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パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第三章  夏の花火と、ぼくらの色彩
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第二十三話 二十四色の夜空の下で

【あやね】『ジュンせんぱい。あたし、ずっと好きだったんです。ひと目惚れだったんですよ、あのジュンせんぱいの絵に』


 ――なんだ、絵の話か。


 僕は、ほっと肩を落とし左横を向いた。

 彩音が続きを言葉で伝える。

 

「そう、あの美術室の後ろに飾ってあった人物デッサン。繊細で優しいタッチで、それでいてどこか切なくて。モデルさんもすごく綺麗で、本当に素敵でした。あたし美術の授業の時にあの絵にひと目惚れして、美術部に入ろうと思ったんですよ」

「そう……だったんだ」


「あたしたち、ずっと美術室の一番目立つ所に飾ってました。ジュンせんぱいが部活を辞めてからも。あたしが、ミチルせんぱいの後を継いで部長になってからも、ずっと」

「そうなんだ、知らなかった……」


「ですよね。ジュンせんぱい、ずっと美術室に……あたしたちの前に顔を出してくださらなかったから」


 言葉を続ける彩音。


「あたし、ずっと心に残っていたんです。みおせんぱいが、突然あんなことになって……誰よりも落ち込んで、部活にも来なくなって。そうやって、自分の殻に閉じ篭って、ずっとずっと塞ぎ込んでいたジュンせんぱいの事を。だけど……」


 円らな瞳で、まっすぐに僕を見つめる。


「だけど、あたしなにも出来なくて。あたしみたいな、ひよっこの後輩が出る幕なんてどこにもなくて。だから、ひとりで悩んで苦しんでいるせんぱいに、なにもしてあげられなくて」

「彩音ちゃん……」


「だから、こうやって時間が経って。また、あの頃みたいにみんなで集まれたことが、凄く凄く嬉しいんです。だから、ジュンせんぱい。あたしたちのこと、もう忘れないでくださいね」


 一生懸命に僕へと、秘めたる想いを伝える彩音。その向こうで、それまで黙っていた藍染着流し浴衣姿の聡史がにこりと笑う。

 彼は袖口からスマホを取り出し、LINEグループにメッセした。

 並行世界の『みお』にも、みんなの想いが伝わるように。


【サトシ】『淳、織原さん。それにミチルも川瀬さんも。並行世界だろうが、引き篭もりだろうが、遠距離だろうが、年の差だろうがなんだろうが。どんなに世界が離れていても、俺たちはずっと仲間だ』


 彩音も書き込む。


【あやね】『そうですよ。ジュンせんぱいに、みおせんぱい。それに、ミチルせんぱいに、サトシせんぱいも。このLINEグループがある限り。ううん、たとえある日突然、無くなったとしても。あたしたち美術部同窓メンバーは、ずっとずーっと心はひとつですよ』


「みんな……」


 じわりとスマホの画面が滲む。やばい、泣いてしまいそうだ。

 僕は気を紛らわそうと、皆に続けてLINEグループに書き込みをした。


【ジュン】『ねえ美緒。さっきから書き込みないけど、バッテリ切れてない? みんなのメッセ、ちゃんと届いてる? そっちの花火はどんなかんじなのさ? ちゃんと鑑賞できてる?』


 送信ボタンをタップした僕はふと、右横のミチルを見た。


 ミチルの肩が震えている。

 紅いスマホから視線を外し、夜空を見上げる彼女。

 その横顔を、花火や幻想庭園の光彩が鮮やかに照らし出す。


 彼女の頬に、二十四色にじゅうよいろの雫がつらりと伝う。

 僕の視線に気付いた彼女は、慌てて頬を拭った。

 

「ご、ごめん、みんな。アタシちょっくらトイレ」


「なんだ、またかよ」と聡史が言う。

「ごめん、今度はまじなやつ」


 ――今度はまじって。

 じゃあ、さっき彩音ちゃんと長々と行ってたのはなんだったんだよ。

 僕は頬を緩めながら、心の中でツッコミを入れた。


 ひとり急々とトイレへと向かうミチル。

 きっと、涙を見られまいとの照れ隠し。

 それぐらい、鈍感な僕にだって分かってるつもりだよ。


 夜空に咲き乱れる光の花束が、ぼくらに友情のエールを贈る。

 しばらくして並行世界の『みお』から着信があった。


【みお】『ジュン見えるよ、聴こえるよ。みんなありがとう。本当にありがとう』


 ◇


 午前零時過ぎ。


 花火大会を終えた僕は、ひとり最終電車に乗りK駅に到着した。

 扉が開く。終電だというのに花火帰りの大勢の乗客が、白壁の装飾を施したホームの壁へと押し出される。


 込み合う改札を抜け出し、自宅のコーポへと歩む僕。

 ふと見上げると、満天の星空が視界に映る。

 時空の果てから降り注ぐ幾千もの光彩が、この世界に生きるちっぽけな自分を優しく包み込む。

 

 心のパレットの中で、二十四色の想いが混ざり合う。


 ――ねえ、美緒。


 たとえ、君とのつながりが僅か280バイトの細い糸だとしても。

 たとえ、君の正体が仮想現実のバーチャルフレンドだったとしても。

 たとえ、君が君のお姉さんだったとしても。


 僕らのLINEグループの中で、君の心は生き続けている。

 こうやってスマホを通じて、君と再び気持ちを交し合える。

 その奇跡を素直に喜び受け止めようと、僕は果て無き夜空に誓った。


 思い出の公園がある交差点に差し掛かった頃、スマホに着信が。

 美術部LINEグループだ。

 蒼白い月とオレンジの外灯が淡い光を灯す元、僕は内容を確認した。


【みお】『やっと一緒に観れたね』


 それはみんなと? それとも聡史と? それとも――。

 

 並行世界の君から送られてきた、主語のないメッセージ。僅かな疑問を残しながら、僕は夜空につぶやいた。

 

「そうだね、美緒」


 ◇


 そのメッセを境に『みお』からの美術部LINEグループへの書き込みは途絶えた。まるで玩具おもちゃの糸電話が、ぷつりと切れるように。


(次章へ)

前半戦、終了です。

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