第四十話 どうしても君に伝えたくて
「やめてっ!」
ミチルが叫んで立ち上がる。
「サトシ、お願い……それだけは……」
ポロポロと頬に涙を流しながら、
「それだけは言わないで……お願いだから……」
「ミチル……」
必死に懇願する彼女。
「お願いだから……」
ふたりに続き、ゆっくりと立ち上がる僕。
「……ねえ、聡史」
見かねた僕は口を挟んだ。
「さっきから、ふたりの言ってることが、よく掴めてなくて悪いんだけど……」
僕は続けた。
「天野さんの恋、それに対する彼女の本当の気持ち。それを他人が決めつけちゃいけない。勝手に代弁しちゃいけない。さっきそう言ってたのは聡史、君だよね?」
「あ、ああ……そうだな……確かに……」
ばつが悪そうに聡史が視線を逸らす。
「それから天野さん。ごめんね、こんな騙し討ちするような形で君を追い詰めるような真似をして。でもね」
ひと呼吸置いて僕は続けた。
「僕も聡史と同じ意見だよ。美緒が、本当は誰をどう思っていたかなんて。そんなこと言っていいのは、亡くなった美緒本人だけだ。たとえ、それが本心だとしても、誰かを思いやる為の嘘だとしても」
俯くミチル。目を伏せる。
「死人に口なし。だから僕らは天国で眠る美緒の名誉の為にも、真実を暴かないといけなかったんだ。分かってくれるかい?」
目を伏せたまま、ミチルがこくりと頷く。
「ねえ天野さん、それから自分も共犯だと言ってる聡史も」
ミチルと聡史が僕を見る。
「美緒が亡くなってからの三年間、失意と自責の念に苛まれて……ずっと自分の殻に閉じこもっていた僕に、素敵な夢物語を見させてくれて。二八〇バイトの蜘蛛の糸を、救いの手を差し伸べてくれて。君たちには感謝の気持ちしかない。ありがとう、本当にありがとう」
僕は深々とふたりにお辞儀をした。
「淳……」
「天野さん。確かに君のやり方は奇想天外で色々な意味でやりすぎだったけど。君はみんなをまとめる部長として、離れ離れになっていた僕ら美術部LINEグループの壊れかけた絆を修復してくれた。そして崩れかけた僕の心を救ってくれた」
「ジュン……くん……」
「君はとても精いっぱい織姫の役を、LINEの『みお』を演じてくれた。君は本当に仲間想いで優しい人だと僕は思う。君が僕ら美術部の部長で良かった。心からそう思うよ」
ミチルの肩が震えている。
「君は以前、電話で僕に『まあ、こうやってみおが並行世界で無事に生きてることもわかったことやし。うちらはうちらで、しっかり前を向いて歩いていかへんとね』と言ってくれた。だから僕は君の優しさに、その気持ちに応えようと思う」
僕はミチルへ、そして天国の美緒へ向かってまっすぐに言った。
「もう美緒の事は吹っ切って、僕も新しい恋を見付けるよ。平行世界の彼方で美緒は生きている。そう強く信じて」
ぽろぽろと涙を流しながら、口元に手を当てる彼女。
「今日は、それを伝えるためにここへ来たんだ。LINEの『みお』ではなく天野ミチル、君本人にね」
僕を見つめながら、彼女がとめどなく涙を流す。
「ジュン…………ジュン…………くん」
彼女は何度も繰り返し、僕の名前をつぶやいた。
「……帰ろう聡史」
「ああ……」
僕と聡史はミチルのマンションを後にした。
帰り際にちらと振り返る。
ミチルは瞳に涙を浮かべたまま、立ち去る僕らを無言でまっすぐに見つめていた。
レッドブラウンのショートボブに黄色い部屋着姿のミチル。この時のミチルの眼鏡の奥の潤んだ瞳が、ずっと目に焼き付いて離れなかった。
◇
こうして僕らの長きに渡る、七夕の夜から始まった天の川の夢物語は幕を閉じた――。
――かのように見えたのだが。
◇
数週間後。
自宅コーポでバイトに行く支度をしていた僕に、大学三回生に進級したばかりの聡史からLINEの通知が入った。
【サトシ】『淳、大変だ。もう一度、京都へ行こう。今度は川瀬さんも連れて』
一体、何事かと先を読み進めると、そこには驚愕の内容が書かれていた。
【サトシ】『さっきミチルのお母さんから俺に連絡が入ったんだ。それで――』
「えっ!」
足が震える、鼓動が高鳴る。僕の背中に、だらだらと冷や汗が流れ出す。
【サトシ】『ミチルが倒れた。今、京都の病院に入院中で意識不明なんだ』





