第二十話 切なさ青春シンフォニー
「えっ! それってまじ?」
僕は心底驚いた。
「ああ。そんなこと嘘付いてもしょうがないだろ」
「ねえ聡史。それって何時頃の話?」
「高三の秋と卒業式の日」
「にっ、二回も!?」
うなずく聡史。
「最初の時はさ、地元にもK市の芸術大学や他にもデザイン系の学部がある大学や短大は沢山あるし、よかったらこっちで進学してくれないかって頼んだんだ。おまえとは離れたくないからってね」
「そうだったんだ……」
「でもまあ、流石に人の大事な進路を勝手に意見できないよな。関東や関西が美術系大学の花形だってのは俺だって理解している。それで反省して、二回目は卒業式の日に『遠距離でもいいから』って言ったんだけど。結果はごらんの通り、見事に撃沈さ」
「……もしかして、今だに君が彼女作らない理由って」
聡史は僕の目を見て言った。
「前にも言ったろ? 俺は案外、一途な男なんだよ」
◇
『Oシンフォニーホール』
平成三年に開館した県下最大級の客席数を誇るコンサートホールで、音楽芸術を最高の環境で楽しむことができる。
大ホールと、イベントホール、和風ホール及び2つのスタジオがあり、優れた音響性能でクラシックはもちろんのこと、ポピュラー、邦楽など各種のコンサートに利用できるのだ。
僕らはシンフォニーホール前の交差点に差し掛かった。目的地の後楽園周辺まであと僅かだ。
うらじゃパレードで賑わう交差点。祭囃子の中、鬼のメイクを施した大勢の若い男女が、カラフルな法被姿で踊っている。
うらじゃとは、僕らの県にて行われている夏祭り、および同祭で行われる音頭、それに使用される楽曲の総称だ。県に古くから伝わる鬼神『温羅』の伝説を元にしたものである。
ちらと横を歩く聡史の肩口を見る。
長身で着流し浴衣姿の彼。さっきから無言で扇子を仰いでいる
はたけた胸元の鎖骨がやたらセクシーだ。
男の僕から見てもそう思うのだから、女子だったら誰でもイチコロだろう。
なのに、そんな彼が振られたとは。しかも相手はあの野暮ったかった頃のミチル。まさに驚愕である。
僕は、今まで大きな勘違いをしていたようだ。
聡史はミチルが好きだった。ということは美緒と聡史は両思いではなく、美緒の片想いだったということになる。
それで美緒は、あの日、雨宿りの公園で――。
【「短冊にあいつの名前を書いてたりしてたりして。『今年の夏の花火大会、佐山くんと一緒に行けますように』とかってさ」「なにそれ。馬鹿にしてるの? ジュンの言ってること、わたしよくわかんない!」】
聡史の気持ちが自分ではなくミチルに向いていることに気が付いていた美緒は、僕の軽率な発言に対して怒ったのだろう。
【「ジュンは全然わかってない。そういう鈍感なとこ、ほんっと昔っからだよね」「最低」】
確かに我ながら鈍感なやつだ。本当に自分が嫌になる。最低だ。
だけど、どうしてミチルは聡史みたいな上玉のイケメンを振ったのだろうか?
当時のふたりは愛称がよかった。それに当時の僕からしたら、むしろミチルの方が聡史に気があるように見えていたのだが。そういうことにはニブい僕が思ってたぐらいだから、間違いはない筈なんだけど――。
ああ、そうか。
もしかしたらミチルは、聡史のことを高嶺の花だと思ってたのかもしれない。
絵を描くこと以外に何の取り得もない自分とは不釣合い。
そう、まるで僕の美緒への想いと同じように。
あるいはミチルは生前の美緒の聡史に対する気持ちに気が付いていて、亡き親友を裏切らぬよう身を引いたのだろうか。
どちらにせよ。だとしたら、とても切ない話だ。
◇
『後楽園 夜間特別開園「夏の幻想庭園」』
後楽園は、県下最大の日本庭園で、日本三名園のひとつである。
そこで定期的に行われる『幻想庭園』はロウソクや照明を使って幻想的にライトアップした夜の庭園内で、涼しい夜間の散策を楽しめる夏の風物詩だ。園内ではビアガーデンや和文化体験、ゆかたDayなど多彩な催しが行われる。
「とうちゃーく!」
元部長のミチルが元気いっぱい声を張り上げる。
すっかり日も沈んだ頃、僕らはA川の河川敷に到着した。
傍にはO城を挟んで目的地である後楽園がある。
幻想庭園から望む花火大会はとても神秘的だ。
前回来たのは十年前だけど、その艶やかさは今でも鮮明に覚えている。
ファンタジックなパラレルワールドとつながる僕らには、打ってつけの観賞場所だ。
後楽園の入園ゲートに辿り着く、美術部同窓メンバーの四人。
そして僕らは幻想の門を潜った。





