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屋上の景色


 そして、現在――


 大停電によって静かになった百六町。その南側にある空白地帯を中心に、メジロは補給高度への降下を完了させた。


 百六町の南側に位置する旧百五町ことニューカイヅカからの砲火は、百六町に着弾する恐れがあるので使用できない。

 普段なら高度2千から8千メートルを縄張りに持ち、あらゆる飛行物体にケンカを売って回る野良ミサイルは、鳴りを潜めている。


 もはやメジロは野放し状態であった。


 フタハが操作する対空砲の操作盤は、予備バッテリーを食い尽くし、もう光を放たない。

 (そば)に置いてある電池式の無線機から、自前の発電機を備えている装甲防空飛行船に応戦させる策を提案するコウトの声と、飛行船の武装は自分の経営するホテルの屋上に移したと答える大将の声が、ノイズ混じりに聞こえてくる。

 ちなみに作戦本部であるホテルの電気は、停電後しばらく点いていたが、先程消灯したのを確認している。


 幽霊高楼の屋上から見える装甲防空飛行船は、新品の船体側面に"百六町商店街"と名前がペイントされ、風に流されないよう至る所から枝毛の様に生えているプロペラを回しながら、高価なアドバルーンとして、しなくてもいい仕事をいい感じにこなしているようだ。


 上空では、表面に幾何学模様に彫られた溝がはっきりとわかる程近づいて停止したメジロが、自身のちょうど真下にある周囲が白く塗られた、目と呼ばれる円形のハッチのようなものを開放して、中から小さな物体をわらわらと出してきた。


 メジロボットである。

 これは、メジロの体内に備えられた製造ラインが生み出す、高性能物資調達ユニットだ。


 丸っこくデフォルメされたバードの着ぐるみの様な愛らしい容姿を持ち、背中に背負ったジェットキャリアーを噴かしながら降下し、一羽また一羽と町へ繰り出してくる。


 目から蚊柱の様に降りてくるメジロボットの群れが時折ちかちかと光って見えるのは、アウトドア汚染によって、背負っていたジェットキャリアーが自爆。自由になった燃料がエキサイティングしているからだろう。


 メジロの持つ旧時代の技術は、アウトドア環境下でも、7割以上のメジロボットを着陸成功させている事からもわかるとおり、現代よりも遥かに優れたものなのだ!


 せこくお金を儲けるため、設計図にある材料や部品を減らす。

 それがバレないよう、分解された時や故障した時に作動する自爆装置を内蔵する。

 自爆装置が故障した場合に備え、周囲の自社製品に電波を投げてそちらの自爆装置を起動させる自爆誘発装置を付与する。

 周囲に自社製品が存在しなかった場合は、本社が自爆する。装置を外したらサポート対象外。


 このような事が日常的に行われている現代地上の工業製品を使っていたら、今頃大誘爆を引き起こしていただろう。


 ともあれ、メジロの買い出し降下作戦は無事成功した。


 フタハは対空砲の露天制御座席を降りると、「上着を持ってくれば良かったな」とつぶやき、幽霊高楼の屋上出入り口へと向かった。



 ばたむ!


 フタハが屋内に入ると同時に、屋上出入り口の扉が、砂包丁の月の風に押されて閉まり、余った勢いで内側のドアノブがからりと落ちる。


 防音性の高い気密扉なのだろう、吹き付ける風の音も、風にあおられて対空砲がきしむ音も聞こえなくなった。扉についている分厚い丸窓は汚れているため、外の様子はわからない。


 フタハは工具などが入った肩掛け鞄を床に下ろすと、ポケットから取り出した携帯端末の光を頼りに鞄から懐中電灯を探し出し、一度分解して照明強化装置が無いことを確認、再度組み立て、腕を伸ばして身体から離した状態で点灯させる。

 最近の懐中電灯は、本体を爆発させて必要以上に明るくする照明強化装置が付いているので、注意が必要なのだ。


 鞄を肩に掛け直し、光に照らし出される薄汚れた階段を、ゆっくりと降りていく。途中、つかんでいた階段の手すりがもげるというアクシデントに見舞われるも、無事、最上階である28階に到着した。


