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パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第三章  夏の花火と、ぼくらの色彩
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第十七話 群青色の美術部時代


「あやちゃんも久しぶりっ、めっちゃ会いたかったよー!」


 続けて彩音にハグするミチル。


「あたしもですよ、ミチルせんぱい!」


 女子同士の熱い抱擁がひと段落すると、ミチルは聡史に向き合った。


「久しぶりやね、サトシ」

「ああ」


 何故だか聡史とは抱き合わないミチル。

 昔馴染みのふたりは、これまでも頻繁に会っているからだろうか。

 でもミチルは「久しぶり」と言っている。妙な感じだ。


 それにこのふたり、何故だかすこしぎこちなく見えるのは気のせいだろうか。

 ミチルは聡史への挨拶もそこそこに、ミチルは白いポーチから真っ赤なスマートフォンを取り出し、LINEグループへメッセージを送った。


【ミチル】『みお、お待たせ。真打ちミッちゃん、ただいま登場やねんよ♪ さてと、全員集合したことやし。早速みんなで後楽園へしゅっぱーつ!』

【あやね】『はい、部長!』


「まったく。なにがやっとだよ、自分が遅れてきたくせに」


 僕の背後の頭上で、何時もは冷静な筈の聡史が小声でぼやいた。



 僕ら四人は打ち上げ花火の観賞場所である後楽園へと向かい、桃太郎大通りを西方向へと歩き始めた。

 正確には、並行世界の『みお』と彼女のお姉さんを合わせた六人である。


 ごった返す人混みの中、前へ前へと進むミチルと彩音。女子同士の積る話に夢中のようだ。

 その背後を僕と聡史が並んで歩いている。


『みお』たちは今、どの辺りにいるのだろうか。

 チラチラとスマホを確認しているのだが、あれ以来、彼女からの書き込みがない。


 しょうがないか。歩きスマホは危ないし、なによりお姉さんが傍にいる。

 だから頻繁に書き込めないのも無理はないが、すこし残念だったりする。

 

 それにしてもミチルには本当に驚いた。まさか性格だけでなく、見た目もここまで変わっているとは。

 先日のファミレスでは後輩の彩音がすっかり大人っぽくなってびっくりしたけど、それにも増しての大変身だ。


 彩音は元々可愛らしかったが、ミチルは正直そうでもなかった。(ごめん)

 ショートボブで眼鏡を掛けている処は一緒。だけど当時は黒髪ボサボサ、眼鏡も顔を隠す程にフレームもレンズも分厚く無骨だった。


 メイクのテクニックもあるのだろうが、こんなに美人だったとは本当に驚愕だ。

 しかも大柄なのは相変わらずだけど、随分と痩せてスタイル抜群になっている。

 洋服も都会的でセンスがいい。


 これが大学デビューという名の奇跡ミラクルってやつなのだろうか。 

 あの野暮ったかった風貌は、目の前の彼女からは微塵も感じられない。


 僕はミチルの後姿を視線で追い掛けながら、高校一年生の頃を思い出していた。

 ミチルや聡史との美術部での出会いや、美緒との再会を果たしたあの時期を――。


 ◇


 高校入学当初、新入生の中で最初に美術部に入部したのはミチルだった。

 そこに少し遅れて、僕が加入した。


 当時のミチルの印象はこれまで散々語ってきたので詳しくは述べないが、とにかく真面目で無骨で堅物な委員長タイプだったのだ。

 色に喩えると群青色だろうか。現在、ミチルが身にまとっている華やかなレモンイエローとは正反対の色彩だ。

 

