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パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第四章 それぞれの告白
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第二十五話 聡史

 O大学理工学部知能工学科の薄暗い研究室。

 二回生の俺、佐山聡史はPCの前に座り不完全なAIシステムのプログラムソースと格闘している最中だ。


 PCとUSBで繋がれたネイビーブルーのスマートフォンの画面を見る。

 そこには俺が現在開発中の試作アプリの画面が映し出されている。


 あの夏の花火大会の翌日、致命的な欠陥バグを見つけてしまった。以来、このアプリは一旦凍結してある。


 ディープラーニングのアルゴリズムのデバッグと連日連夜の大格闘。慢性的に睡眠不足だ。


 深層学習の意を持つディープラーニング。人間が自然に行うタスクをコンピュータに学習させる機械学習の手法のひとつだ。人間や動物の神経細胞(ニューロン)の仕組みを模した『ニューラルネットワーク』システムがベースとなっている。


 ディープラーニング以前の黎明期。機械学習コンピュータは、人間に教わったことは人間よりも速い速度で処理することができた。しかし、それは教わったことをあくまで記号として認識しているにすぎず、それにどのような意味があるのかまでは理解できなかった。


 それを意味まで理解させ、分析力を人間の思考に近づくよう進化させたのが、このシステムである。


 多層構造のニューラルネットワークに大量の画像、テキスト、音声データなどを入力することで、コンピュータのモデルはデータに含まれる特徴を各層で自動的に学習する。この構造と学習の手法が大きな特徴だ。


 結果、人間の言葉の意味を理解し、まるで実際の生物のように複雑で多彩な思考パターンで対応することを実現可能にしているのだ。

 

 その学習素材ソースとしてツイッターやインスタグラムやLINEなどSNSと連携させる。そこに俺は着想した。ソースの提供主はログ主。つまりはひとりの個人だ。


 同じ思考を持つ他者というのは、この世にひとりも存在しない。それが個性というものだ。遺伝子情報が同一のクローン人間にしたって、人格は当然異なる。


 ひとりの人間のSNSをモデルに、ひとりのAIを育成する。結果、唯一無二な個性を持った人工知能へと成長していく。いわゆる個性のクローンだ。そんなアプリの開発を俺は大学の研究課題としている。これは、その試作機なのである。


 現状では僅かなバイト数のテキストレベルでしかないが、将来的には画像や動画や音声などの大容量データもスムーズに取り扱えるようにしたい。


 早く修復を進めなければ。みんなの為にも……焦る俺。さっきからキーボードのタイプミスが目立つ。


「……すこし休憩しようか」


 ブルーライトカットグラスを外し、疲れた目を瞬かせる。

 PCをスリープ状態に切り替える。

 ホストを無くしたスマホの画面がアプリから待ち受けに変わった。


 花火大会の時に自分で撮った三人の写真。

 川瀬さん、淳、その横で口にべったりソースを付けたミチルが笑っている。


「ミチルほんと変わったよな、でも……」


 未だ、彼への思いは変わらないのだろうか。ふと俺は、高校の卒業式の時の事を思い出した。


 ◇


 あの日、式の後で。ミチルを校舎の屋上へ呼び出した俺は――。


『遠距離でもいいから』


 と、愚直に思いを伝えた。

 

 うつむいて黙りこくるミチル。

 前回、秋に告った時もこんな調子だった。


 四月からミチルは京都の美大に行ってしまう。これがラストチャンスだ。

 感極まる。焦った俺は、彼女を強く抱きしめた。

 

『ミチル好きだ。中学の時からずっと、俺はおまえだけを見ていたんだ』


 固まるミチル。しばらく、そのままフリーズしていたのだが。

 彼女は意を決したように俺の胸を、ゆっくりと両掌で押し離した。


『ミチル……』


 俺の制服の胸元は湿っていた。

 ふとミチルの顔を見ると、涙で頬がぐしゃぐしゃに濡れている。


『ごめんサトシ』


 両手で頬を拭いながら、ミチルは踵を返し屋上を走り去って行った。

 断りの理由を何も告げず、ただ謝罪の言葉だけを残して。


 ◇


 だけど本当は自分でもわかっている。

 あいつには他に好きな奴が居たんだ。


 高二の夏、織原さんが事故で他界してからずっと。あいつの心は亡き親友の幼馴染に傾いていた。


 美術部の輝かしきエースだった男が、最大のライバルとして目標としていた彼が。大切な人を亡くし傷付いて、部活を辞め、絵を描くことすらも放棄しようとしている。


 きっと尊敬や同情や母性や対抗意識の損失といった複雑な感情が入り混じり、何時しか淡い恋心へと変わって行ったのだろう。


 だから焦って俺は、二度もミチルに告白をした。

 結果は撃沈。哀れな道化師ピエロ、まさに黒歴史だ。


 もちろん周囲には、ミチルはそんな素振りは微塵も見せなかった。

 だけどいくらあいつが隠そうとしても無駄だ。

 ミチルの彼を見る目が他とは違う。

 名探偵の俺の目には、はっきりと真相が映っていたのだ。


 高二の秋、俺たち美術部の三人は、部活に来なくなった彼を校舎の屋上に呼び出した。

 そこで彼を慰める為に、俺がパラレルワールドの量子力学的思考理念である『シュレーディンガーの猫』の論説をした時。彼を切なそうに見つめるミチルの目を見て、俺は確信した。


 天野ミチルは俺の親友、星野淳のことが好きなのだと。

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