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パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第一章 平行線の彼女
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第三話 七夕の夜、一雫の雨

『ふう、嫌な雨。なんか付き合わせちゃってごめんね、ジュン』


 あの雨の日の夕方。部活帰りの僕と美緒は、この東屋でふたり雨宿りをした。


 美緒も僕も電車通学だった。

 僕は駅からは徒歩で家も近かったのだが、彼女の自宅はすこし離れているので駅からは自転車を利用していた。


 自転車の傘差し運転は危ないから、雨が上がるまでと。美緒に付き合うような形で立ち寄ったのだ。


 雨に濡れた鞄や白い制服をハンカチで拭いながら、東屋の木製ベンチに腰掛ける美緒。その右側に座る僕。


 しばしの沈黙。視線を遠い雨の向こうへと投げ掛けながら、美緒が僕に問い掛ける。


『ねえ、そういえば今日は七夕だよね? ジュン、なにかお願い事とかした?』


『いや、別に』と返しながら、僕は何度も美緒の横顔をチラ見した。

 透き通るような白い肌。華奢な身体を包む、濡れた制服と長い黒髪。

 憂いを帯びた長いまつ毛。すっと通った鼻筋。


 恥ずかしながら、おもわず見惚れてしまっていたのだ。

 幼い頃から見慣れている筈の彼女の顔を、今でも鮮明に思い出す。


 幼馴染の自分が言うのもなんだけど、美緒はかなりの美形だった。

 しかも明るく朗らかで誰にでも優しい性格。男子からの人気も絶大だった。


 当然、冴えない自分とは不釣合い。

 頭が良いわけでなく、運動が出来るわけでもない。口下手で消極的で、おまけに家は貧乏だ。

 ちょっとばかりイラストが得意だったということ以外には、なんの特徴も取り得もない僕である。


 美緒は、同じ部活のイケメン優等生の聡史とお似合いだ。そういつも感じていた。

 きっと美緒だって、まんざらでも無かった筈なんだ。


『ねえ、それより聡史とは実際どうなのさ?』


 たしかあの時も。そんなことを隣に座る君に、臆面も無く問い掛けていただろうか。

 眉をひそめる美緒。彼女の端正な顔が歪み、不貞腐れた口調で言葉を返す。


『佐山くんとは、そんなんじゃないよ』


 しつこく絡む僕。自虐ネタ交じりにおどけながら、すこし卑屈な表情を浮かべて。


『またまたぁ、隠さなくっていいよ。密かに、短冊にあいつの名前を書いてたりしてたりして。「今年の夏の花火大会、佐山くんと一緒に行けますように」とかってさ』


 すると彼女は、何故だか突然、怒り出したのだ。


『なにそれ。馬鹿にしてるの? ジュンの言ってること、わたしよくわかんない!』


 ジト目で僕を睨みながら、頬を膨らませる美緒。


『急に、なに怒ってんだよ。わけわかんないのは、そっちの方だろ?』


 まったく、やれやれだ。そう言い返しながらも、本当はわけわかったりもする。

 そんなに怒ると言うことは、きっと図星だったのだろう。


『ジュンは全然わかってない。そういう鈍感なとこ、ほんっと昔っからだよね』


 美緒は、ぷいとそっぽを向いて立ち上がると、


『最低』


 そう言い残し、慌てて公園を去って行った。

 降り注ぐ雨の中。自転車にまたがり、徐に傘を差しながら。


『……ちぇっ、なんだよ。傘差し運転は危ないからって自分で言っておきながらさ』


 遠ざかる美緒の白い雨傘に向かって、悪態を付く僕。

 無常にも、それが彼女との最期の会話となった。


 その直後、美緒は交通事故に合った。

 雨で視界が悪かったせいだろう。交差点で左折する大型トラックに自転車ごと巻き込まれたそうだ。

 僕が美緒の突然の訃報を知ったのは、その翌日のことだった。


「はあ」


 考え事をしていたら、周囲はすっかり暗くなってしまった。

 深いため息と共に、もう一度夜空を見上げる。蒼白く丸い月が、じわりと滲む。


「全部、僕のせいだったんだ」


 あの時、雨が降らなければ。この公園に立ち寄らなければ。

 僕が軽口を吐かなければ。下種な冷やかしを言わなければ。


「僕が余計なことを言わなければ……」


 そう、あの日以来。元々消極的な僕は更に、極端に無口な人間になったのだ。

 愚かな自分への戒めの意味を込めて。


 だけど、いくら悔やんでも悔やみきれない。

 いくら後悔しても、失われた時間は元に戻せない。


「だから、あの時、僕が……」


 あの時、僕の方が死ねばよかったんだ。

 美緒ではなくて僕が、白い棺に入るべきだったんだ。

 そうしたらきっと。この世界は分岐されて美緒が生きている未来へと、まっすぐに進んで行った筈なのに。


 夜空を見上げた頬に、つらりと生暖かい雫が伝う。

 その直後。僕の濡れた頬に、天からぽたりと冷たい一滴の雫が落ちてきた。


「――雨?」


 刹那。ポケットの中のスマホから突然、着信音が鳴り響いた。


「また彩音ちゃん、かな?」


 確認する僕。LINEだ。

 一般的には誰もが愛用する必須コミュニケーション・ツールなのだが、もう随分長いことスマホのアイコン画面の片隅に放置状態だった。


 その着信が続けざまに二回も届くとは。

 現在、友達の居ない非リアの自分には、実に珍しい出来事だ。

 さっき彩音からメッセを貰うまで、もう随分長いこと確認すらしていなかった。


「しかも、今度は……」


 どうやらグループLINEの通知のようだ。

 メンバーはミチル、聡史、美緒、僕、彩音。

 長年凍結していた美術部時代のものである。


 仲間のひとりである美緒が他界して以来、一度も誰からも書き込みが無かった。

 今思えば、幼馴染を失って落ち込んでいる僕を、そして大切な仲間を失った自分たちを刺激しないよう、みんなで気使い合っていたのかもしれない。


「それにしても誰なんだ。さっきの彩音ちゃん? 聡史? それともミチル?」


 僕は、通知に書かれた送信者の名前を確認した。


「な!」


 驚愕する僕。

 僕のスマホの通知画面には、信じられない名前が刻まれていた。


「そ、そんな馬鹿な!」


 足が震える。鼓動が高鳴る。長袖シャツを羽織った僕の細い背中に、だらだらと嫌な汗が流れ出す。


「ありえない、絶対にありえない……」


 生唾を飲み込みながら、震える指先でスマホをタップする僕。

 懐かしい顔写真のアイコンだ。長い黒髪にまつ毛の長い、憂いを帯びた大きな瞳の美少女。


 それは三年前の今日、七夕の夜に他界した筈の――。


【みお】『みんな久しぶり。元気にしてる?』


 織原美緒のアイコンだった。

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