第四十一話 損失
「ミチルせんぱい……」
僕と聡史の横でパイプ椅子に座った彩音が、個室の白いベッドで眠るミチルを心配そうに見つめている。
◇
京都市立病院。その神経内科に入院しているミチルを見舞う為に、僕ら美術部同窓メンバー三人はO県から新幹線で駆けつけた。
三日前。ミチルは大学での講義中に突然倒れ、救急車でこの総合病院に運ばれた。それ以来、ずっと意識がなく、こうやって眠り続けている。
現在、担当医による病状説明の為に席を外しているミチルのお母さんは、顔馴染みである聡史にそう事情を説明したのだ。
お母さん曰く『ミチルは三年ほど前からめまいを起こして記憶が飛ぶことが多くて……特にここ半年は、それがひどい状態が続いていたらしいの』
なのだそうだ。ここ京都でも掛かり付けの内科診療所に通院し、めまい止めと偏頭痛の薬を処方してもらっていたらしい。
「せんぱい、目を覚ましてください……」
ミチルの顔を心配そうに見つめる彩音。その横で、聡史が何度も名前を呼びながら深いため息を付く。
「ミチル……ミチル……」
特に聡史の憔悴振りは本当に見ていられない。まるで美緒を喪ったときの自分を見ているようだ。彼にとってのミチルは我が身以上に大切な存在なのだと、僕は改めてそう思った。
「ちょっと飲み物でも買ってこようか……」
重い空気に居た堪れなくなった僕はパイプ椅子から立ち上がった。その時。
「あっ、せんぱい!」
彩音が叫ぶ。
「あっ!」
次に聡史が。ベッドの上のミチルを見れば、彼女のまぶたがゆっくりと開いていく。
「ここ……は……?」
「ミチルっ!」
聡史は叫んだ。
「ミチルせんぱい、あたしたちが分かりますか?」
ミチルはかすれた声で、ゆっくりと口を開いた。
「あやちゃん……サトシ……それにジュンくんも……みんな……」
「よかった……ミチル……ミチル……」
聡史の瞳に涙が浮かぶ。
ミチルの意識は回復したようだ。良かった、本当に良かった。僕はほっと胸を撫で下ろした。
「サトシ……そっか、アタシ……みおのお通夜で倒れて……それで病院に運ばれたんだ……」
「「「…………え?」」」
意味不明なミチルの返答に、僕ら三人は疑問符を浮かべた。
ミチルが続ける。
「みおが……みおが……昨日の事故で急に、あんなことになってアタシ……」
「「「え?」」」
「昨日の……事故だって?」
涙目の聡史が困惑の表情でつぶやく。
「うん、そうだよ。ていうかサトシ、それにみんなも……なんか急に、大人っぽくなってない?」
彩音がごくりと生唾を飲み込む。
「……ミチルせんぱいが……関西弁じゃなくなってる」
ミチルはきょとんとした顔で言った。
「関西弁? なんでアタシが?」
「なあミチルおまえ……まさか……」
僕は恐々とベッドの上で身を起こすミチルに聞いた。
「ねえ、今って……何年?」
「変なこと聞くのねジュンくん。そんなの二〇XX年に決まってるじゃない」
しれっと四年前の西暦を言うミチル。
「サトシせんぱい、これってもしかして……」
「ああ、川瀬さん……これはおそらく……」
もう一度、僕は別の内容をミチルに問い質した。
あえて彼女の苗字を呼ばず――。
「……ねえ、君の名前は?」
「なに言ってるのよ、そんなのミチルに決まってるじゃない」
即答するミチルに対して僕は頭を振った。
「違うよ。だからさ、君のフルネームは?」
「じゃけえ、さっきからなに言うとんよ。男のくせにしつけえわねジュンくん」
関西弁を忘れ、僕らの地方の方言に戻ったミチル。しかも、あの陽気なおちゃらけキャラは身を潜め、昔の無愛想で偏屈だった頃の無骨な口調に戻っている。
あまりの変貌振りに仰天する僕らに向かって、ミチルは言い放った。
「そんなの三沢ミチルに決まってんじゃない」





