来たミチル。神経内科の医師による診断は『偏頭痛とストレスによる長期記憶障害』。現在、自宅療養で地元の総合病院にて通院治療を行っている最中だ。


 ある日、僕と聡史は病院の前でミチルが出てくるのを待ち伏せした。

 例の一連の夢物語における『最大の疑問』を確認するために。だから彩音はこの場に連れてこなかった。


「淳、来たぞ」

「うん」


 病院の出入り口から出てくるミチル。

 ぼさぼさのショートボブ。よれよれジーンズに地味なトレーナー姿。身なりもお構いなしだ。せっかくの美人が台無しである。


 僕らは足早に、彼女の前へと歩み寄った。


「ジュンくん、サトシ……」


 ◇


 病院傍のファミレスに入り、窓際の一角を陣取る。平日の昼下がりなのでひと気は少ない。

 聡史と僕が横並びに座り、対面にはミチルが座る。僕らはドリンクバーの飲み物を各々取りに行くと、彼女の知らない近況を伝えた。


「へえ、サトシはO大学理工学部の三回生か。志望校に合格できて良かったじゃん。おめでとう、なんか入学のお祝いしなくちゃね」


「ああ、ありがとう。それよかさ」

「ねえ、それより天野さん」


「なにジュンくん、ていうか……そのお母さんの苗字で呼ばれるの、どうも聞きなれないんだけど」


 露骨に無粋な表情を見せるミチル。


「あ、ごめん。じゃあミチルちゃん」


 ぷっと吹き出すミチル。


「それ、もっと聞き慣れないんだけど。うけるー」


 ミチルの失礼な態度を受け流し、僕は『最大の疑問』を問い質した。


「あのさ、君にひとつ確認があるんだけど。美緒は生前『ミチルとは友情の証としてLINEパスワードの交換をしてたの』って僕に言ってたんだ。それって本当なの?」


 僕は京都での一件を回想した。


【「元々、高一のときからお互いにLINEのパスワードを教えあってたんよ。だからみおも、アタシのを知ってた。ふたりの友情の証っていうか……自分たちにもしものことがあったら、家族とかにLINE見られるの恥ずかしいから……『お互いにパスワードを使ってLINEアカウント消去しようね』って」】


 今の療養中の彼女に対して「君が『みお』を演じていた」と真相を告げるのは、流石にはばかれる。だからすこしアレンジを加えて聞いたのだ。


 パスワードの交換。親友同士の友情の証だからと言って、やっぱり常識的に考えて普通ありえない。それが、あの夢物語に残された最大の疑問なのだ。


 ミチルは口を歪めて言った。


「みおにLINEのパスワード? そんなの教えるわけないじゃん」

「…………」


「常識でしょ? 親友同士だからって、そんなのありえないよ」


 ズズズと音を立て、オレンジジュースを飲み干すミチル。

 横の聡史が問い質す。


「じゃあミチル、おまえも織原さんのパスワード知らないんだな?」

「みおのパスワード? そんなの知ってるわけないよ」


 ミチルが無骨な態度で言う。まるで高校時代と変わらない口調で。


「まったく、やれやれよ。だからそんな当たり前のこと何度も言わせないでよね、ふたりとも」


 僕と聡史は、顔を見合わせ生唾を飲み込んだ。


「ねえ、それよかさ。うちらの美術部LINEグループ、知らない間になんかめちゃ盛り上がってたみたいだけど。あの『みお』って誰なの? やっぱ、正体はおねえさん? 遺族だったら美緒のスマホを未だに持っててもおかしくないしね」


 ミチルが興味深げに目を輝かせる。


「それとも、もしかしてサトシが作ったAIとか? だとしたら凄いじゃん。ノーベル賞取れるよ」


「聡史、これって……」

「ああ……」


 僕らはアイコンタクトで互いに心の中の疑問を確認した。


 ――じゃあミチルは、どうやって『みお』のパスワードという鉄壁の牙城を突破したんだ?


 僕は夏祭りの花火大会で、聡史が言っていた台詞を回想した。


【「淳は知らないだろうけど。むしろ卒業前までの方が、よっぽどアイツらしくなくておかしかったよ」】


 四年前の七夕の夜。親友の美緒を亡くし、しばらく情緒不安定な状態が続いたミチル。その不幸な事故から卒業するまでの一年半。そして、京都で大学デビューしてからの陽気なおちゃらけキャラ。


 どうしてミチルは美緒のお通夜の席で気絶して以来、二度も別人のように性格が変わってしまったのか。まるで何かに取り憑かれたかのように、芝居を演じる女優のように。


 そう、この四年もの間、僕らがミチルだと思い込んでいた彼女は――。


 天野ミチルを演じていたのは、一体誰だったんだ?


(次章へ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