第三十七話 偽りの夢物語(1)
「そやったんか。まさか、みおのおねえさんが、ね……」
PCデスクチェアに座っているミチルは、しみじみと僕と聡史の顔を見て言った。
◇
『京都市左京区』
歴史情緒溢れる街並みに、京都大学を筆頭に多くの大学を有する京都屈指の学園街だ。有名な寺社としては東山慈照寺(銀閣寺)・南禅寺・下鴨神社・平安神宮がある。日本の芸術の都と呼ばれるだけあり、美術系の大学も充実している。
愛知県からO県へと戻る最中。JR京都駅で新幹線を途中下車した僕らはバスを乗り継ぎ、天野ミチルの暮らす左京区北白川通りのワンルームマンションへと立ち寄った。
「ジュンくん、サトシ。よく来てくれたね」
ラフな黄色い部屋着姿のミチルは、僕らを歓迎し自室へ迎え入れてくれた。スラリと伸びた生足の白いショートパンツ姿が眩しい。
八畳ぐらいのワンルーム、学生にしては贅沢な住まいだ。センスよく整頓された部屋。白い壁には洒落た現代アート系のポスターがずらり。
それに紛れて、深夜アニメやガールズロックバンド『メタル☆うぃんぐ』のポスターなども飾られてある。
窓際の白いPCデスクに座るミチル。僕と聡史は並んでシングルベッドに座った。
レモンイエローのカーテンとベッドカバーが鮮やかだ。芳香剤だろうか、カモミールの甘い香りが部屋中を包み込む。
PCはMac Pro。グラフィックデザイナー御用達の高価な機種だ。
「ねえ天野さん、大学の課題の作品とか見せてよ」
「えー恥ずかしいねんよ。特にジュンくんに見せるのは」
「まあ、そう言わずにミチル。こうやってせっかく美術部時代のエース殿が来たんだからさ」
「それに僕も最近、コンピュータグラフィックにちょっと興味が沸いて来てね。自分でもやってみたいなと思ってるんだ」
「ジュンくん……」
「だから参考にさせてよ」
「そうなんや。そういうことなら」
渋々と起動ボタンを押すミチル。ジャーンと起動音が響く。
僕は物珍しげな顔をして液晶画面を眺めた。シンプルな壁紙だ。デスクトップには、Adobe PhotoshopやIllustratorのアイコン。LINEもある。
「へえ、知らなかった。MacでもLINEって出来るんだ、スマホでしか出来ないもんだと思ってたけど」
「なんだ知らなかったのか淳、他にもIPad版LINEとかもあるんだぜ」
「天野さん、IPadとかって持ってるの?」
「まあ一応。最近、あんまり使ってへんからバッテリ切れてるけど……」
「へえ、凄いや。なんかすっかりクリエーターってかんじだね」
気まずそうな顔で、ミチルは頭を掻いた。
◇
彼女の作品は素敵だった。主にイラストやパッケージのデザインだ。特に人魚姫をモチーフにしたイラストが印象的だった。色使いはすこし賑やか過ぎてまとまりがないけど、なかなかの出来栄えだ。
「でもなんか嬉しいな、ジュンくんが再び絵を描くことに興味を持ってくれて」
「天野さん……」
「でも恥ずかしいから、もうええやろ?」
Macの起動ボタンを押してスリープさせるミチル。
「ねえ、それよかさ。早く聞かせてよ、みおのおねえさんのこと」
どうやら、お姉さんの告白した内容が気になる模様だ。無理はない。
シングルベッドに座り直す僕と聡史。
そして僕らはミチルに、お姉さんが告白したすべての罪を洗いざらい説明した。
◇
「そっか、あの不思議でロマンチックな夏の夢物語はおねえさんの……すべては、そういうことだったんやね。逆にちょっとざんね――」
「どうしたの?」
ミチルが突然、レッドブラウンのショートボブを抱えてうつむく。
沈黙する三人。
しばらくしてミチルは顔を上げた。肩で息をする彼女。顔が蒼い。
「あ、ごめん。またぼーっとしてた」
「大丈夫かい天野さん?」
たしか以前も電話中にこんなことがあった。
「うん。最近、ちょっと調子が悪くて。疲れてるせいかな、講義中もすぐ眠くなるねんよ」
「そんなこと言って、おおかた深夜アニメの見過ぎじゃないのか?」
そんな聡史の言葉に、ミチルはえへへと苦笑いで返した。
「そやけど、ふたりともおおきにね。愛知へ謎解きに行ったついでやとはいえ。態々、帰りに京都で途中下車してアタシに真相を伝えに来てくれて。新幹線代も高こ付いたんやない?」
僕は聡史と目を見合わせ、互いにうなずいた。
「ついでじゃないさ、ミチル」
「――え?」
同時に僕はポケットから黒いスマートフォンを取り出すと、素早く操作した。
LINEのメッセを送信する。
刹那、PCデスクチェアに座ったミチルの背後の一角から、着信音が鳴り響く。
彼女のスマホからではなく、着信によりスリープが解除されたMacから発せられているのだ。
目を丸くするミチル。
ここに来る直前、僕は聡史に言われていた。
彼女のPCを起動させる為に、作品を見せてくれと頼むようにと。
もちろんそれも見たかったというのもあるのだが。
最初からこれが目的だったのだ。
Mac版とIPad版のLINEの存在は聡史から事前に聞かされていた。
さっきの僕の「へえ、知らなかった」という反応は芝居なのである。
だから――。
「だから、ついでじゃないんだよ天野さん」
「そう、俺たちの遠出の目的地は最初から京都。むしろ、あっちの愛知県がついでだったんだ」
ミチルが固まる。
構わずメッセを連投する僕。その度にMacから鳴り響く着信音。
「メッセ見ないのかミチル。遠慮せずに見ろよ、さあ」
「…………」
「さあ、Mac版LINEのメッセを早く確認しろよ」
聡史がドラスティックな口調で問い詰める。
「メッセ見ろよ。さあ、早く」
その横で僕はメッセを連投している。
送信先はミチルでもLINEグループでもない。
今迄、何度送っても既読の付かなかった『みお』の個人トークへだ。
「さあ」
無言で、僕らを見つめるミチル。
顔を蒼白にした彼女に向かって、聡史は冷めた視線で言い放った。
「見ろよミチル、いやLINEの『みお』」





