第十三話 すれ違いの夏休み
その春、僕らは中学校に進学した。
同時に僕は、ようやくクラスメイト達の迫害から開放された。
公立なので、美緒とは当然同じ中学。だけどクラスは別になった。
部活も別。僕は文化系の美術部、美緒は体育系のテニス部。接点はまるでなかった。
思春期に入ったこともあり、たまに廊下などですれ違っても、お互い視線を反らしてしまう。
僕らの距離は、ますます遠ざかって行った。
◇
中学二年生の春。
僕と美緒は偶然にも、同じクラスになった。
だけど色々と気まずくて、相変わらずどうにも近寄れなかった。
この年頃の男女というのは、大半はそういうものかもしれない。
そして夏休み。
この夏から通い始めた駅前塾からの帰り道。
夕方だというのに日はまだ高く、強い日差しが僕の細い首筋を照り付けていた。
自宅コーポに向かって、ひとり歩く僕。例の公園を通り過ぎた辺りで、背後から誰かに呼び止められた。
「偶然だね、ジュン」
振り返ると、そこに居たのは美緒だった。
そう、以前にもこんなことがあった。小六の頃のあの冬の記憶が甦る。
「わたしもね、部活の帰りなの。ほんと偶然」
やたらと『偶然』を強調しながら、ぎこちない笑顔ではにかむ美緒。
片手にはラケットを持ち、長い髪は後ろでひとつに括っている。
白い半袖シャツに、セルリアンブルーのハーフパンツ。
テニス焼けだろうか、白かった肌がすこし小麦色に染まっている。
夏の体操着に身に纏った彼女は、とても健康的で眩しく見えた。
漫画やイラストが大好きだった女の子は、すっかり体育系の少女になっていた。
きゅっと胸が鳴る。だけど、そんな想いを口に出せるほど、僕は素直な人間ではなかった。
どう反応していいか分からずに、僕は「あ、ああ」と生返事で歩き出した。
美緒がそんな僕の後を、とぼとぼと付いて来る。
――気まずい。
正直、こんなとこクラスや部活の誰かに見られたら恥ずかしい。
美緒は相変わらず男子からの人気が高かった。
だから嫉妬されたり冷やかされたり、タチの悪い連中に因縁を付けられるのもご免だった。
小六の時の苦い体験は、少なからず僕の心に傷を植え付けたのだ。
あの時、美緒をかばったせいで、反対に自分がいじめられるようになって。
歪んだ心境ではあるが、内心すこし美緒を逆恨みしていたりもしていた。
今思えば、実に子供じみていて馬鹿げた感情だった。
眩しい日差しの中、線路の脇を歩くふたり。
照り返すアスファルト。古びたオレンジ色の電車が勢いよく通り過ぎてゆく。
軋む線路の音が小さくなった頃。美緒は横から僕の顔を覗き込み、こう言った。
「ねえジュン。今年の夏祭りの花火大会だけど、誰かと行く予定とかある?」
無言で返す僕。
「あのね……わたし……」
何か言いたげな美緒。だけど、その後の言葉が続かないようだ。
「あのね……」
気まずい空気が続く。それに耐えられなくなった僕は、ようやく重い口を開いた。
「花火は部活の連中と行く約束してるから」
別にそんな予定は無かったのだが、僕は咄嗟に嘘を付いた。
そしてそれが、美緒との中学時代最後の会話となった。
◇
美緒の転校をクラスの担任から知らされたのは、秋の新学期になってからのことだった。
彼女の父親の仕事の都合で、夏休み中に県外に引っ越すことになったのだそうだ。
あの時、美緒は僕に何を伝えようとしていたのだろうか。
すれ違いの感情。僕は自分のタイミングの悪さに心底、嫌気が差した。
その後、美緒の父親は再びK市の営業所に赴任することとなり、彼女とは高校の美術部で運命的な再会を果たすのだが。
だけど、何にせよ。美緒と一緒に肩を並べて同じ夜空の花火を観る機会は、もう二度と訪れない。
たとえ聡史曰くの並行世界の君と、280バイトの細い糸で繋がっているのだとしても――。