 とりあえず、朝食後になぜか渡された停電時のマニュアルに従い、28階から携帯端末でコウトに連絡を取る。


「避難終わりました」

「わかりました。電気が復旧してエレベーターが動くまでそこで待機していてください」


 どうやら地上では、メジロボットの襲来に備えて、商店街の人々が次作戦の準備を進めているらしい。"本日防空訓練のため休業します"と書かれたボードを持ってメジロボットを追い返すという、コウトが考案した作戦である。


 端末の向こうからは、「死んでも無血開城するなよ」という大将のパラドックスが聞こえてくる。



 ふぅ、と一息ついてフタハはソファーに腰掛ける。

 この人工皮のソファーは、かつてここが展望台として客を集めていた頃のもので、28階をぐるりと一周できる展望通路の窓側に向かって、いくつも設置されていた。


 古き良き時代の名残を感じつつ、ビル唯一の壁全面がガラス張りになった窓に目をやる。

 メジロによって日光が遮られている上に停電の影響もあって、真っ暗であった。


 なんとなく懐中電灯を窓に向けると、何年もかけて積もった灰色の埃が映り、晴れていても景色なんか見えそうにもない。背後の壁は、所々でカビが生き生きとしており、床は日の当たっていたであろう部分が色あせている。

 心霊スポットとはよく言ったものだ。



 いつ電力が復旧する見通しなのかを聞くために再びコウトと連絡を取ったフタハは、「可能な限り早めに復旧する」という、実質復旧のめどが立っていない状況を知る事となった。


「エレベーターはもういいんで、階段で降ります」

「そうですか。あまりおすすめできませんが、やむを得ないですね」

「階段くらい平気ですよ?」

「なるほど、それなら大丈夫でしょう」


 フタハはソファーから立ち上がると、携帯端末に送られてきた、幽霊高楼各階の見取り図を参考に、脱出を開始した。


 どうやらこのビルは、増築と改築を繰り返した結果、非常階段ですら連続していないという人食い構造になっており、降りる所を間違えれば上階に引き返す事も不可能になり得る、恐るべき建築物だった。


 最終増築部分の継ぎ目である23階に到達したフタハは、この階に下り階段が存在しないことに気づいた。見取り図には書かれているのだが、その位置には廊下の突き当たりがあるだけで、隠し階段のようなものも見つからない。


 しかし、フタハは見つけてしまった。

 普段使用している屋上行きエレベーターと中間エレベーターの入口が、向かい合わせになっている乗り換え場所のすぐ近くの床。そこに何がどうなってできたのかわからない、2畳ほどの四角い大穴が空いていたのだ。


 懐中電灯で照らすと、階下には先人が残したのであろう脚立(きゃたつ)が立てられており、ここを移動に使っていた事は明らかだった。


 意を決して、大穴から脚立上に飛び降りると、カシャンと音を立てて脚立が崩壊。フタハはしりもちをつき、"天板に乗るな"と書かれた、脚立の注意書きシールが宙を舞う。



 痛みと驚きから回復したフタハは、立ち上がって、電器屋と喫茶店と書店兼用の制服のスカートをはたきながら、ここ数日間しっかりと肉を食べたので、数年ぶりに体重が増加したせいだろうと満足気に頷く。


 ここまでもそうだったが、22階にも人の気配はなく、世界に自分だけが取り残されたような居心地の良さがあった。

 とりあえず、状況を確認するために懐中電灯で辺りを照らす。かつての屋上に出るための階段が、生成(きな)り色の天井に接続されており、当時行われた増築のいい加減さを今に伝えていた。



 フタハは、次に降りる人の事を考えて、その辺に置いてあった、空の金属製収納ラックを大穴の下に配置する。一息ついて携帯端末で現在地の確認すると、なぜか見取り図が空白になっている画面が表示された。

 左上に22階と書かれているだけだ。


「ん?」


 フタハが首を傾けても、表示が変わることはなかった。



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