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いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
いぇぬびーの怪物と最後の日常
31/32

絶賛稼働中


 地下通路に尋常でない爆音がとどろき、大地を揺さぶるような振動は、オブシデアの蹴っていたピンポン球を水路に放り込む。


「ああ、しもた。うちのボールが……姉さん、ちょっと取ってくれませんかにゃー」


 泳げないオブシデアは、振り返って見たがフタハの姿はない。ここでようやく、フタハをケルベロスの前に置いてきてしまった事に気づいた。

 自分の知るフタハでは、あの改造生物をどうにかできるとは思えない。それは引き受けた護衛の仕事が達成できないことを意味する。


 即座に駆け出したオブシデアは、キャットしか通れそうにない細い横道を抜け、壁を走って角を曲がり、いくつものピットを飛び越え、たどり着いた通路の突き当たりに、巨大な獣のようなものと人影のようなものを見た。

 フタハだ。


「姉さん、無事ですかにゃー! うちが来たからには、そんな珍獣、今度こそ血の海に沈めて……」


 ぴちゃっ


 と、音を立てた生ぬるい液体の感触に気付いたオブシデアが、自分の前足の肉球と、動かなくなった珍獣だったものを確認し、開きっぱなしの口で、「沈んでますやん」と続けた。


 ホーンテッドハウス風にデコレーションされた通路に立っている人影は、通路同様のデコレーションが施された見覚えのある制服を着ており、右手に持っている刀の短くカスタムされた刃先から落ちる滴が、足元に波紋を作っている。


 声に気付いて、ゆっくりと首だけを回して振り返るフタハの姿をしたそれが、一瞬何なのかオブシデアには理解できなかった。が、間違いなくフタハだった。

 通路に立ち込める異様な匂いがキャットの感覚を鈍らせているのかもしれない。


「ま、まさか姉さんの護衛って、姉さんが真の力を開放して余計な犠牲を出さないようにするための……」

「何でナチュラルに怪談につなげようとするのか」



 フタハはため息をつき、刀だったものをその場に捨てて、左手でつかんでいたものをオブシデアの足元に投げた。ちかちかと小さな赤色のランプを点滅させるそれが、刀に仕掛けられていた自爆誘発装置である事に気づいたオブシデアは、目を見開いて顔を上げた。


「無効化してなかったんですかにゃー?」

「自爆装置の方はしたけど、こっちは電話に気を取られて忘れてた」


 口からあれだけの電化製品を吐き出してきたケルベロスの事だから、腹の中にはまだストックが残っていて、その中にあった刀と同じフィッシュヘッド社の製品が、自爆誘発装置の電波を受けて自爆したのだろう。というのはフタハの推測で、実際その通りである。


 食べ物には気を付けないとだめだなあと、その通りなのだがその通りでない感想を残しつつ、1人と1匹は即席ホーンテッドハウスを後にした。




 10畳ほどの家具のない部屋の中で、上に乗せた弁当箱のような探知機と2本のケーブルでつながった、高さ70cm程の錫色(すずいろ)の角が丸い立方体の装置を発見したのはオブシデアだった。


 拡張バッテリーを付けていたにもかかわらず、携帯端末が電池切れを起こした為、ライトも地図も使えなくなった時はどうなる事かと思われたが、キャットの目は暗視ができたので、これといった問題もなく、出発前に渡された拡張バッテリーが初めから空だった事実など、フタハ達にとっては些細(ささい)な事でしかなかった。


「姉さん、見たって! この機械、充電ポートが付いてますにゃー」


 メジロボット探知機を動かす電力を供給するため、元の業務用原子炉を一部改造して、発電機能を付与してあるのだろうか。正直なところ知ったことではないが、フタハは立方体背面の充電ポートに携帯端末を近づけて、高速ワイヤレス給電を開始する。



「それにしても気の利く核地雷だなあ」

「姉さんの探し物って核地雷やったんですにゃー」

「そっか、オブシデアは聞かされてなかったのか」

「聞いてたら、絶対に来ませんでしたにゃー……この町の人頭おかしい」


 オブシデアが"旧新化猫録"に登場する化け猫そっくりの表情で、対メジロボット核地雷をにらみつける。渋い。


 フタハは携帯端末の電源を入れ、画面に蛍光色の起動ロゴを確認すると、端末を3回振ってから前髪をかきあげ、端末背面のセキュリティセンサーに額を当てて、ロックを解除。給電しながら、ネット上に一時保管された受信情報の収集を開始。収集した情報の中から見つけた"作戦司令部"宛てに発信する。



「はいっ、こちら打ち上げ準備室ですっ!」

「…………」


 フタハが"旧新化猫録"に登場する化け猫そっくりの表情で、通信切断してから7秒後、"作戦司令部"から着信が入った。


「フタハちゃん! フタハちゃん生きてたの!? 音信不通になってたからみんな心配してたんだよ!」

「三女さん、打ち上げの準備してましたよね」


 三女が言うには、丸扉前でのコウトとの通話後からフタハと連絡が取れなくなっていたらしい。携帯端末の動作ログを見るに、後付けの電波ブースターが、端末内蔵の3Dプロジェクター起動時にエラーを出していたらしく、この部屋で再起動するまでずっと機能停止していたのだ。


