第二十二話 桃色メッセに想いを込めて
「ジュン――くんじゃない、もしかして?」
それは美緒のお姉さんだった。
「お、お久しぶりです」
立ち上がり、挨拶をする僕。
続けて、聡史ら三人も腰を上げた。
「やっぱりジュンくんだ。ほんと久しぶり、すごい偶然だよね」
お姉さんが、懐かしそうな表情で微笑む。
こうやって改めて見ると、本当に美緒にそっくりだ。
しかも年齢よりずっと若く見える。どう見ても二十代前半だ。
「昔から可愛い顔してたけど。随分見ない間に、すっかり男前になっちゃって」
うふふと笑うお姉さん。
僕の胸のうちに、熱いものが込み上げる。
もしこの世界の美緒が生きていたら、こんな麗しの美女へと成長したのだろうか。そして並行世界の『みお』は、こんな感じなのだろうか。
どおんどおんと連続花火が轟く。
夜空を見上げるお姉さん。彼女の白く麗しき顔を煌びやかな光彩が染め上げる。
しみじみ思う。久々に会ったけど本当に綺麗な人。見惚れてしまいそうだ。
「ここの花火大会、たしか十年ぐらい前にも家族みんなで一緒に来たよね。ジュンくん、小さかったから覚えてないかな?」
「いえ、ちゃんと覚えてますよ」
この僕が忘れる筈ないじゃないか。
美緒にそっくりなお姉さんの顔も、大切な思い出の花火大会のことも。
お姉さんは、聡史たちに視線を向けた。
「確か貴方たちは……」
「はい、織原さんと部活の友人だった者たちです。その節は――」
聡史が礼儀正しく言う。続けてミチルと彩音と共に三人は深々と会釈をした。
お姉さんも丁寧にお辞儀を返す。
僕はお姉さんに事情を説明した。
もちろん不思議な並行世界の『みお』のことは伏せてである。
「そう、みんなで美緒を偲んで約束の花火大会へ。ありがとうね、みなさん。妹のことを、ずっと忘れずにいてくれて」
お姉さんの長いまつ毛の目元が潤んでいる。
「ごめんね、連れを待たせてるから。そろそろ、私はここで」
お姉さんの後方には、彼女と同世代ぐらいのスラリとした長身アラサー男性の姿が。
彼氏か、年齢的に考えて旦那さんかもしれない。
夜空に次々と打ち上げられる大輪の花。
神秘の幻想庭園に幾多もの光を照らす。
「じゃあね、ジュンくん。それにみなさん、お元気で」
お姉さんは立ち去って行った。
◇
「あー、めっちゃびっくりした。アタシ心臓バクバクよ」
「ですよね。まさかこっちの世界のお姉さんまで、ここに来ているとは」
「ああ、驚愕だよ」
各々のピクニックシートに腰を降ろしながら、口々にお姉さんの印象を述べる。
「でも、本当に綺麗な人でしたよね。それに凄く若く見えて。みおせんぱいに――」
「うん、みおにめっちゃそっくり。アタシ、ほんまにみおが、パラレルワールドから移動して来たのかと思ったわよ」
「しかし、ここまで並行世界と事象がシンクロするとは。偶然とはいえ、まさに奇跡としか言いようがない」
そんな三人を横目に、さっきからひとりずっと黙りこくる僕。
偶然、本当にそうなのだろうか。
この奇跡的な再会劇。偶然にしては、あまりにも展開が出来すぎだ。
やはり『みお』の正体は、お姉さん。
すべては彼女の芝居なのだろうか。その可能性が大きく再浮上する。
そして、バーチャルフレンド。
先ほどの聡史と彩音の会話も気に掛かる。
一体、何が真実で何が虚構なのか。
ひねくれもので疑り深い僕の胸中に、ふたつの疑念が深く刻み込まれた。
どおんどおんと轟く爆音。
様々な色彩の花火が、幻想の夜空を染め上げる――。
◇
『O城』
A川河口部に建造された国指定の史跡。烏のように黒い下見板張りの外観から別名、烏城と呼ばれている。川面に映える漆黒の城。その風靡な佇まいは、歴史マニアにも人気が高い。
幻想庭園の夜空を見上げる、僕ら美術部同窓メンバー。
後楽園から見えるO城を背景に、次々と花火が舞い上がる。
彩鮮やかな光のシャワー。
まるで黒い画用紙に、パレットの絵の具をすべてぶちまげたような賑やかさだ。
様々な絵の具を混ぜすぎると各々の色はぐちゃぐちゃと汚く濁り、最後は無彩色となる。それは絵画の基本中の基本。だけと、この夜空は不思議と艶やかに均衡を保っている。
夜空に花咲く二十四色の色彩、それこそが奇跡なのではないだろうか。
ねえ、君もそう思わないかい――美緒。
右横のミチルが夜空を見上げたまま、僕に問い掛ける。
「ジュンくん、もう絵は描いてないの?」
「うん……」
「まったく?」
こくりと頷く僕。
「止めちゃうの勿体無いよ。アタシよりジュンくんの方が断然上手かったのに」
「そんなことないよ。天野さん、凄く頑張ってたじゃないか」
ミチルのレッドブラウンのショートボブとレモンイエローのサマーカーディガンが夜風に揺れる。
しばしの沈黙の後、彼女がしみじみとした口調で言った。
「あの花火の絵だって、本当に本当に素敵やったのに」
――え?
僕は動揺した。なんでミチルが知ってるんだ、僕が子供の頃に描いた絵の事を。
「って昔、みおが何時も言ってたんよ」
――なんだ、そういうことか。
「小学生の頃、県のコンクールで金賞取ったんやってね。みお、何時も自分の事のように自慢してたんやから」
「そう、なんだ」
「みおをモデルに描いた、あの高一の時の人物デッサンだって。本当に素晴らしかった」
「あれは単にモデルがよかっただけだよ」
「ううん、そんなことない」
ミチルが頭を振る。
「自分では気付いてないかもしれへんけど。君には才能がある、ジュンくんの絵には心がある。繊細で優しい想いに満ち溢れてる。昔から、アタシにはないものを君は持ってる」
「天野……さん」
「ジュンくん、絵、続けなよ」
「…………」
「どういう形でもいいからさ、君には絵を続けて欲しい。きっとそれを、みおも望んでいる筈やよ。本当に心の底からね」
左横の彩音が「そうですよ、せんぱい」と口を挟む。
桃色の浴衣を着た彩音は、ピンクのスマートフォンをポーチから取り出した。
一旦、花火から目を離し、思いつめた表情でスマホをフリックする彩音。
直後、黒いシャツにデニムジーンズ姿の僕のお尻のポケットから着信音が響く。
どうやら彼女は美術部LINEグループに書き込みをしたみたいだ。
僕は速やかに確認をした。
――あれ?
違う、LINEグループじゃない。僕個人へのLINEメッセージだ。
「んんん!?」
桃色の後輩からのメッセを読んで、根限り目を見開く僕。
そのまさかの内容に、僕は腰を抜かしそうになった。
【あやね】『ジュンせんぱい。あたし、ずっと好きだったんです――』





