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いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
邪教の改造生物は闇夜を駆ける
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遥かなるコンビニ


 新時代における旧時代との大きな違いの1つは、社会進出した動物たちである。

 彼らは口をそろえて、これは大変すばらしい事だと言った。

 そう答えれば世界政府からお金がもらえるのだ。





 晴れることのない夜空を照らす人工月は、今日も今日とておぼろ月。

 やさしい明かりに見守られて浮かび上がる、長い長い2車線道路は片側歩道付き。


 この辺りは町と町の間にある空白地帯だ。空白と言っても、大きな倉庫や駐車場、高い塀に囲まれた新築の住宅に、空き地、空き地のようなものに、空き地のようなもののような空き地などが点在している。

 都市部や工業地帯から一定の距離があるため良好(ひくめのどくせい)だった空気は、ここ数年間急速に開発が進んできたため、いつまで持つかわからない。



「まるでシャークの散歩をしてるみたい」

「違うのか?」


 コンビニへの買い出しに、アパートを出発して早1時間。

 フタハは、サメの歩みが思った以上に遅かった事に対して、サメは、自分たちの今の恰好に対して、率直な意見を述べた。


 女子大生になったとはいえ、もう数年は高校の制服の方が似合うであろうフタハは、新品のジャージの上下に新品の運動靴、手にはペット用のリードの端が握られており、飼育入門書のイラストを切り出したような恰好をしている。


 もっとも、リードの先は専用のハーネスをまとったシャークであり、このパターンは、飼育入門書のどのページにも載っていなかった。これら入門書を含む装備一式は、サメを飼うにあたって、なるから渡されたもので、昨日まで部屋の収納に押し込まれていたものだ。


 それが何故今になって持ち出されたのかと言うと……


 出るようになったからだ。


 幽霊ではなく、夜盗ヌートリアが。

 彼らは海を渡ってやってきた野良の盗賊団である。


 野良というのは、世界動物労働協会の提唱する"全ての動物は社会の歯車となる"に従おうとしない、アナーキスト(むせいふしゅぎしゃ)の事だ。彼らは、アーバンワイルドキャットなど種族単位で、大小さまざまな抵抗組織を作り、政府と比較的平和に戦争してきた歴史がある。


 ところが、外来の野良生物は、ネイティブの野良生物と違って、地元との関係を重視しない悪事を繰り返し、現在とてもホットな社会問題となっていた。


 さて、そんな夜盗ヌートリアが、空白地帯に出没するようになってからというもの、近くの道を利用するフタハは、毎度のようにカツアゲされる様になっていた。

 その被害は徐々にエスカレートし、初めは飴玉程度で見逃してもらえたのが、昨日に至っては、ビニールの買い物袋から直接、乾いたスクイド(いか)を取られるまでになっていた。


 乾いたスクイドをである!


 あれ無しでどうやってアルコール飲料をあおれというのだろうか。(アルコール飲料は温情で見逃して貰えたらしい)そう言って嘆きながら、ネット通販で中古の対獣ショットガンの購入手続きを進めるフタハ。

 見るに見かねてサメはこう切り出した。


「もっといい武器があるだろう?」


 どこにあるのかと聞いてくるフタハに、サメは「自分がそうだ」と答えた。


 本来は、アパートから徒歩2分の、最寄コンビニで買い物をさせるべきなのだ。が、サメはそうしなかった。

 フタハと暮らしてみて気付いたのだ。この飼い主は極端に人付き合いを避けたがるタイプで、店員に顔を覚えられる事より危険を冒す方がマシと考える、困った人間だという事に。


 だからといってこのまま放置して、お世辞にも充実した生活を送れているように思えないフタハが、数少ない楽しみを奪われて、涙目になっている姿をこれ以上見ていたくはない。

 そう考えた上での選択だった。


「ところでサメ。フカヒレって知ってる? 酒の(さかな)になるかな? サカナ(旧時代のフィッシュのこと)だけに……くふっ、ふふふふふ」


 早く何とかしないと!



 翌日。サメにも無事夜は訪れた。


 サメは、何事もなかったかのように1人で出かけようとしたフタハを引き留め、落胆した。

 フタハは昨晩の事を、全く覚えていなかったのだ。

 前報酬(おれい)と言いながらサメの頭に醤油をかけた事すら、「ワサビをつけるまでは無罪」で片づけられてしまった。


 フタハの方はと言うと、思いがけないサメの申し出に、顔には出さなかったが余程嬉しかったのだろう、氷河期が寒天を絶滅させる歌(作フタハ)を口ずさみ、サメを引きずりながらアパートの外へと駆け出した。


 しかし、そんなテンションが続くはずもなく、深夜営業中の店や街灯からこうこうと浴びせられる、騒々しい明かりが息切れする頃には、さすがに疲れてきたのか、サメに自力で歩かせるようになっていた。

