第三十話 彼女の告白
【あやね】『ジュンせんぱい、好きです。あたしを彼女にしてください』
――彩音ちゃん……。
彩音は僕からの告白の返事を待たずして、そのままLINEグループに連続メッセをした。
【あやね】『美術室に飾られていた人物デッサン。あたし、それにひと目惚れして。美術の先生に「どんな人が描いたんですか?」って聞いたら「二年生の星野くんって美術部員。うちのエースよ」って教えてくれたんです』
【あやね】『それで、あたし興味がわいて美術部に入って。ジュンせんぱいと出会って』
【あやね】『せんぱいは想像していた通りの人でした。繊細で優しくて、どこか影があって切なげで。それに、ちょっと見た目も好みで・・・気が付けばあたしは、せんぱいの絵だけじゃなく、描いた本人にも夢中になっていました』
わき目も振らず、何かに取り憑かれたかのように。無言で一心不乱にスマホをフリックする彩音。
【あやね】『でも、せんぱいの隣にはいつも、素敵な幼馴染さんがいました』
【あやね】『幼馴染さんは、とても美人で。頭も性格もよくて、優しくて。美術部の他の新入部員の同学年の子たちと、なじめず浮いていたあたしを、本当の妹のように可愛がってくれました』
【あやね】『そんな、ジュンせんぱいの幼馴染のみおせんぱいは、とても素敵な人でした。憧れの人でした。ジュンせんぱいの心の中にはずっと、そんなみおせんぱいがいました』
口を挟みたげな顔をする僕を、彩音が連投メッセで素早く遮る。
【あやね】『ジュンせんぱい、隠したって無駄ですよ。あたしには・・・ううん、美術部の誰もが、ジュンせんぱいの気持ちには感付いていた筈です』
「…………」
【あやね】『ジュンせんぱい本人だけが、本当の自分の気持ちに気付かないふりをしていたんです』
【あやね】『みおせんぱいの心にもずっと、いたんですよねジュンせんぱいが? だって、あたし妹分ですよ。そんなの見てたらわかりますよ』
――美緒。
【あやね】『幼馴染でお互い両想いなのに、お互いが本当の気持ちに気付かないふりをしている。だからあたしみたいな、ひよっこの後輩の出る幕なんてどこにもない。そうやってあたしは、自分の気持ちにふたをして押さえ込んでいました』
美緒の、そして聡史の顔が。僕の脳裏をかすめる。
【あやね】『でも、みおせんぱいは三年前・・・突然、事故で亡くなってしまった。本当に本当に心から悲しかった。でも・・・』
彩音のスマホをフリックする手が止まる。
しばらく彼女はじっと手元の画面を見つめていたが、意を決して続きのテキストを打ち出した。
【あやね】『あたしの心の片隅にほんのすこしだけ、悪魔のような醜い感情が芽生えたんです。こんな出番のないあたしにも、ジュンせんぱいに・・・すこしは近づけるチャンスが訪れたのかもって・・・』
深々と積る粉雪の中。
僕のスマホを握る右手が寒さでかじかむ。
【あやね】『心を悪魔に取り憑かれたんだと思いました。本当に本当に自分が嫌になる。最低です。あたしはそういう汚い人間なんです』
罪の雫が、彼女の桃色に染まった頬につらりと伝う。
【あやね】『でもジュンせんぱいの気持ちは頑なでした。あたしが想像していた以上に、せんぱいは一途な人でした』
【あやね】『みおせんぱいが、突然あんなことになって・・・誰よりも落ち込んで、部活にも来なくなって。そうやって、自分の殻に閉じ篭って、ずっとずっと塞ぎ込んでいたジュンせんぱい。だけど』
【あやね】『だけど、あたしなにも出来なくて。みおせんぱいが、この世からいなくなっても結局おなじ。あたしみたいな脇役の出る幕なんて、やっぱりどこにもなくて。だから、ひとりで悩んで苦しんでいるせんぱいに、なにもしてあげられなくて』
【あやね】『だから、こうやって時間が経って。パラレルワールドとはいえ、みおせんぱいが無事に生きているのがわかって。あたしたちのLINEグループに帰ってきてくれて。それでジュンせんぱいがほんのちょっぴり元気になって』
【あやね】『また、あの頃みたいにみんなで集まれたことが、凄く凄く嬉しいんです。だけど』
【あやね】『だけど、みおせんぱいは並行世界の人。どんなに好き同士でも、ふたりはけっして結ばれない。お互いにそばにいて寄り添って、手をつないで、抱きしめ合うことはできません』
【あやね】『だから、みおせんぱい。ジュンせんぱいの視線は、そっちの世界に向いているままでいい。せんぱいの心は、パラレルワールドの彼方でもいい。だけど』
「彩音……ちゃん」
【あやね】『だけどこの世界で、みおせんぱいの代わりに、ジュンせんぱいを抱きしめてあげられる役を、どうかあたしに譲ってください。だから・・・だから・・・』
「――ジュンせんぱい!」
彩音は傘を地面に落とした。
大粒の心の雫を流しながら、彩音は僕の胸に飛び込んだ。
◇
どれぐらい、そうしていただろうか。
白い粉雪が舞う近所の公園傍の歩道の上で。
僕の右手にはスマートフォン。左手には黒い傘を挿しながらチョコレートの入った小さな白い手提げ袋を握っている。
そんな僕の胸の中で、小さな身体を震わせ嗚咽する彩音。
僕はポケットに一旦スマホを納めた。
空いた右掌で彩音の肩を抱き、ゆっくりと右掌で押し離す。
「せんぱい……」
僕の黒いコートの胸元は湿っていた。
ふと彩音の顔を見ると、涙で頬がぐしゃぐしゃに濡れている。
彩音が雪に塗れぬよう、傘を前へと傾ける。
僕は再びポケットのスマホを取り出すと、彩音の目の前でLINEグループに返事を書いた。
【ジュン】『彩音ちゃん、ありがとう――』





