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屋内の景色



「データがないんですよ」


 携帯端末の向こうから聞こえるコウトの声に、フタハは端末を持つ手で額を抑えた。


 幽霊高楼には、どのように使われていたのかわからない構造やフロアが多々存在する。大半の見取り図は、建設時のものも営業当時のものも残っておらず、データが更新されることはなかった。そもそも初めから見取り図自体無かった可能性すらある。


「ビルの検査に来る人とかはどうしてるんですか?」

「それは……いえ、フタハさんは知っておく必要がありますね」



 そう、ビルの保守点検に来る人は確かにいた。

 彼らは皆、7階と8階の間にある機械室を目指し階段を上がって行った。機械室でエレベーターの停止する階を全ての階に設定し、使用していない階に電気を供給するためだ。


 上階層のフロアが現在どうなっているのか知る者を知らない下層の従業員達に見送られて、暗闇が口を開けたかのような4階通路の奥へ消えて行き、そして誰も帰ってこなかった。


 ビルのオーナーが管理会社に確認したところ、行方をくらました点検作業員達はサボタージュであり、それ以上は何も追求せず、次の定期点検には別の人材を派遣するとだけ言って、電話を切られたらしい。


 いつしかそのビルは幽霊高楼と呼ばれるようになり、今もこの町のどこか(現在地)にひっそりとそびえているのだとか……



「何でナチュラルに怪談につなげるんですか」

「怪談は平気でしたよね」

「…………」


 コウトから聞かされた話は、このビルを心霊スポットとして売り出す時に使う導入部分らしい。しかも実話である。

 要点は、機械室もしくはそこに至る5~7階に、人を失踪(しっそう)させる何かがあり、その詳細は不明という事である。


 フタハは大体の状況を把握した。


 コウトはネタになりそうな心霊体験には賞金を出すと言っていたが、フタハはそのようなものに遭遇するとは全く思えなかった。なんとなくだが、一連の失踪事件の黒幕は悪霊の仕業ではなく、このビルの構造そのものにある気がしていたからだ。


 コウトは話を続ける。


「機械室への到達路の確保にも、心霊体験程ではありませんが賞金がかかってますよ」

「そっちの方が安いんですか」

「成功すると心霊スポットとしての価値が減りますので」


 ともあれ、自力で脱出するにしろエレベーターを待つにしろ、23階に戻れない以上、15階の乗り換え場所までは降りる必要がある。

 フタハは悪霊よりも、ビル関係者達の方がよっぽど厄介な存在なのではと思った。



 どのくらい歩いただろうか。靴は既にぼろぼろで、鞄に入っていた工具も、電子ロックのかかった扉を開ける際に、ロックな方法を用いたため割と折れている。

 シャウトの内訳は、ひらけ1回、くらえ2回、ちょいあー3回、うしゃらー1回、暗黒の深淵(しんえん)たる~(中略)~我に示せ1回だ。

 普段あまり使わない筋肉が悲鳴を上げはじめ、意識がもうろうとしてきたフタハは、はたと気づいた。


 15階を通り過ぎてしまったことを。


「嘘っ!?」


 眼前には、13階食堂と書かれた吊り下げ看板。

 振り返れど、さっき使用したカーテンをつなぎ合わせて作ったロープはちぎれて、吹き抜けのフロアを登ることはかなわない。

 おそれていたことが起こってしまった。


 フタハは床に固定された回転する丸椅子にハンカチを乗せて座り、丸テーブルに置かれていた食堂のメニューを手に取り、振り返って無人のカウンターに向かって叫ぶ。


「電力お願いしまーす!」


 フロアに響く声が、置き去りにされた棚のグラス達を、びいいんと静かにざわつかせる。


「今切らしてます? しってまーす」


 自分の注文に自分で答えつつ、テーブルに鞄から取り出した非常食と金属製のカップを並べ、カップに水筒の飲料水を注ぎ、いただきますの掛け声と同時に両手をぱちんと合わせる。と、突然天井から落ちてきたペンダントライトが、持ち込み食品を駆逐した。

