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パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第五章 パラレルLINEの秘密
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第三十五話 東へ

『岡崎市』


 愛知県の旧三河国のほぼ中央に位置する市。

 豊田市とともに西三河を代表する都市で、中核市に指定されている。

 全国的には「八丁味噌」の産地として知られている。


 四月一日のエイプリルフール。

 午前十時半、僕と聡史はJR東海岡崎駅の新幹線改札口を通過した。


 ここに来る数日前、僕はお姉さんに電話を掛けた。

 男ふたりで名古屋に旅行する予定があります。そのついでにお姉さんの住まいに寄らせてもらって、美緒にお線香を上げさせてくださいと頼んだのだ。


 美緒の遺影に手を合わせたいという気持ちは本当だが、名古屋に旅行なんてもちろん嘘だ。


 専業主婦のお姉さんは『主人が帰宅していない平日の昼間なら、いつでもお待ちしてるね』と快く了解してくれた。


 彩音は連れてこなかった。

 知らぬが仏、彼女はこのまま真実を知らないほうがいい。

 そんな僕らふたりの意見が合致したからだ。


 新幹線の中で、彼の考えもたっぷりと聞かせてもらった。

 意志の疎通はできている。

 

 バスターミナルで目的地へと向かう便びんを待つ僕ら。

 聡史が釘を刺す。


「淳、例の件はくれぐれも口を滑らせないように」


 僕はこくりと頷いた。


 ◇


「どうそあがって、ジュンくんたち」


 美緒のお姉さんは、自宅マンションの玄関先で僕らを招き入れてくれた。


「お二人とも、わざわざ来てくれてありがとうね。私、平日の日中はいつもひとりで寂しい思いをしてるのよ。だから嬉しいな」


 美緒によく似た優しい声。

 清楚なオフホワイトのニットワンピース姿で、僕らを迎え入れてくれる。

 ふわりとフローラルの香りが僕の鼻腔をくすぐる。


「改めまして、佐山です。それではお邪魔します」


 聡史は丁寧に自己紹介をした。


 ◇


 広いリビングルームの一角で、美緒の遺影に手を合わせる僕ら。


「ふたりが会いに来てくれて、きっとあの子も喜んでるわ」


 お姉さんが瞳を潤ませながら、感傷的な声で言う。



 ――美緒、ごめんな。こんな形で君に会いに来て。

 だけど、どうしても僕らには真相を明らかにして決着を付けなければならないことがあるんだ。

 自分の為にも、みんなの為にも、天国で眠る君の名誉の為にも。

 だから――。


 遺影の中の君の笑顔に向かって僕は、心の中で決意を告げた。


 ◇


「それにしても素敵なお住まいですね、旦那さんはどのようなお仕事をなされているんですか?」


 聡史が聞く。三人掛けの白い本皮張りのソファで彼は、僕の右横に座っている。

 アールグレイの入ったティーセットの置かれた白いテーブル。それを挟んで対面席のひとり掛けソファに座ったお姉さんが説明する。


 旦那さんは二十九歳のお姉さんよりふたつ年上で、市内の大手自動車メーカーに勤務しているそうだ。名古屋の大学時代のテニスサークルの先輩。当時から交際していて、卒業後に結婚したのだ。

 

「凄いですね、その年齢で大企業の課長さんだなんて。M社のモビリティの可能性の追求という開発理念には自分も興味があって、大学のゼミで自家用車の自動運転プログラムを――」

「そちらこそ凄いわよ佐山くん、O大学で知能工学を専攻だなんて――」

 

 聡史とお姉さんの会話が弾む。

 早くも、すっかり打ち解けている模様だ。

 

 聡史の社交性と口の上手さには、本当に舌を巻く。

 口下手な僕はティーカップを口にしながら、ふたりの様子を伺った。

 

 話題は自然な流れで美術部メンバーの、そして夏の花火大会へと移行する。


「それにしても本当に凄い偶然でしたよね。あのシチュエーションで淳とお姉さんが再会するだなんて。まさに奇跡としか言いようがない」

「ええ、本当に」


「凄く幻想的でロマンチックなロケーションだったし。あの時、俺。織原さんが天女に生まれ変わって、大輪の花が咲く夜空の天の川から舞い降りてきたのかと思いましたよ」

「まあ、若いのにお上手ね」


「本当にそう思えるぐらい神秘的で美しかったです。あの夜の光景も、あの時のお姉さんも」

 

 ――凄い。

 

 聡史は開発エンジニアとしてだけでなく、ホストクラブでもナンバーワンになれそうだ。

 美術部時代と同じく、僕はエリートの底力ポテンシャルに脅威を感じた。

 

「これ、先日の花火大会の画像なんですよ。待ち受けにしてるんです」


 さりげなくスマートフォンを取り出し、対面のお姉さんに画面を向ける。

 お姉さんが「へえ」と興味深げに身を乗り出す。

 

「向かって淳の右横が後輩の川瀬さん。左横が当時の部長のミチルです」

「ええ、顔はうろ覚えだったけど。生前の美緒から、電話で何度も聞かされていたから、名前だけは覚えているわ」


 待ち受けを見つめながら、くすりと笑うお姉さん。


「ふふっ、天野さんったら。美人さんなのに、いっぱい口にソースをつけたりして」


 彼女がそう言った瞬間、聡史の目が光った。


「あれ、おかしいなあ」


 スマホをテーブルに置く聡史。


「え、なにが?」


 あごに手をやり、大げさにしばらく考え込む姿勢を見せる。


「だって、おかしいじゃないですか」

「だ、だからなにが、おかしいの佐山くん?」


 お姉さんが眉をひそめる。

 

「だって俺たち夏の花火大会の夜も、ここに来てからも。おねえさんの前ではひとことも言ってない筈なのに。それなのに、どうして――」


 聡史はお姉さんの目を見て言った。

 

「どうして知ってるんですか、ミチルの苗字が天野だって」

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