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いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
邪教の改造生物は闇夜を駆ける
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もうこの店には2度と来られない


 地上畑を後にして数分後。

 踏みしめるアスファルトのビンテージ具合(ボロさ)が目に見えて向上する、空白地帯のちょうど中央。


 道路わきに大きな倉庫が見えてきた。半開きの入口上部から道路に向かって飛び出した(だいだい)色の永久電灯を、一定周期で不気味にウインクさせている。まるで巨大なフットボールフィッシュのよう。


 ここが夜盗ヌートリアの出没地帯だ。


 反射的に身構えるフタハに気づいたサメは、その場でくるりと輪を描くように急旋回し、舞い上がったボロい道路の粒子たちが、舞台演出用のスモークよろしく周囲を幻想的に包み込むと、ノコギリのような歯を街灯の明かりに照らして見せた。

 翻訳機のスイッチを入れる。


『それでは姫様、参りましょうか』

「なにそれ」

「深夜アニメだ、昨日見ただろう?」

「んー……」


 フタハは首をひねる。

 酔っていたせいで覚えていないのだ。

 帰って録画を確認しようとつぶやいて歩き出したフタハとサメは、大きな倉庫前の道路に、何かが集まっていることに気づく。


 2本の足で立つシルエットは、人のようにも見えた。が、近づいてみると古代のダイナソア(きょうりゅう)・ディノニクスにも似た体格に、ぎょろりとした円錐形(えんすいけい)の目と長い舌、表面に小さな粒のあるびろうどのボディは、南国のフルーツを思わせる。


 清掃カメレオンだ。


 彼らは今でこそ、町の清掃を行う象徴のような存在となっているが、その原型は、戦闘用改造生物カメレオン(ジャイアントカメレオン)である。これのステルス機能をオミット(しょうりゃく)して、小型化させたものが、清掃カメレオン(レッサーカメレオン)なのだ。


 ちなみに、旧時代の爬虫類と同じ名前を持つものの、先ほど述べたとおり、その風貌(ふうぼう)はやや異なる。もっとも、"奇獣"ヒツジや"怪鳥"メジロの比ではないが。



 そんな清掃カメレオンたちは、長い舌で何かをなめ取っていた。

 何かが何なのかを理解するのにさほど時間はかからず、フタハもサメも何とも言えない気持ちになりながら、"元"危険地帯を後にした。おそらく野良生物同士の抗争にでも敗れたのだろう、ギャングの最期とは往々にしてこんなものだ。


「ヌートリアぺろぺろ」


 そんな声が聞こえてきたので、フタハは思わず「言うなよ!」と振り返りながらツッコミを入れる。翻訳機なしで言葉がわかるというのも、良い事ばかりではない。


 一瞬清掃カメレオンたちの動きが止まるが、程無くして"清掃作業"を再開した。


 それからしばらく長い道路を歩き続け、歩道横の側溝に再び蓋が取り付けられ始めた頃、


「まるでシャークの散歩をしてるみたい」

「違うのか?」


 ようやく目的地のコンビニが見えてきた。

 買い出しのためにアパートを出発してから1時間後の事である。



 そこは砂漠の中に突如現れたオアシスの様だった。10数年前までは本当に砂漠だったのでたとえでも何でもないのだが、四角い平屋の4方にハチマキのように巻かれた看板照明の温かさは、そう形容するのが適当であると信じさせてくれる。

 と、恥ずかしげもなく書かれたコンビニの宣伝ポスターが、透明な自動扉の内側から、道路の通行者に見えるように貼り付けられていた。


 フタハは、コンピュータゲームにおけるセーブポイントくらいのありがたさが適当ではないかと思ってから、両者にどれほどの違いがあるのかと自問しつつ、自動扉をくぐってすぐ左側に積み重ねられた、買い物かごを手に取る。


 適当な取り方をしたからだろうか、積まれていた買い物かごは、ばらばらと倒れて店内にちらばってしまった。


 もうこの店には2度と来られない!

 悲壮な表情を浮かべつつ散らかった買い物かごを集めるフタハの後ろから、


「私が片づけますので置いておいていいですよ」


 と、声がした。

 振り返ると、そこにはまるでポーラーベアー(しろくま)のような大きな店員がたっていた。


 いや、本当にポーラーベアーだったのだが、その巨体に着せられたコンビニの制服とエプロンが驚くほど似合っていたので、そう言っても差し支えないようにさえ思えてくる。


『私が片づけますので置いておいていいですよ』


 やや遅れて聞こえてくる、ベアー用翻訳機の音声。


「すみません……」


 そう返してからフタハは、はっとした。


「おやあ、お客さん、ベアーの言葉が使えるのですかな?」


 もうこの店には2度と来られない!

 フタハは、再び心の中でそう叫びながらも冷静を装いつつ、気のせいでは? と人語で答えようとしたが、最初から人語のつもりで話していたのだ。この時初めて、自分がいつの間にか手に入れた、能力のデメリットに気づいてしまった。


 どうやっても双方向で言語翻訳されてしまうということに。


 無言で立ち上がったフタハは、早送り再生の勢いで、アルコール飲料とつまみになりそうなお菓子類を買い物かごに叩きこむと、それをレジ台にとんと置いて、ちらかった買い物かごを片付け終わった店員ベアーを手招きする。


 その後店を出るまでフタハが口を開くことはなかったが、顔を赤くしてうつむくフタハに気を使ったのか、店員は言葉について何も言ってこなかった。



 自動扉の外側は、相変わらずごみごみしいアウトドアーの毒気が漂っていたが、今のフタハにとっては店内にいるより何倍もましであった。


 フタハは急いでこの場を離れようと、田舎コンビニ特有のやたらと広い駐車場で、待たせておいたサメを探して辺りを見回した。

 サメの姿がない。


 がさっ! 


 コンビニ入口のすぐそばにあった暗闇が動いた。そして、ばさばさーっ! と音を立てて何かが散らばる。

 フタハが驚きのあまり飛び上がった拍子で、コンビニの自動扉が再び開き、店内を流れる軽快なBGMが辺りに響いた。


 散らかった暗闇は、複数のかたまりに分かれて、空へと舞い上がる。

 カラスの群れだ。


 カラスとは、旧時代からの存在している鳥類であり、現代を生きる新鳥類のベースにもなっているありがたい存在だ。が、生まれながらの自由主義者であった彼らは、世界動物労働協会のやり方と真っ向から対立し、今やアーバンワイルドキャットと並んで、野良の代名詞にもなっていた。


 そんなカラスが、先程まで集まっていた場所にサメはいた。

 上空では、今飛び去ったものを含めて、50羽近いカラスが不気味に旋回しながら様子をうかがっている。


「シーフード!」「シーフード!」「シーフード!」


 カラスたちが口々にそう叫んだ。

 サメを襲っていたのだ。


 差し込む店内照明を受けて、入口のすぐそばの地面を()らす液体に、赤く色が付けられた。




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