表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第二章 パレットの中の記憶
13/57

第十三話 すれ違いの夏休み

 その春、僕らは中学校に進学した。

 同時に僕は、ようやくクラスメイト達の迫害から開放された。


 公立なので、美緒とは当然同じ中学。だけどクラスは別になった。

 部活も別。僕は文化系の美術部、美緒は体育系のテニス部。接点はまるでなかった。


 思春期に入ったこともあり、たまに廊下などですれ違っても、お互い視線を反らしてしまう。

 僕らの距離は、ますます遠ざかって行った。

 

 ◇


 中学二年生の春。

 僕と美緒は偶然にも、同じクラスになった。

 だけど色々と気まずくて、相変わらずどうにも近寄れなかった。

 この年頃の男女というのは、大半はそういうものかもしれない。

 

 そして夏休み。

 この夏から通い始めた駅前塾からの帰り道。

 夕方だというのに日はまだ高く、強い日差しが僕の細い首筋を照り付けていた。

 自宅コーポに向かって、ひとり歩く僕。例の公園を通り過ぎた辺りで、背後から誰かに呼び止められた。


「偶然だね、ジュン」


 振り返ると、そこに居たのは美緒だった。

 そう、以前にもこんなことがあった。小六の頃のあの冬の記憶が甦る。


「わたしもね、部活の帰りなの。ほんと偶然」


 やたらと『偶然』を強調しながら、ぎこちない笑顔ではにかむ美緒。

 片手にはラケットを持ち、長い髪は後ろでひとつに括っている。


 白い半袖シャツに、セルリアンブルーのハーフパンツ。

 テニス焼けだろうか、白かった肌がすこし小麦色に染まっている。


 夏の体操着に身に纏った彼女は、とても健康的で眩しく見えた。

 漫画やイラストが大好きだった女の子は、すっかり体育系の少女になっていた。

 きゅっと胸が鳴る。だけど、そんな想いを口に出せるほど、僕は素直な人間ではなかった。


 どう反応していいか分からずに、僕は「あ、ああ」と生返事で歩き出した。

 美緒がそんな僕の後を、とぼとぼと付いて来る。


 ――気まずい。


 正直、こんなとこクラスや部活の誰かに見られたら恥ずかしい。

 美緒は相変わらず男子からの人気が高かった。

 だから嫉妬されたり冷やかされたり、タチの悪い連中に因縁を付けられるのもご免だった。

 小六の時の苦い体験は、少なからず僕の心にトラウマを植え付けたのだ。

 

 あの時、美緒をかばったせいで、反対に自分がいじめられるようになって。

 歪んだ心境ではあるが、内心すこし美緒を逆恨みしていたりもしていた。

 今思えば、実に子供じみていて馬鹿げた感情だった。

 

 眩しい日差しの中、線路の脇を歩くふたり。

 照り返すアスファルト。古びたオレンジ色の電車が勢いよく通り過ぎてゆく。

 軋む線路の音が小さくなった頃。美緒は横から僕の顔を覗き込み、こう言った。

 

「ねえジュン。今年の夏祭りの花火大会だけど、誰かと行く予定とかある?」


 無言で返す僕。

 

「あのね……わたし……」

 

 何か言いたげな美緒。だけど、その後の言葉が続かないようだ。


「あのね……」


 気まずい空気が続く。それに耐えられなくなった僕は、ようやく重い口を開いた。

 

「花火は部活の連中と行く約束してるから」


 別にそんな予定は無かったのだが、僕は咄嗟に嘘を付いた。

 そしてそれが、美緒との中学時代最後の会話となった。


 ◇


 美緒の転校をクラスの担任から知らされたのは、秋の新学期になってからのことだった。

 彼女の父親の仕事の都合で、夏休み中に県外に引っ越すことになったのだそうだ。

 

 あの時、美緒は僕に何を伝えようとしていたのだろうか。

 すれ違いの感情。僕は自分のタイミングの悪さに心底、嫌気が差した。


 その後、美緒の父親は再びK市の営業所に赴任することとなり、彼女とは高校の美術部で運命的な再会を果たすのだが。

 だけど、何にせよ。美緒と一緒に肩を並べて同じ夜空の花火を観る機会は、もう二度と訪れない。

 たとえ聡史曰くの並行世界パラレルワールドの君と、280バイトの細い糸で繋がっているのだとしても――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