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いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
邪教の改造生物は闇夜を駆ける
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しぼりたて用水路汁


「サメ!」


 買い物袋を投げ出して駆け寄るフタハ。

 サメは、ケチャップではない液体を(したた)らせた口をもごもご動かしながら、買い物は終わったのか? などと言って、全く気にした様子を見せなかった。


 どうやらサメが駐車場で待っていたところに、集まってきたカラスの群れが襲撃をかけてきたらしい。

 しかし、カラスのくちばしではサメのボディにダメージが全く通らず、周りをうろうろしているうちに、うっかり口元に近づいてしまった1羽が、サメの夜食になってしまったところだった。


 サメはフタハが指摘するまで、コンビニが用意した食用バードの、試食サービスだと思っていたらしい。


 ばすっ!


 軽快な音が駐車場に鳴り響くと、頭上を旋回していたカラスの3割程が鳥肉に加工されて、サメは本当にコンビニが用意した試食サービスにありつけた。


「お客さん。大丈夫ですか?」


 店員ベアーが、6角棍棒を束ねたような7連装リニアライオットガンを構えたまま、フタハに声をかける。

 フタハは、店員ベアーのあまりに恐ろしい姿にひるんで、差し出された買い物袋を受け取ることができなかった。


 未加工のカラスたちは口々に「白鬼だ!」「白鬼が出たぞ!」と納得の呼び名を叫びながら、蜘蛛の子を散らすように飛び去った。


『この辺りのブラックテイルドガルは夜行性なのですか』


 夜食が着けていた暗視ゴーグルを吐き出しながら、店員ベアーに尋ねるサメ。


『おやあ、シャークとは珍しいですね。あれはブラックテイルドガルではなくカラスですよ。やっている事は変わりませんがね』

『そうですか』

『しかし、彼らはシャークを知らなかったのでしょうか? よくあんな恐ろしい事ができたものです』

『全くです』


 翻訳機を介して行われた会話は、紳士的な雰囲気ではあったが、スラング交じりのソース(もとの)言語が聞こえるフタハには、ひどいセリフに大人しい字幕をかぶせた、ギャング映画のように感じられた。


 サメがカラスの襲撃を受けたのには理由があった。

 店員ベアーに指摘されるまでサメもフタハも気づかなかったのだが、ここまでの道のりで酷使された、サメの胸ビレから血が出ていたのだ。

 それを嗅ぎつけたカラスが、サメを瀕死の大型フィッシュだと勘違いしたわけだ。



 親切な店員ベアーは、店の備品でサメの手当てを済ませ、手当の最中ずっと下を向いていたフタハには、気を利かせて袋入りの飴を与えた。

 その間、客が店に入ってくることは無かった。店の前に放置された鳥肉のせいかもしれない。


 フタハは飴を1つ口に含み、サメを小脇に抱えてコンビニを後にする。

 長い帰り道が始まった。



「やっぱり重い、無理」


 コンビニの明かりがまだ遠目に見える歩道上。フタハは抱えていたサメを地面に下ろした。


 ぱっと見わかりづらいが、サメはホッとしていた。これ以上この小動物(フタハ)にストレスを与えることで、寿命を削ってしまいたくなかったからだ。


 ペット業を行う生物たちにとって、契約完了までに自分のせいで飼い主を死なせてしまう事は、廃業確定の失態なのだ。かつてアラスカで、航空機パイロットを偽って、フライトを成功させたビジネス手腕が今試されている!


