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いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
いぇぬびーの怪物と最後の日常
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いぇぬびーの怪物と最後の日常


 大京都島標準時11時45分。

 地下入口の封鎖作業が終わった商店街南口前の広い駐車場では、今回最後の対メジロ商取引が行われていた。

 フタハが地下に出発した時と違い、見送る者の姿はない。先程開始された商店街の打ち上げに参加しているのだろう。


 メジロを知らない人が見れば、地域の着ぐるみマスコットに思えるかもしれない2体のメジロボットが、誰が見ても奇妙な売り手に思えるフタハの前におかれた、錫色の角が丸い立方体を角度を変えつつ観察している。



 この2体のメジロボットが地上に残っている最後の一組なのだろう。駐車場の直上に移動した超巨大改造生物メジロが、回収用のエレベータービームゲートを開けて待機している。

 広大なメジロの影の中は太陽の光が届かないので、駐車場の街灯に加えて、持ち込まれた照明車がアイドリング音を響かせていた。



「――えっと、以上がこの機器の概要になります」


 三女が少し離れた位置で掲げている販売用台詞の書かれたスケッチブックを見ながら、フタハが2体のメジロボットに"改良型原子炉"の説明を終えた。

 もちろん、"改良型原子炉"は、"対メジロボット核地雷"を改造したものだ。主に名前が改造されている。


 どうしてこんな事をしているのかというと、フタハが、"接客を除く"というアルバイトの契約オプションを解除して、報酬の減額分を取り戻してはどうかという、コウトの提案に乗ったからだ。


 最初は断ろうとしたフタハだったが、話を聞いて来た三女に、カンペで手助けするからそれに従うだけでいいと言われて、渋々引き受けたのだ。「血みどろウェイトレスの恰好で、お客さんとお話すれば6万TARAIだよ!」という業の深い発言は聞き流した。



『質問です』『質問です』

 2体のメジロボットが想定外の行動に出たため、仕事を終えた気になっていたフタハは慌てたが、すかさず、どうぞと書かれたカンペを掲げる三女に従い、質問を受け付ける。


『この改良型原子炉に乗っている装置は何ですか?』

『装置正面のボタンを押してはいけないのはなぜですか?』


 フタハが答えにくい事を聞くなと思いながら、三女のカンペを見る。そこには矢印マークが描かれていて、矢印の先には、コウトがもう一枚のカンペを持っており、上手いことごまかして下さいと書かれている。

 こんなのカンペではない。


 正直に、装置はメジロボット探知機で、ボタンを押すと原子炉という名の核地雷が爆発すると、答えるわけにはいかない。

 フタハはなんとか、あたりさわりのない回答を用意した。


「……なんか付属品です。ボタンは押すと、その、大変なことになります」


 何とも情けない回答に、2体のメジロボットは互いの顔を突合せてから、上空を仰ぎ見る。

 すると上空待機していたメジロが、オレンジ色のエレベータービームを駐車場に照射し、その中をゆっくりと鉄球クレーンが降りてきた。ふざけた店主に鉄槌(てっつい)を下す鉄球クレーンだ。

 旧時代生まれのメジロはいい加減な商売を許さない。


 状況を察した三女が、なんとかしないと! と書いたカンペをコウトに見せると、コウトは、フタハさんなら大丈夫でしょう! と書いたカンペを三女に見せ、成り行きを見守っていたオブシデアが、普通に会話したらええやんとツッコミを入れた。


 助力を得られそうにもない事を理解したフタハは、鉄球クレーンの地上降臨を阻止すべく、上空から改良型原子炉へ、改良型原子炉からメジロボットに不安げな視線を移す。きつく両目をつむり、6万TARAIは安くないとつぶやいてから、ぎりぎり凛々(りり)しい顔と姿勢を作って、高らかに声を上げた。


「つまりっ! つまりこれは、いち市民である私の口から説明できないものなのです!」



 その場を照らす照明車の、ぼんぼんぼぼぼんと黒煙を上げながら発電機を回す音が、無言の間を埋める。2体のメジロボットは互いの顔を突合せてから、フタハに向き直った。


『違法装置?』

『違法装置?』

「私の口からは説明できません」


『……もしや、いぇぬびーの箱?』

『偽物も多いと聞くが?』

「私の口からは説明できません」


『ボタンを押すとどうなるのですか?』

「大変なことになります」


『『…………』』


 明らかに装置を見る目の変わったメジロボットは、翼っぽい右手を伸ばしてメジロ探知機のボタンを押そうとしたので、フタハにその手を叩かれ、決してボタンを押さないようにと念を押された。


『買います』

「6万TARAIになります」


 フタハはメジロボットから6万TARAI相当のプラスチック硬貨、いわゆるメジロコインを数枚受けとり、無事、原子力ごみとプラスチックごみの交換に成功した。


 2体のメジロボットは、改良型原子炉を挟むように立ったまま、エレベータービームに乗りメジロへと帰還する。全ての補給作業を終えたメジロが高度を上げながら、航空機を分解する砂漠色をした毒雲を越えて、東の空へと想像もつかないような速度で飛んで行き、きらりと雲を光らせる。



 それはもう大爆発だ。


 お手頃サイズになった旧時代のロストテクノロジーが、流れ星に乗って太平洋上にふりかけられている。防御設備のない沿岸部の田舎町は、しばらく電磁障害に悩まされるだろうが、まあよくある事だ。



 曇り空をすり抜け百六町に差し込む日差しが、働き続けだった街灯に昼休憩を与え、吹き込む風が駐車場に薄く積もったほこりを洗う。


 口をぽかーんと開けたまま東の空を見上げるフタハ達の横に、照明を落とした照明車がやってきた。運転席横の窓が開き、"美男"こと武器屋の店長が、クロコダイル特有の大きな頭を覗かせて、1人満足気な表情をしているコウトに言った。


『オセアニアの大富豪が240兆かけて落とせなかったメジロを、たった6万で撃墜するとは大した手腕だ。まるで"いぇぬびー"だな』

「私達は何もしてませんよ。まあ、5年後の椅子取りゲームが楽になるのは喜ばしい事ですが」


 驚いた表情のままのフタハが隣を見ると、普段と何ら変わらない調子で、しいて言うならフタハさんのおかげですね、などとジョークを飛ばすコウトの名札が目に入った。


 黒幕。


 そうかもしれない。



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