 現在時刻は11時を回っており、午前9時の商店街オープンどころか、そろそろメジロが帰り支度を始める時間になっている。


「ああっ!? 時間見てなかった!」

「まあまあ、結局メジロボットが来ても爆発しなかったし、きっと地雷はアウトドア汚染で壊れてたんだよ、よかったね」


 フタハがちらりと横を見る。


「今、私のすぐ隣に核地雷あるんだけど」

「おおっ、見つけたんだ、さすが幽霊高楼を単独踏破しただけあるね」

「……絶賛稼働中」


 そんなフタハの状況報告に呼応して、ぎゃーっ! という悲鳴と、がたがたばたばたと何かにぶつかったり倒れたりする音が、"作戦司令部"である喫茶店のマスターの悲鳴に混じって、携帯端末から聞こえてきた。


 対メジロボット核地雷の上に腰かけ、オブシデアと一緒に頭を抱えて待つこと数分、開けっ放しの回線に三女の声が戻ってきた。

 どうやら階下の電気屋にコウトを呼びに行っていたらしく、息が上がっているところから普段の運動量が知れる。


 フタハは、落ち着いた声で現在地を確認するよう指示するコウトに従い、携帯端末の画面上で地下のマップと地上のマップを重ねた。


「あっ」


 そこは、ちょうど金物屋の真下だった。

 思わず上を仰ぎ見れば、核地雷を持ち込むのに使われたのだろう、垂直に掘られたトンネルが部屋の天井を貫いていた。




 閉まっていたシャッターを破壊して、デリック車が後ろ向きに来店している商店街の金物屋の店内。

 忘れていた地上を思い出させてくれる澄んでいない空気と、一足先に地上へ戻った対メジロボット核地雷と、核地雷のケースを開けて中を確認していたコウトが、地下からの生還者を出迎えた。


「お疲れ様、相変わらずのいい仕事ぶりですね」

「お疲れ様です、核地雷はどうでした?」

「無効化は終わりました。この保存状態なら、金物屋が開店していたら正常に作動したことでしょう」


 対メジロボット核地雷の無効化は、メジロボット探知機の正面に付いた四角い電源ボタンを押すだけという、"直感的な操作"でできるよう設計されていた。


 これに対してフタハは、本体とつながる2本のケーブルのどちらかを切断することで、無効化できるのだろうと考えていたので、直感はあてにならないものだと思った。



「それにしても処分に困りますね。フタハさん、何かいい案はありませんか?」


 原子力ごみの処分は、専門の業者に高額で依頼する必要があるため、今の商店街には厳しいが、かといって適当な格安業者に頼むと、近所の野山に不法投棄されるので、もっと危険だ。

 そういった問題の専門家でないフタハが、「んー……」と考えるポーズをとりつつ、あきらめるタイミングを計っていると、2人の間に、オブシデアが頭を低くして割って入る。


「ちょっといいでしょうかにゃー」

「オブシデアさんもお疲れ様、約束の報酬です」

「にゃっほい! 待ってました、これで借金が返せますにゃー」


 コウトから受け取ったTARAI電子マネーカードを両前足で掲げ、目を輝かせながら小おどりするオブシデアは可愛らしい。

 報酬の使い道もフタハとおそろいだ。


 ちなみにフタハの借金返済先であるサメは、隔壁を突破できずに困っていたところを、地下第1層の警察に保護されたので、メジロ引き上げ後に地下第1層からエレベーターで帰ってくると、事実とはやや異なる内容でフタハとコウトにメールを投げていた。

 もちろん、この件にはややこしい思惑など一切なく、しいて言うなら、おいしいカツ丼があっただけだ。



 フタハが考えるふりをやめて、何も思いつかなかったことを伝えようとしたところ、


「一緒に仕事したオブシデアさんはご存知かと思いますが、フタハさんの問題解決能力は目を見張るものがあるんですよ」

「只者やないと思てたけど、そうでしたかにゃー」


 思わぬ形で、フタハが解決する流れになってしまった。


 フタハが、コウトとオブシデアの何かを期待する視線から目をそらすと、金物屋の壊れたシャッターの向こう側で、自店の品を売りつくした商店街の暇人と、好奇心旺盛なメジロボット達が、人垣を作っているのが目に入った。

 そして、店内の対メジロボット核地雷に視線を移す。


 フタハは、ぼそっとつぶやいた。


「……いっそ、メジロに売ってしまうというのはどうでしょう?」


 地獄の怪物(ケルベロス)の返り血で染まった制服は、見せかけではないのだろう。

 コウトは手を打って賛同すると、只者ではないフタハに1つ提案を出した。



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