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パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第三章  夏の花火と、ぼくらの色彩
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第十六話 都帰りのイエローガール

新章です。ずっと忘れかけていた、それぞれの夏が動き出します。

『せとうち桃太郎まつり納涼花火大会』


 真夏のイベント『桃太郎まつり』の中で行われる県下最大の花火大会で、県内外から多くの人々が訪れる山陽地方の夏の風物詩だ。

 A川の河川敷にかかる仕掛け花火や連発式スターマインなど、見どころが満載。O城下にある日本三名園の一つに数えられる後楽園から観賞すれば、より風情を感じることができる。


 八月初旬の某日。

 僕、星野淳は県庁所在地のターミナル駅であるO駅の中央改札をくぐり、エスカレーターを降りていた。


 向かうは東側後楽園口の噴水広場。そこで高校の美術部時代の仲間たちと後楽園へと向かうべく、午後六時半に待ち合わせをしているのだ。


 凄まじい人ごみに酔いそうになる。

 K駅からの電車内でも、ずっとそうだった。人が多い場所はどうも苦手だ。


 降り口付近まで来ると、バスターミナルを挟んで市街の喧騒が目に飛び込む。

 夕方だというのに周囲は、まだ明るさと熱気を保っている。


 もうすこし涼しげな格好で来ればよかっただろうか。

 黒いシャツに濃いネイビーのデニムジーンズ姿の僕は、額の汗を拭った。


「花火大会なんて、もう何年ぶりだろう」


 小声でつぶやく。思い返せば、幼馴染と家族ぐるみで行った小学校四年生の夏以来かもしれない。

 県の絵画コンクールで金賞を取った、花火大会の風景を描いた時のことだ。

 だとすると、もう十年ぶりのことになる。

 

 ポケットの中からスマートフォンを取り出し、時間を確認する。

 集合時間の三分前。丁度いい頃合だ。

 手元から着信音が鳴り響く。僕は通知を確認した。


【みお】『みんな、もう来てるかな?』


『みお』は、既に到着しているようだ。

 だけど、彼女の姿が実際、ここに在るわけではない。

 何故なら僕らの生きる『この世界での』織原美緒は、もう三年前に他界しているのだから。

 

【みお】『今ね、実はお姉ちゃんと一緒に噴水広場に居るの。花火大会にひとりで来るのは、流石にちょっとあれだったから・・・。丁度こっちに帰省してたし、着いて来てもらったんだよ』


 僕らは元部長の天野ミチルの提案で、並行世界に生きるもうひとりの『みお』と夏の花火大会へ出向き、当時の美術部の仲間たちで同じ夜空を見上げようということになったのだ。今宵は、その約束の夜なのである。

 

【みお】『流石にお姉ちゃんには、わたしたちの不思議なLINEグループのことは話してないけどね。だから、こっそり怪しまれないように書き込みするから』


 そして『みお』は、含み笑いのスタンプを押した。

 

【あやね】『みおせんぱーい、あたし、もう来てますよ!』

【サトシ】『俺も来てるよ。それに淳も今、来たから』


 僕はスマホから視線を外し、噴水の方を見た。

 藍色の着流し浴衣姿の佐山聡史がこちらを向いている。


 聡史は一八〇センチを超える長身だから人ごみでも目立ちやすい。

 スラリとした肢体に着流し姿が絶妙に似合っている。

 扇子で自分を扇ぐ姿も実に優雅だ。

 

「ジュンせんぱーい!」


 その横で、桃色の浴衣に身をまとった川瀬彩音が背を伸ばし、こちらへ元気よく手を振っている。

 彼女は一五五センチ以下ですこし小柄。聡史と並ぶと妙なアンバランスさだ。

 