 サメの独り言を黙って聞き流していたフタハは、ある音に気づいた。道路の歩道がない側から聞こえる水音。夜間は滅多に車の通らない車道を横断すると、音の出所を突き止めた。


 それは道路横を流れる用水路だった。


「どうして今まで気づかなかったんだろう」


 そうつぶやくフタハに追いついたサメは、いつも耳に付けていたのは何だと返した。

 音楽プレーヤーのイヤホンだ。


 ここでフタハに名案が降りてきた。


「これ使って帰れば良いと思わない?」

「同感だ」


 人工月に照らされて用水路に映る1人と1匹のしたり顔。それをかき消すように飛び込む黒い影。飛び散る飛沫は、着水面と同じく蛍光青色の光を放つ。どうやら発光微生物"用水路ノクチルカ"の住処だったようだ。


 背びれを水面から出して泳ぐサメの航跡を、用水路ノクチルカが美しく輝かせる。流れる水音は心地良く、潰された微生物の放つ香りは乾いたスクイドに良く似ている。


 普段より速足で歩道のない側の道路を歩くフタハは思った。旧時代に観測できたという天の川もきっとこんな感じで、天文学者は乾いたスクイドの香りを楽しみつつ一杯やったのだろうと。


 まあそんなわけないのだが、アパートを出てからここまでの道のりではじめて見せた嬉しそうな表情は、まれにみるレア顔だった。



 フタハは買い物袋をくるくると回しながら、昨日見そびれた(目には映ったのだが脳が記憶しなかった)アニメの話を続ける。

 高価な水中マイク無しでこういった会話ができるのは、値段分得しているのかもしれない。そんなことを考えながら、しばらくサメが何も言ってこないことに気づいて足を止めた。


 水面は人工月を映すばかりで、サメの背びれは見られなかった。


 フタハは、用水路にかかる橋を越えるたびに付け外しするのが面倒になったので、サメのリードを外したままにしていた。いつからサメがついて来ていないのかわからない。急いで歩いてきた道を引き返す。

 静かな夜の道に、サメを呼ぶ声が響く。


 引き返してから2本目の橋に近づいたとき、やっと返事があった。


「サメ、どこにいるの?」


 携帯端末のライトを使って橋の下を覗き込むと、


「すまん、はまった」


 サメの体は用水路のごみ止め柵にぴったりフィットしており、まるで仕掛け網にかかったフィッシュのようだった。


 どう見ても自力で脱出できそうになかったので、フタハは買い物袋とはいてきた靴と靴下を橋の上に置き、近くの電柱にリードの端を巻きつけ、反対側を自分の腰に巻きつけてから、ジャージの上を肘まで、下を膝までまくってから一応聞いた。


「深くない?」

「深くない」


 その言葉を信じて用水路に下りたフタハの姿が水面下に消える。


 ざばっ!

 と音を立てて、水面から頭をのぞかせたフタハが叫ぶ。


「一体何に対して深くないのか!?」

「マリアナ海溝」


 フタハは、予想外の水量と水流に、即時撤退を余儀なくされた。

 危うく自分まで仕掛け網にかかるところだった。フタハがそう言いながらジャージの裾を雑巾のようにしぼると、透明度の低いエメラルドグリーンのしぼりたて用水路汁で、足元に水たまりができた。


 有害大気やら地上用農薬やらが、いい具合に濃縮ミックスされているのだろう。

 レベル3以上のアウトドア耐性が無い人は、絶対に真似をしないようにしてほしい。


 フタハがポケットに入れておいたアウトドア計付き携帯端末は危険値を示し、外側のプラスチックカバーは溶けて流れ落ちた。

 端末本体と違って、非アウトドア防水の安物なので仕方がない。


 この場において評価されるべきは、そんな状況におかれても分解されなかったジャージだろう。なるが用意した"核攻撃にも耐える強化繊維"は伊達(だて)ではなかったのだ。

 ちなみに、フタハが着ていた強化繊維はジャージだけである。


 まだ肌寒さの残る砂包丁の月の夜風にも負けず、フタハは次の作戦を決行する。

 それにしてもこの飼い主、1人で何かに取り組む時に見せる妙な打たれ強さは何なのだろうか。そんな事を考えていたサメに散歩用のリードをくわえさせ、それをフタハが後ろに引く。


「せーのっ!」


 ばりっ!


 いい音で噛み切られた。

 なるのチョイスにしては珍しく"普通"の耐アウトドア製品だったのか、サメの噛む力が尋常ではなかったのか、どちらにせよ残された手段は1つになってしまった。




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