幼女アタック
「ペット許可証だぁ!」
フタハは、今日この町に住む2等市民の中で、一番幸福だったに違いない。
ペット許可証を換金すれば、当面の生活はもちろん、無駄遣いを控える事で、一生暮らしていくことも不可能ではないのだ。
フタハは、ペット許可証が表示された携帯端末を持って立ち上がると、およそひきこもりとは思えない軽快なステップで、なるに旧時代の電話ボックスと表現された部屋の中を踊り回った。
一度買い出しに行ったコンビニには、1か月間は顔を出さないという、自分ルールが生み出した平均以上の運動能力が活かされる。
店員に顔を覚えられたくないという理由だけで、5キロ先のコンビニにまで足を延ばすことに意味はあったのだ。
「これ、前からずっと欲しかったんだよ」
「しってる。おねえちゃんはシャーク好きだもんね」
「え……」
フタハが足元に目を落とすと、シャークが寝返りを打って見上げてきた。
見つめ合う一人と一匹。
ペット許可証とは、本来ペットを飼うために必要な資格であり、非常に厳しい審査と、合格率数%の試験を通過したうえに、多額の費用を用意してやっとこさ手に入る資格であり、今やこの世界を圧倒的な力で支配し、万人が認めざるを得ない国際組織、"世界動物労働協会"が発行する資格なのである。
資格の売却は、当たり前のように行われているが、実のところ違法だ。
フタハは真顔で言った。
「いや、私シャーク好きじゃないし」
なるは、その発言に目を丸くした。
なぜならフタハは、シャークが人間を襲う映画を見ながら、敵側である巨大シャーク(劇中ではメガロドンと呼称)を、アルコール飲料片手に応援していたのだ。いけっ! そこだ! ビーチの上級市民共を食い尽くせー! と。
それだけではない。
シャークの頭部が壁から突き出しているように見える飾りを、部屋のいたるところに飾りたいと言っていたのはだれか。
……薄暗い海辺の断崖絶壁に建てられた工場のラインで、毎朝5体作り出されるシャークの飾り。
ああ、今夜もまたシャークの飾り材料が、工場へ運ばれていく。
シャークの飾りは、作るのが難しいけど、1回なら失敗しても大丈夫だよ。
黒い布で荷台を覆ったトラックには、6体分の材料を積んでいるの。
でもね。
ある夜、工場では2体目の失敗が作られてしまったの。
トラックから搬入された材料は6体分。
夜明けまでに完成させないといけないのは5体。
2体失敗してしまった今、どうしてもあと1体足りないの。
足りない。足りない。飾りの材料が足りない。
ベルトコンベアから次々に出てくる、違う材料を使用した、頭部の飾りは使えない。違う材料だもの。
今から材料を取りに行っても間に合わないし、大体だれが取りに行くというのだろう。みんな使っちゃったから、もうここには私しかいないのに。
あと1体、あと1体だけでいいの。材料は、材料はどこ?