 僕らの高校の美術部は弱小で、先輩である二年生と三年生を合わせて全体で十名弱しか在籍していなかった。

 しかも受験を控えた三年生は実質引退し、席だけ置く存在。だから文化部も運動部も、部長は二年生が努めるのが慣わしなのである。


 公立の進学校の部活なんて、そんなものなのかもしれない。

 推薦の内申で印象を上げる為に、部活動への加入は一応義務化はされている。だけど基本的に部活は受験には必要としないもの。どんなに頑張っても意味がない。


 だけどミチルは違った。当時から美術大学への進学を希望していて、一年生の頃から立派な受験勉強としてデッサンなどに励んでいたのだ。

 少数派ではあるが、毎年ひとりかふたりはそういった本気の部員が現れるのだと、当時の先輩や顧問の先生が言っていたのを覚えている。


 本音を言えば僕も、美術系の大学へ進みたかった。

 だけど、うちはシングルマザー家庭で貧乏。経済的に無理だと端から諦めていた。あくまで趣味として取り組んでいたのだ。

 

 だけど自分で言うのもなんではあるが、当時の僕はデッサンも色彩構成もミチルより上手かった。密かに新入部員の中では一番実力を評価されていたのだ。

 その後を追うのがミチル。その他の連中は、適当に部活在籍の義務をこなすだけの幽霊部員だった。

 

 経済力は低いけど、幼い頃から培ってきた漫画やイラストへの情熱は誰にも負けない。

 そんな自信や自覚が当時の僕にはあったのだ。

 美緒の死後、地の底まで沈んだ今の冴えない僕には、自分でも信じられない話ではあるのだが……。


 僕は、ミチルからよく対抗心を燃やされていた。

 ある意味、目の上のたんこぶ的な存在だったのかもしれない。

 

「アタシ今度こそは、合評でジュンくんより高い評価を勝ち取るからね!」


 そんな感じで、ふたりはライバル関係にあったのだ。


 ◇


 しばらくして聡史が入部して来た。

 成績優秀だった彼は、早くから国立大学の理工学部への進学を志望していた。

 だから勉強の妨げにならぬよう適当にユルそうな文化部を選んでいたところ、中学時代の同級生で気心知れたミチルの在籍する美術部を選択したのだそうだ。


 聡史は、すぐに美術部になじんだ。

 爽やかで人当たりがよいイケメンの彼は、女性顧問や(特に女子の)先輩たちから評判がよかった。


 聡史は典型的な幽霊部員の筈なのだが、何故だかやたらと絵が上手かった。

 流石に本気で美大受験に取り組んでいるミチルほどではなかったけど、それでもかなりの実力だった。

 特に油絵の腕前は見事だった。聞けば中学時代、ちょっとした興味本位で親に油絵の具を買ってもらい、ほんのお遊び程度に描いていたらしい。


 内心、僕はエリートのポテンシャルに脅威を感じた。

 僕以上に本気で絵に取り組んでいたミチルだって、きっと同じ気持ちだったに違いない。

 だけど今更言うまでもなく、ミチルは同じ中学出身で元同級生の聡史と仲が良かった。堅物だった彼女も、聡史にだけは心を開いていたのだ。


 次第にそこへ交わるように、僕が加わった。

 無愛想で人となじむことがへたくそな僕を、ふたりは暖かく輪の中に迎え入れてくれた。

 今覚えば、僕とミチルの微妙なライバル関係を、社交的で人当たりのよい聡史が中和し取り持ってくれていたのだ。

 

 ミチルと聡史。ふたりはとても良い関係に思えた。

 ああ、僕にも昔はこんな仲良しの幼馴染がいたよなあ。

 そんな調子で羨ましくも、寂しい思いを浮かべることも多々あった。


 ◇

 

 聡史が入部してひと月後の初夏。

 ぼくらの美術部に突然、新しい入部希望者が現れた。

 

「みんな仲良くしてあげるようにね」

 

 顧問である中年女性の美術教師が部室に招き入れる。

 僕はその新入部員の女子をひと目見て驚愕した。

 何故なら、そこに居たのは――。

 

「一年生の織原です。みなさん、よろしくお願いします」


 数年前に県外へ引っ越した筈の織原美緒だった。

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