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パラレルラインの彼方の君へ  作者: 祭人
第二章 パレットの中の記憶
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第十二話 白いパレット、歪んだ破線

 小学校高学年の頃。当時の僕は相変わらずイラストや漫画が大好きだった。

 将来はイラストレーターか漫画家になることが夢でもあった。


 美緒も密かに漫画を描くことに夢中になっていた。

 絵画教室の帰り道。いつも例の公園に立ち寄っては東屋のベンチに座り、お互いに自分の描いた漫画を見せ合っていた。


「みおは昔から、色んな色をあれもこれも欲張りすぎなんだって。だから全体が濁るんだよ」 

「えー、だって色々使いたいじゃない?」

「だからさ、カラフルに見せたい時は逆にこうやって――」


 リュックから色鉛筆とスケッチブックを取り出し、サラサラとお手本を描く僕。


「際立たせたい色は、逆に小さくするんだ。背景と反対の色を使ってね」

「へー、さすが上手だよね。でもさ」

「でも?」

「ジュンのマンガって絵は抜群に上手だけど、お話はいまいちだよね」

「ちぇっ。言ってくれるよなあ、みおは」


 そういう美緒の方は、絵の方はそこそこだったがストーリーを組み立てるのが上手かった。

 特にファンタジーやSFの凝った設定などを構成するのが得意だったのだ。

 

「ねえジュン。ここはもっと、序盤でこうしたら後で盛り上がるんじゃない?」

「へー、なるほど。そっか、凄いや。さすがだね」

「こういうのをね、フラグとか伏線って言うんだよ」


 こうやって教室では見せ難い、ふたりだけの秘密の時間を楽しんでいたのだ。


 何故ならこの位の年齢になると、イラストや漫画を熱心に楽しむことは集団の中で煙たがられ『オタク』と揶揄されるようになる。それは僕らのクラスとて例外ではなかった。

 

 しかも当時の美緒は女子の中では、すこし浮いている存在になりつつあった。

 実のところ女子の勢力グループから目を付けられていたのだ。

 相変わらず男子からの人気が高かった美緒。それで煙たがられ、一部の女子達から嫉妬や反感を買う羽目になっていたのだ。

 

 そして忘れもしない、あれは小学校六年生の秋。

 ある業間休みでの出来事だった。


 ◇

 

「あっ!」


 大柄の女子が、僕の左斜め前に座っている美緒のノートを素早く取り上げる。

 発言力のあるグループのリーダー格だ。


「いーけないんだ、いけないんだー。ノートに落書きなんかしちゃってさ」

「や、やめて」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、パラパラとノートをめくる女子。


「ん、なにこの絵。王子様とお姫様っ?」

「やめて……お願い、返して……」


 蔑むような目で美緒を見下ろす。


「なーんかこういうのキモいよねー。だよねー、みんな?」

「キモーい、みおちゃんキモーい」

「みおちゃんってオタクー、キモーい」


 自分の席で、じっと縮こまる美緒。

 小さく背中を丸め、涙目でうつむいている。


「やめて……お願い……やめて……」

「そうやってさ。いつまでも幼稚にマンガなんか描いてるのって、なんか気持ち悪いよね」


 誰かが言ったその言葉を耳にして、僕の中で何かがプツンと切れる音が聴こえた。

 

「……何が幼稚なんだよ」

「え?」

「だから、マンガの何が悪いんだって言ってんだよ!」


 気が付けが僕は大声で叫んでいた。

 自分の席から勢い良く立ち上がる僕。


 ――ったく、何が幼稚だよ。

 おまえら何も分かっちゃいないくせに、分かったような口を聞くなよな。 

 ゼロから何かを産み出すことが、どれだけ難しいと思ってんだ。

 あの賢い美緒がどれだけ知恵を振り絞って緻密にストーリーを組み立ててるか。

 まともに読んだこともないくせに、好き勝手に文句言うな。

 仲良しごっこのお花畑でただつるんでいるだけのアホなおまえらに。

 僕や美緒やマンガの一体、何が分かるって言うんだよ!