 サメのキャリアーには推進装置がないのだ。


 キャリアーとは、陸上生活に向いていない生物のために開発された生活補助装置の事で、旧時代に物資運搬や介護に使われていたものを、小型化転用したものである。


 そして、対応する生物の種類や補助機能などのオプションの有無で、性能と値段が大きく変わってくる。

 今サメが使っている物は、ヒレを使った移動を可能にするために、最低限必要な浮力を与えるだけの安物だった。


 実は、サメがフタハのペットになった時点では、特注の高性能キャリアーを搭載していたのだ。が、諸事情から、即日故障させてしまう。


 故障の原因を作ったなるは、サメの飼育費を出す約束をしていたので、自分が新しいのを買うと言い出した。

 しかし、以前からなるに何か高価なものを貰うたびに、自分が買い取られていくように感じていたフタハは、震えながらこれを拒否する。


 ちなみにシャーク用品の市場は狭く、格安キャリアーでもドッグやキャット用のハイエンドモデル(やたらとたかいやつ)といい勝負ができる。

 それだけに、なるはフタハがあきらめて、自分を頼ってくる瞬間を心待ちにしていた。


 ところがフタハは、コンビニ以外で立ち寄ることができる数少ない店舗の1つである、近所の電器屋で、2食分程度の値段で投げ売りされていた、ドルフィン用キャリアーを入手。


 これを搭載したサメは、問題なく動けるようになり、なるにバンドを組まされた。


「わたしがドラムとボーカルやるから、サメはドラムセットね!」




 ……そんなキャリアーと両胸ビレを使って、サメは夜道を進む。

 道の両側には、背の高い建造物はほとんど姿を消し、ちらほらと空き地が見られるようになってきた。


 問題の空白地帯に近づいてきたのだ。


 徐々に間隔が長くなる街灯に照らされたフタハの灰白色の髪は、アパートの薄汚れた部屋の中でこそ保護色として機能するが、夜の郊外においてその効果を発揮しない。

 普段なら外出用に、使い古された、黒いパーカーのフードを深くかぶっていた。が、今日は必要ないだろう。

 歩くのは少々遅いが心強い護衛がついているのだから。


 フタハが振り返ると、そこに心強い護衛の姿はなく、リードの先は道の側溝に続いていた。


「サメ?」

「すまん、はまった」


 サメの体は側溝にぴったりフィットしており、まるで元からそこに収まっていたかのような、収納感が漂ってきた。


 良く見ると、ちょうどサメが側溝に落ちた地点から、側溝の蓋がなくなっていた。

 サメが、路上の障害物を回避するたびにフタハに蹴られるので、斜め後方に下がる位置取りになっていた事が災いしたのだろう。


 ペットの散歩はリードを持ってただ歩くだけではないという事に気づかされたフタハは、側溝からサメを救出する。

 そして、今度はサメが自分の前を歩くようにさせると、溝の中からそいつは俺じゃないという声が聞こえてきた。

 フタハが引っ張り出したのは、住所不定のラクーンドッグ(たぬき)だった。



 側溝の巡回を再開したラクーンドッグを見送ると、1人と1匹もまた目的地へと歩き出す。


「サメが落ちたのが畑の手前でよかった」

「空き地じゃないのか?」


 フタハが足を止めて指さす先には、20坪くらいの荒れ地があり、その中央には、商品コマーシャル用のものに混ざって、地上畑と書かれた看板が立てられていた。


 地上畑とは、旧時代の農業再現を目的として始まった、露天農場だ。

 地上畑の作物は、過酷なアウトドア環境にさらされるため、例外無く奇形な毒菜になってしまうという、問題を抱えていた。そんな中、この異常作物が芸術的価値を見いだされ、不毛な実験場は、突如として金のなる木へと成長したのだった。


 それでも地上畑の試練は終わっていなかった。次は野良生物による盗難被害である。露天であるがゆえに、外からの侵入者を防ぐことができないのだ。

 そして、その問題解決のため、はるばるアマゾンから輸入されたものがあった。


「よく見てて」


 フタハは足元に転がっていた小石を拾い、畑に向かって放り投げた。


 ばさっ!


 突如歩道から7メートルほど離れた畑の地面が、飛行する小石に向かって凄まじい勢いで盛り上がると、それを見事キャッチ。

 サメとフタハは、飛び散った土を振り払いながら、月明かりに照らし出される、奇怪なキャッチャーの姿を目にした。

 それは池の中から首だけを出して獲物を捕らえたアリゲーターを思い起こさせる、巨大な食獣植物であった。


 この食獣植物は、地上畑への侵入者を片っ端から捕食。結果、野良生物たちは、地上畑の看板を見ただけで回れ右するようになった。ここまでは良かったのだが、食獣植物はグルメではなかったため、畑の労働者でさえ近づくことができなくなってしまい、現在、地上畑の経営者にとって最大の問題になっていた。


「ヌートリアよりも危険じゃないか?」

「食獣植物は歩いてこない、ヤツらは歩いてくるんだよ!」


 サメの素朴な疑問に、フタハはどこかで聞いたような言いまわしで答えた。




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