第十五話 同じ夜空を
「ジュンせんぱい、さっきから黙りこくって。なに難しい顔してるんですか?」
横席の彩音が僕に話し掛ける。
「……え? ああ、ごめん」
ふと我に返る僕。
「ずっと窓の向こうを見てましたよね」
「あ、ああ」
すこし不安げな表情で、僕の顔を上目使いで覗き込む。
「やっぱり、みおせんぱいのことを考えていたんですか?」
内心、図星だったのだが。
「別に、そんなんじゃないよ」
僕は、なるべく平静を装いコーヒーを啜った。
「せんぱいの、そのクールで掴めない横顔。あたし嫌いじゃないですけどね」
対面席の聡史がくすりと笑いながら、LINEグループで状況報告をする。
【サトシ】『――とまあ、さっきからそんな調子なんだよ淳のやつは。ほんと、そういうとこ相変わらずだよな』
ここには居ない『みお』とミチルに向けてのメッセージ。
そう、僕らは現在。前回と同じくK駅前のファミレスに集合しているのである。
早速、元部長からの返信。
【ミチル】『そやよ。相変わらず素直やないんやから。愛しのみおちゃんが帰ってきて、ほんまはジュンくんが誰よりも一番嬉しいくせにさ』
それを読んで、ぽっと顔が赤くなる僕。
素早く、言い訳のメッセを送る。
【ジュン】『別に』
【ミチル】『まあ、そう照れなさんなって星野クン。まさに現代の織姫と彦星やん? お互いに死に別れた筈の幼馴染のふたりを、きっと天の川の神さまが引き合わせてくれたんよ。そう考えた方がなんかロマンチックやない?』
公衆の面前でそういう発言は止めて欲しい。
僕はますます赤くなった。
【ミチル】『さしずめアテクシ天野ミチルちゃんは、ふたりを繋ぐ天の川の天使キューピッドさま? なんちって♪』
【あやね】『えー、ミチルせんぱい。それいうならあたしだって、川瀬彩音で天の川ですよ?』
僕はちらと横を見た。
スマホ片手に、ミチルのおちゃらけトークに絡む彩音。
手元を見つめる彼女の横顔は、何故だかすこし切なそうな色を浮かべていた。
「ふふっ。また例のノリに突入しそうだな、淳?」
「ああ。まったくやれやれだよ、聡史」
恒例の女子会グループトークが繰り広げられ、それもひと段落した頃。
元部長のミチルが僕ら旧美術部メンバーに、こんな提案をした。
【ミチル】『ねえねえ、今年の夏はみんなで花火大会に行かへん?』
空かさずスタンプで反応する聡史と彩音。
【あやね】『○』
【サトシ】『○』
【ミチル】『アタシも今年は帰省するからさ。もちろん、みおも一緒やよ。そっちの世界で同じ夏祭りの花火大会に行って、同じ時間に観るんやよ。ウチらと楽しくLINEトークしながらさ、みんなで同じ夜空を見上げようよ』
【あやね】『さんせー! ミチルせんぱい、大賛成です!』
【サトシ】『いいね。ナイスアイデアだよミチル』
【ミチル】『みお、それにジュンくんも。もう可愛い部員たちに、寂しい思いはさせへんよ』
仕切り屋な部長の優しい気遣いに、目頭がじわりと熱くなる。
僕はふたりに悟られまいと、カップを握り席を立った。
そのままドリンクバーのコーナーへと向かう。
カップに注がれるコーヒーを前に、僕はそっとLINEのスタンプを押した。
【ジュン】『○』
すぐさま『みお』から書き込みがあった。
それは、この日始めてのことだった。
【みお】『ミチル、それにみんな。ありがとう・・・本当にありがとう』
「美緒……」
そして彼女は、皆への返事をスタンプで締め括った。
【みお】『○』
◇
「次回の集会は再来週の夏祭りだな。じゃあみんな、俺はここで」
K駅の改札前で、聡史が僕と彩音に手を振る。
実は先ほど、ファミレスを出た直後。彩音が「ジュンせんぱい。せっかくなんでついでに駅前の美観地区に行って見たいです」と急に言い出したのだ。
それで地元K市民である僕は急遽、彼女の観光案内役を請け負うはめになってしまったのである。
「はい、さよな――あ、サトシせんぱい。その前に、ひとついいですか?」
「何、川瀬さん?」
「せんぱいって情報系っていうかコンピュータに凄く詳しいですけど。そういえば大学でどんな研究をしているんですか?」
そういえば詳しいことは何も聞いていなかった。僕も気になる。
すうと一呼吸置いた後、彼は言った。
「一応、専門だからね。俺が専攻してるのは、理工学部の知能工学科だよ」
「知能、工学……ですか?」
「ああ、そこで人工知能――AIのシステム開発をしているんだ」
(次章へ)