 そんな事を脳内で叫びながら。僕はバーンと激しい音を立て、机を叩いた。


 教室がシーンと静まり返る。

 ひりひりと痺れる両掌。その痛みで、ふと僕は我に返った。

 

 ――し、しまった。つい、うっかり……。

 

 漫画を、そして美緒を馬鹿にされて。つい頭に血が登ってしまった。


「…………」


 さっきまでの勢いとは裏腹に、うつむき黙り込む僕。

 

「てめコラ。ジュンの分際で、なにかっこつけてんだよ!」


 突然、僕の胸ぐらをグイと掴む大柄の男子。

 案の定、速攻でクラスのボス格に目を付けられてしまった。


「え、あ、その……」


 時、既に遅し。挙動不審になる僕。


 その男子は、密かに美緒に気があったのを僕は知っていた。

 今振り返ってみれば、結果的に美緒をかばう形になった僕に良い所を持って行かれて、面白くなかったのかもしれない。


「だから、ジュンのくせに生意気なんだよ!」


 ボス格にどんと胸を衝かれ、僕は床に尻餅を付いた。


「痛っ!」


 ぶつかった椅子と机がガタリと音を立てる。


「そうよ、星野のくせに生意気よ! ちょっとぐらい顔が可愛くて、絵が上手くてコンクールで金賞とか取ったからって、調子に乗ってんじゃないわよ。マンガばっかり描いてるキモいオタクのくせに」


 さっきまで美緒をからかっていた大柄の女子が加勢する。


「ジュンのオーターク! オーターク! オーターク!」

 

 それに同調するかのように、クラスに大合唱が響き渡る。


「キーモーい! キーモーい! キーモーい!」


 ◇


 その日を境に、連中のターゲットは美緒から僕へとシフトした。


 そして僕と入れ替わるように、美緒への嫌がらせは緩和された。

 どうやら集団って奴は、生贄はひとりいればそれなりに満足するようだ。


 以来、美緒は漫画やイラストを描く素振りを教室では見せなくなった。

 絵を描くことをからかわれたのが、よっぽど堪えたのだろう。


 だけど、僕はそうではなかった。

 この頃の僕は、気が弱いくせに妙にへそ曲がりでプライドが高かった。

 それだけ絵の実力に自信があったのだ。


 だからどんなに馬鹿にされても、ノートに漫画やイラストを描くことは止めなかった。

 連中も、それが面白くなかったのだろう。僕への攻撃は、ますますエスカレートして行った。

 こうやって今でも、思い出すだけで気分が悪くなる。まさに黒歴史だ。


 反面、美緒はクラスの女子たちと再びなじむようになった。

 集団の流れに従うことで、いじめから逃れることに成功したのだ。


 美緒は、教会の絵画教室にも訪れなくなった。

 漫画や絵を描いて、オタク呼ばわりされるのに懲りたのだろう。

 それにクラスでいじめられている僕と一緒の所を、誰かに見られるのも嫌だったに違いない。

 

 こうして当時の僕と美緒は、お互いに距離を置くようになった。


 ◇


 そんな生活が、半年ほど続いただろうか。

 小学校の卒業を目前に控えた、真冬の放課後のことだった。


 粉雪がさらさらと舞う白い帰り道。

 僕は学校指定の黄色い傘を差しながら、とぼとぼとひとり家へと向かっていた。

 そんな僕に、誰かが背後からぽんと肩を叩いた。


「だれ?」


 振り返ると、そこに居たのは美緒だった。

 赤いランドセルを担いだ白いマフラー姿。なんだか気まずそうな顔だ。

 きっとその時の僕も、同じような表情をしていたのだろう。


「ジュン……」


 黄色い傘を白い手袋で握り、もう片方の手には何やら小さな白い紙袋が握られていた。

 すこし潤んだ大きな瞳で、僕の目をじっと見つめる。

 

「ねえジュン、久しぶりに……」

「久しぶりに、なんだよ?」

「だから、久しぶりに……一緒に、帰ろ?」

 

 僕はしばらく考え込んだ後、白いため息と共に言葉を吐いた。

 

「僕なんかと一緒にいるとこクラスの誰かに見られたら、またなんか言われるよ」


 僕は美緒の申し出を拒絶し、その場を立ち去った。


 しばらく歩いて、ちらと振り返る。

 白い雪道の上で、傘を差した美緒がぽつんと立ちすくんでいる。


 僕の足跡で引かれた、歪んだ破線が君へと続く。

 切れ切れの汚い泥の線。まるで白いパレットの上に並んだ、混ぜすぎ濁った絵の具のようだと僕は思った。


 密かにその日は二月十四日。バレンタインデーだった。

 だけどそうと気が付いたのは、それから随分と経ってからの事だった。


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