材料は……
「ああ、こんなところに」
なるはそう言って、フタハに向かって両手を伸ばして、ぎゅっと抱きついた。
「何で怪談?」
フタハは、なるの謎ホラーを適当に流して続けた。
「というかシャークなんてもらっても困るよ。どうしていいかわからないし」
「頭をなでたりして和むんだよ」
なるは、シャークを持ち上げると、その大きさと重さに尻餅をついたが、何事もなかったように笑ってごまかし、膝にのせたシャークの頭をなで、神妙な顔つきになった。
もう一度なでた。ざらっとした手触りに予想外の驚きを隠せないといった顔が可愛らしい。
「ふふっ、サメ肌だからなぁ」
フタハはその様子が何ともおかしかったものだから、笑い交じりにフォローを飛ばす。
サメ肌とはシャーク特有の表面加工の事で、主に薬味をすりおろしたり、木材のかどをすりおろしたり、裏切り者の小指をすりおろしたりするのに使われると、辞書に記載されている。
フタハも実物を見るのは初めてで、いくらか自分もなでてみたいという気持ちに駆られた。
フタハがシャークにそっと手を伸ばすと、なるはシャークをかかえて立ち上がった。一瞬よろけて後ろに倒れそうになったが今度は持ち直し、フタハに背中を向ける。なるがシャークの頭に近い部分を持ったせいで、シャークの尾は床に当たって折れ曲がった。
「だめでーす。シャークは、飼い主になってくれない人には、なでてほしくないって言ってまーす」
拗ねてしまった。
10数分後、フタハが飼育場所を、なるが飼育費を提供することで話がまとまり、シャークはフタハに飼われることになった。
当初の目的を達成したなるは、ご機嫌だった。ペットを飼うことで、フタハも少しは真人間に近付けると考えていたからだ。
一方のフタハは、サメを何度かなでてから、思ったほど良くも悪くもない手触りに、がっかりした表情を浮かべていた。
ここで、フタハからシャークに、ペット名が与えられる。
この名前は、世界動物労働協会に登録され、ペット契約が解消される日まで変更はできない。
「お前の名前はサメだ」
なめてんのかと、すかさず突っ込みを入れるサメ。
この"サメ"というのはシャークを意味する単語で、主に旧時代に生息していたとされる、シャークのモデルになった生物を指して言う。
先程フタハが言ったサメ肌の"サメ"もこれである。つまり人間に対して"ヒト"という名前を付けたようなものだった。
「それじゃあ、サメの感想を聞いてみるね」
なるはそう言って、サメの第2背びれ手前に付けられた、貝殻の様な形をしたサメ語翻訳機のスピーカーを、指先で数回叩く。察したサメが、神経信号で、自身に内蔵された翻訳機のスイッチを入れた。
『センスが感じられません』
翻訳機の機械音声が、サメの感想を代弁した。
なるは両手のひらを合わせて、ほほ笑んだ。
「あはは、やっぱりフィッシュの感性はちがうねー」
「うん? ……待って! ちょっと待って、今翻訳機つけたの? じゃあ、今までのは何?」
フタハの質問に、なるは首をかしげる。
フタハは少し後ずさると、アウトドアーに浸食された脳によって、幻聴を聞かされていた可能性に震える。
そんなことはお構いなしに「ぶっちゃけお前翻訳機いらないよな」と話しかけてくるサメ。やや遅れて翻訳機が、『あなたの言葉は理解できるので翻訳機はモゴモゴムピョコピョコ』と、フタハの幻聴にきわめて近い内容を繰り返した。
翻訳機の音声が後半で乱れたのは、自衛プログラムが作動し、自機とメーカーに不利益をもたらす発言に対して、言語モザイクがかけられた結果だ。メーカーもいろいろと苦労しているのだろう。
『それより、食事が必要』そう言いだしたのはサメ(の翻訳機)で、フタハも大きくうなづいた。
確かにサメと翻訳機なしで会話できたことは驚きだった。だが、良く考えればそれだけの事だったので、フタハの意識はすぐに食事へとシフトした。
<フタハ:焼き肉への想い>
――思い返せば、空腹を紛らわせるために惰眠をむさぼっていたところで、このサメに起こされたのだ。
ああ、本当にむさぼりたかったのは焼き肉。この際、何肉だとか贅沢は言わない、ただ焼き肉が食べたい。
焼き肉の呼ぶ声に導かれるままに、焼き肉星にある焼き肉駅の鉄板ホームでカルビ行きの快速肉を待ちたいのだ。準急でもいい――
なるは、動きの止まったフタハに向けて、自分の携帯端末を向ける。思考解析アプリが画面に表示する「睡眠中」の文字。これは駄目だという顔を作ると、携帯端末から、サメへと視線を移した。
「サメは何が食べたいの? 私が用意してあげるね」
『ホットケーキ食べたい』
「そっかー。……おねえちゃん、何その顔?」
フタハは信じられないものを見るような目をしたまま、口をぱくぱくさせている。
思考解析アプリは、これを「届かぬ思い。すれちがう二人」と表現した。