 人ごみを掻き分けながら、僕はふたりに近づいた。


「せんぱい、今夜はあたしが先ですね。ずっと待ってたんですよ」

「ああ、おまたせ」


 何時もは身支度で遅れがちの彩音だが、今日は先を越されたようだ。

 どうやら時間調整も含めて、かなり気合が入っているっぽい。

 実際、服装も艶やかな浴衣姿。複雑そうな編み込みねじりアップにセットされたライトブラウンの髪や、ばっちりメイク含めてフル装備だ。

 

 袖口をひらひらとさせて、上目使いで僕を見る彩音。

 今日のあたしどうですかと、すこし垂れ目の円らな瞳で訴え掛けてくる。

 

 確かに今宵の彩音は素敵だと思う。一般的に見てもやばいぐらい可愛い。

 だけどその時の僕の心を彩っていたのは、目の前の後輩ではなく並行世界の姿の見えない幼馴染への想いだった。


 美緒。この重なり合った空間で今、君はどの辺りに立っているのだろうか。

 君は今、どんな服装をしているのだろうか。やはり浴衣なのかな。


 ほんのひと目でいいから、今の君を見てみたい。

 君の生きている姿を、この目で確認したい。


 周囲を見渡す僕に対して、不満げな様子の彩音。

 彼女は肩を落とし、大きなため息を付いた。


「まあ、いいですけどね。せんぱいのそういうとこ、あたし慣れっこだし」


 フェミニストの聡史が見かねて口を挟む。


「相変わらずマイペースなやつだよな。こんなに可愛い子を目の前にしてさ」

「そうですよぉ、すこしはサトシせんぱいを見習ってくださいよ」


 僕は咳払いをし、聡史に問い質した。


「……えっと、天野さんは?」

「ああ、ミチルはまだだよ」


 どうやら言いだしっぺの部長リーダーは、まだ不在のようである。

 僕はLINEグループで『みお』に状況を伝えた。


【みお】『そっか、ミチルまだなんだ・・・』


 ◇


 集合時間から五分以上経過しても、ミチルは現れない。


「ミチルせんぱい、遅いですね……」

「ああ、昔は誰よりも時間にうるさいやつだったんだけどな」


 ぽそりと聡史がぼやく。

 ミチルと聡史は中学時代からの気心知れた昔なじみなのだ。


【みお】『事故とかに合ってないといいけど・・・』


 その直後。


「ごっめーん!」


 若い女性の大声が噴水広場に響き渡る。

 ふとエスカレーター降り口付近を見ると、誰かが凄まじい勢いでこちらに突進してくる。

 

 二十歳前後の女性だ。大柄で一七〇センチ以上はある。僕より僅かに低いぐらいだろうか。

 しかもスレンダーでスタイル抜群。まるでファッションモデルのようだ。


「みんなー、遅れてごめーん!」


 レッドブラウンのショートボブ。スラリとした白いパンツに、鮮やかでスタイリッシュなレモンイエローのサマーカーディガンを羽織っている。

 

「めっちゃ堪忍なー!」


 こっちに向かって大声を出す彼女。

 じろじろと視線が集まる。

 恥ずかしい。さっきから周囲の注目をかなり浴びている。

 

 黄色い大柄女性が、どんどん噴水広場に近づいて来る。

 細い紅色フレーム眼鏡を掛けている彼女。

 その奥は、ばっちりフルメイクの整った顔立ち。

 かなりの美人だ。だけど、どこかで見覚えが――あっ!


「も、もしかして天野さん!?」


 僕は思わず口にした。


「そやよー。サトシ、あやちゃん、それにジュンくーん。みんな、めーっちゃ会いたかったよー!」


 猪突猛進して来た彼女は、人目もはばからず――。


「うわっ!」


 僕に勢いよく抱き付いて来た。


 夏祭りで賑わう公衆の面前で。スレンダーなモデル体系の美女に、いきなりハグをされる僕。

 それが芸術の都『京都』に染まり心身ともに変貌した元美術部部長、天野ミチルとの再会の瞬間だった。

【つぶやき】

この章から数字表記を漢字にしてます。全体のバランスを見ながらどちらかに統一します。

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