 2階分の高さから落ちても破片の飛び散らない、頑丈な照明だ。


 しばらく口を開けたまま固まっていたフタハだったが、はっとして携帯端末を手に取ると、年月を()て意思を持った照明が、持ち込み食品をテーブルに並べた他店のウェイトレスから店を守ろうとするというストーリーで、心霊レポートを書き始めた。


 怪談を紡ぐ携帯端末のタップ音が、何年かぶりに店内をにぎわす。


 カウンターの奥にあるディスクプレーヤーが、スペクトラムアナライザを描きながらノイズ混じりの歌声を静かに奏で、スーサイドに踏み切れなかった天井の残存ペンダントライトが淡い明かりで、執筆を手伝う。


 おぼろげな営業は、レポートを仕上げたフタハがBGMを口ずさみ、懐中電灯をリズムに合わせて振りながら、板チョコのような両開きの扉を開けて、店の外に出るまで続いた。


 当然の事だが、不審に思ったフタハが振り返って扉を開けてみても、そこは静かな暗闇が広がるばかりだった。



 その後も幽霊高楼攻略は、順調に進んでいった。

 フタハは、見取り図上では通路と表示されている壁を、ガム爆弾とハンマーで正しく修正し、"設計上動きません"と注意書きの貼られている、エスカレーターのつもりで造られた階段を降りて、ようやく8階に到達した。


「のどかわいた……」


 壁を爆破するためにガム1ダースを噛みほぐしたのと、トイレの水が流れなかったので、水筒に残っていた飲料水を残らずタンクに進呈したのが失敗だった。


 ガム爆弾は、噛み終わった特殊ガムを爆破対象に付着させ、ガムの包み紙に一緒に入っている起爆アンテナを差し、包み紙の裏に書かれた爆破コードを携帯端末から送信するだけで使える、お手軽工具だ。


 そんなガムの愛用者であるフタハが、8階の廊下を進んでいると、つま先で何かやわらかいものをけとばした。

 暗く片付いていないビル内を歩き回っている以上、得体のしれない何かをけとばすことは何度もあったが、


「ぎゃっ!」

「ひゃぁ!?」


 悲鳴をあげられたのは初めてだった。

 ちなみに、悲鳴をあげたのも初めてだった。


 廊下をなめるように懐中電灯の光を進ませると、ワイシャツに紺色のチョッキを着こんだ、どう見ても野良には見えない1匹のラットの姿が照らし出される。


「あのぅ」

「訴訟されてもお金ありません」

「そんな、2等市民様を訴訟なんてしませんよ」


 ラットは良音質の翻訳機を使って、自分がカルキノスと言う名の準3等市民である事を説明した。

 フタハは、相手が野良あがりの準3等市民だとわかると、逆手で振り上げていた懐中電灯を下げて、カルキノスがまぶしくないよう光軸をずらし、言葉が分かることを伝える。


「えーと、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「フタハ」

「フタハ様は2階喫茶店のウェイトレスですよね」

「違います」


 答えた瞬間がっかりした表情を浮かべたカルキノスだったが、1階電器屋のバイトであることを伝えると、再び期待に満ちた笑顔に戻り、フタハが聞いてもいないのに、自分が(おさ)として率いる一族がこの8階に市場を開いた事を語りだした。


 彼が言うには、せっかく準3等市民資格を取得し、ビルのオーナーに許可をもらったのにも関わらず、一向に電気が提供されず、エレベーターの停止階からも外されたままの状況を解決すべく、自ら機械室に乗り込もうとしていたところだったらしい。


 そして期待に満ちた笑顔の理由は、フタハが来たことにより、エレベーターが8階で止まるようになったと勘違いしたからだった。

 事実を知ったカルキノスが、世界の終末を目の当たりにしたような顔になったのは言うまでもない。



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