第四話 どうして君が?
【みお】『みんな久しぶり。元気にしてる?』
織原美緒からの美術部LINEグループ・メッセージ。
三年前の今日、七夕の夜に他界した彼女との思い出のちいさな公園で。
僕はその不穏な書き込みを、手に持つスマホに掌ごと穴が空くほど凝視した。
「これは一体……」
しばらく考え込んだ後、ふと我に返る。
「ああ、なんだそういうことか」
たしか先日、ある有名なギタリストが不慮の事故で他界して、その奥さんが亡くなった旦那さんのツイッター・アカウントを用いて、ファンやマスコミに向け訃報をツイートしたという事態があった。
だからこれは、おそらく美緒のお姉さんだ。
きっと保護者であり契約主であった美緒の両親が、まだ彼女の生前の携帯電話を解約していなくて、そのまま通信料を払い続けているのだろう。
故人の生きていた証を残しておきたい。よくある遺族感情だ。
蓋を開けて種を明かしてみては、別にどうっていうことはない。
ごくありふれた普通の出来事である。
再び着信が入り、LINEのグループ画面が更新される。
また美緒のアイコンだ。
【みお】『あれから丁度、今日で三年だよね? あの時、色々あったけど・・・みんな今、どうしてるかなと思って』
遺族であるお姉さん的には、妹の仲間たちにも命日に故人を偲ぶ気持ちを伝えたいという所存だろうか。亡くなった妹の事を、君たちはいつまでも忘れないでね――と。
美緒アイコンからの書き込みは続く。
【みお】『あの事故以来、わたしずっと塞ぎ込んじゃって・・・みんなとはずっと連絡とれなかったけど。みんな志望校に進学して、それぞれの大学生活を過ごしてるんだよね、きっと』
確かに。落ちこぼれの僕以外の連中は、そうだろう。
「でも、妙だな」
彼女の親しげな文面が、さっきからどうにも腑に落ちない。
お姉さんと美緒とは年が随分と離れていて、僕らの高校時代は既に県外の大学を卒業し、そのままそちらで就職していた筈だ。
だから幼馴染である僕以外の美術部連中との接点は殆ど無い。せいぜい美緒の通夜の時に、涙ながらに挨拶を交わしたぐらいの間柄の筈である。
なのに文面が馴れ馴れしすぎるというか。これが、昔なじみである僕個人に対するメッセなら理解できるのだが。面識の薄いみんなに対して、親しげなのが妙に気に掛かる。
「それとも……」
あるいは美緒のお母さんの方なのだろうか。
異性の聡史はともかく、親友のミチルや後輩の彩音は、美緒の生前、自宅にも頻繁に遊びに行っていた筈だ。
状況的に『生前の親交』という言う点においては、そちらの方がまだ頷ける。
だけど、だとしたら。まるで友達のように気心知れた文体が更に不可解だ。
「ていうか。これ、他のみんなも読んでる筈だけど……」
聡史、ミチル、彩音。しばらく美術部の連中の出方を伺っていたのだが、誰からも返事の書き込みがない。
誰も通知に気が付いていないわけがない。きっと不穏な書き込みに警戒し、あえて静観しているのだろう。
「しょうがないな」
どちらにせよ。美緒の家族と古くからのつながりがあったのは幼馴染の僕だけだ。
僕は謎のメッセージの解明へ、口火を切る覚悟で対応の返信をした。
【ジュン】『お久しぶりです。あの、美緒のお姉さんですよね?』
返信を待つ僕。
しばらくすると着信があった。
【みお】『違います』
「そっか。じゃあ」
ならば、美緒のお母さんの方だろう。
そう問い質すためにスマホをフリックしようとした矢先。再び着信が。
【みお】『こちらこそお久しぶりです。あの、ジュンのお母さまですよね?』
「……え?」
意味不明だ。どうして僕の母さんが息子に成り代わってLINEの返事をしなくてはならないのだ。
ていうか僕を「ジュン」と呼び捨て?
彼女の母親は、そんな馴れ馴れしいキャラじゃなかった筈だけど。
【ジュン】『違います。母じゃないです』
どうもおかしい。僕は続けざま、その不可解な書き込みに返信をした。
【ジュン】『あの、そちらこそ美緒のお母さんですよね?』
【みお】『だから違います。母じゃないです』
さっきから、話が全然噛み合わない。
僕はクエスチョンマークのスタンプを連打した。
すると。
【ジュン】『?????』
【みお】『?????』
それと同時に、相手も同じものを同じ数だけ送ってきたのだ。
このままでは埒があかない。僕は単刀直入に問い質した。
するとまた、それと同時に相手も同じ内容のメッセを送ってきたのだ。
【ジュン】『君は、誰?』
【みお】『あなたは、誰?』
まったくわけが分からない。
【ジュン】『だから、僕は僕なんだけど』
【みお】『だから、わたしはわたしなんだけど』
「なっ、なんなんだよ、こりゃあ?」
【ジュン】『君の名前は?』
【みお】『君の名前は?』
我ながら、まるでどこかのアニメ映画で聞いたような台詞だ。
【ジュン】『だから、僕は淳なんだけど』
【みお】『だから、わたしは美緒なんだけど』
「だから、なんなんだよまったく!」
僕は激昂した。月光の下で激昂とはシャレにもならない。
これはきっとツリ。成りすましだ。
誰かが美緒のLINEアカウントを乗っ取って、悪戯の書き込みをしているのだろう。
それで乗ってきた僕を、オウム返しをしておちょくっているのだ。
「やれやれだ」
付き合いきれない、タチが悪すぎる。
今日は彼女の命日だというのに。不謹慎にも程がある。
僕は怒りにまかせて、謎の不審者に抗議の文面をカキコした。
【ジュン】『タチの悪いイタズラでしたら、よしてくれませんか?』
【みお】『タチが悪いのは、どっちですか?』
相手は一歩も引かない。繰り返される押し問答。今度は彼女が先手を打つ。
【みお】『だってジュンからの返事なんて、絶対に』
【ジュン】『だって美緒からの返事なんて、絶対に』
七月七日、彼女の三年目の命日である七夕の夜。
深い藍色の空に蒼白い月明かりが照らす、夜のちいさな公園で。
【みお】『絶対にありえない・・・筈なのに・・・だったら、どうして・・・』
【ジュン】『絶対にありえない・・・筈なのに・・・だったら、どうして・・・』
僕と謎の彼女はオウム返しの押し問答を、ずっと凍結していた美術部LINEグループで繰り広げた。
話はまるで平行線。なのに幼馴染同士の阿吽の呼吸。自分でも気味が悪いほど、息もぴったりな歩調で――。
【ジュン】『どうして三年前に死んだ筈の美緒が?』
【みお】『どうして三年前に死んだ筈のジュンが?』