第二十三話 二十四色の夜空の下で
【あやね】『ジュンせんぱい。あたし、ずっと好きだったんです。ひと目惚れだったんですよ、あのジュンせんぱいの絵に』
――なんだ、絵の話か。
僕は、ほっと肩を落とし左横を向いた。
彩音が続きを言葉で伝える。
「そう、あの美術室の後ろに飾ってあった人物デッサン。繊細で優しいタッチで、それでいてどこか切なくて。モデルさんもすごく綺麗で、本当に素敵でした。あたし美術の授業の時にあの絵にひと目惚れして、美術部に入ろうと思ったんですよ」
「そう……だったんだ」
「あたしたち、ずっと美術室の一番目立つ所に飾ってました。ジュンせんぱいが部活を辞めてからも。あたしが、ミチルせんぱいの後を継いで部長になってからも、ずっと」
「そうなんだ、知らなかった……」
「ですよね。ジュンせんぱい、ずっと美術室に……あたしたちの前に顔を出してくださらなかったから」
言葉を続ける彩音。
「あたし、ずっと心に残っていたんです。みおせんぱいが、突然あんなことになって……誰よりも落ち込んで、部活にも来なくなって。そうやって、自分の殻に閉じ篭って、ずっとずっと塞ぎ込んでいたジュンせんぱいの事を。だけど……」
円らな瞳で、まっすぐに僕を見つめる。
「だけど、あたしなにも出来なくて。あたしみたいな、ひよっこの後輩が出る幕なんてどこにもなくて。だから、ひとりで悩んで苦しんでいるせんぱいに、なにもしてあげられなくて」
「彩音ちゃん……」
「だから、こうやって時間が経って。また、あの頃みたいにみんなで集まれたことが、凄く凄く嬉しいんです。だから、ジュンせんぱい。あたしたちのこと、もう忘れないでくださいね」
一生懸命に僕へと、秘めたる想いを伝える彩音。その向こうで、それまで黙っていた藍染着流し浴衣姿の聡史がにこりと笑う。
彼は袖口からスマホを取り出し、LINEグループにメッセした。
並行世界の『みお』にも、みんなの想いが伝わるように。
【サトシ】『淳、織原さん。それにミチルも川瀬さんも。並行世界だろうが、引き篭もりだろうが、遠距離だろうが、年の差だろうがなんだろうが。どんなに世界が離れていても、俺たちはずっと仲間だ』
彩音も書き込む。
【あやね】『そうですよ。ジュンせんぱいに、みおせんぱい。それに、ミチルせんぱいに、サトシせんぱいも。このLINEグループがある限り。ううん、たとえある日突然、無くなったとしても。あたしたち美術部同窓メンバーは、ずっとずーっと心はひとつですよ』
「みんな……」
じわりとスマホの画面が滲む。やばい、泣いてしまいそうだ。
僕は気を紛らわそうと、皆に続けてLINEグループに書き込みをした。
【ジュン】『ねえ美緒。さっきから書き込みないけど、バッテリ切れてない? みんなのメッセ、ちゃんと届いてる? そっちの花火はどんなかんじなのさ? ちゃんと鑑賞できてる?』
送信ボタンをタップした僕はふと、右横のミチルを見た。
ミチルの肩が震えている。
紅いスマホから視線を外し、夜空を見上げる彼女。
その横顔を、花火や幻想庭園の光彩が鮮やかに照らし出す。
彼女の頬に、二十四色の雫がつらりと伝う。
僕の視線に気付いた彼女は、慌てて頬を拭った。
「ご、ごめん、みんな。アタシちょっくらトイレ」
「なんだ、またかよ」と聡史が言う。
「ごめん、今度はまじなやつ」
――今度はまじって。
じゃあ、さっき彩音ちゃんと長々と行ってたのはなんだったんだよ。
僕は頬を緩めながら、心の中でツッコミを入れた。
ひとり急々とトイレへと向かうミチル。
きっと、涙を見られまいとの照れ隠し。
それぐらい、鈍感な僕にだって分かってるつもりだよ。
夜空に咲き乱れる光の花束が、ぼくらに友情のエールを贈る。
しばらくして並行世界の『みお』から着信があった。
【みお】『ジュン見えるよ、聴こえるよ。みんなありがとう。本当にありがとう』
◇
午前零時過ぎ。
花火大会を終えた僕は、ひとり最終電車に乗りK駅に到着した。
扉が開く。終電だというのに花火帰りの大勢の乗客が、白壁の装飾を施したホームの壁へと押し出される。
込み合う改札を抜け出し、自宅のコーポへと歩む僕。
ふと見上げると、満天の星空が視界に映る。
時空の果てから降り注ぐ幾千もの光彩が、この世界に生きるちっぽけな自分を優しく包み込む。
心のパレットの中で、二十四色の想いが混ざり合う。
――ねえ、美緒。
たとえ、君とのつながりが僅か280バイトの細い糸だとしても。
たとえ、君の正体が仮想現実のバーチャルフレンドだったとしても。
たとえ、君が君のお姉さんだったとしても。
僕らのLINEグループの中で、君の心は生き続けている。
こうやってスマホを通じて、君と再び気持ちを交し合える。
その奇跡を素直に喜び受け止めようと、僕は果て無き夜空に誓った。
思い出の公園がある交差点に差し掛かった頃、スマホに着信が。
美術部LINEグループだ。
蒼白い月とオレンジの外灯が淡い光を灯す元、僕は内容を確認した。
【みお】『やっと一緒に観れたね』
それはみんなと? それとも聡史と? それとも――。
並行世界の君から送られてきた、主語のないメッセージ。僅かな疑問を残しながら、僕は夜空につぶやいた。
「そうだね、美緒」
◇
そのメッセを境に『みお』からの美術部LINEグループへの書き込みは途絶えた。まるで玩具の糸電話が、ぷつりと切れるように。
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前半戦、終了です。





