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いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
吊り天井が落ちるまでにできること
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シャークの餌変身セット


 商店街のアーケードに閃光をまき散らしながら、降り注ぐビームのシャワー。


 ホワイトボックスのいぇぬびーによって生成された超科学が、宇宙コンバーター取り締まり捜査官の右手のひらから、オブシデアと名乗ったアーバンワイルドキャットに襲いかかる。


 オブシデアは、2本足でステップを踏み、フローリングに仕込まれた鴬張りをぴよぴよと鳴かせながら、最小限の動きでビームを避け続けた。


 ビームがなかなか命中しないので、捜査官は連射速度を上げるが、回避パターンと床の音階をつかんたオブシデアは、鴬張りを使って一曲演奏してみせ、観戦者達からは歓声が上がる。


「なんや、いぇぬびーってのはこんなもんか?」


 くるっとターンを決めたオブシデアの指摘に、いよいよ焦りを見せる捜査官。ビームの連射を止め、左腕も前に出してオブシデアに向けると両手が発光する。

 これが文字通り奥の手なのだろう。


「左も使えたんか。でも、ちょっと遅かったなあ。時間切れや。うちがただビームをよけてたと思ったら大間違いやで。後ろを見てみ!」


 そう言ってオブシデアは、捜査官の背後を指さす。捜査官が、観戦者達が、フタハが、オブシデアの指さした商店街の南出口を見る。


 南出口には、外の明かりが白く遠景を溶かし込んでいる、普段と変わらない景色が広がっていた。


「何もな……!?」


 何もないぞと言いかけて振り返った捜査官の目の前には、飛びかかったオブシデアが、今まさに必殺のネコパンチを繰り出そうとしているところだった――


「あ、あれは! アーバンワイルドキャットアーツ"猫隠れ"!」


「説明しよう! 猫隠れとは相手が目を離したすきをついて行動する技で、主に戦闘から離脱する際に使用されるが、シロソン流では攻撃の起点になるのだ にゃー!」


 ――のにオブシデアは、アーバンワイルドキャットアーツ好きの観戦者の発言に反応して、技を解説する為、攻撃をキャンセルして着地していた。


 オブシデアは、観戦者達の残念そうな空気など気にせず、なおも技の特徴や流派による差分の説明を熱心に続ける。

 その背後では、ネコパンチを回避しようと無理な体勢をとったために、首と腰に深刻なダメージを負った、捜査官が泡を吹いて倒れていた。



 フタハはこの戦いにいたく感心した。


 もしかしたらシャークも、首と腰にダメージを与えれば倒せるかもしれない。それがどこにあるのかはわからないが。

 などとフタハが真剣に考えていると、オブシデアからスプレー缶を手渡された。いつの間にか技の解説を終えて、路上での実演販売を再開していたらしい。


「そういうわけで、"数量限定耐ビームスプレー"は、命を狙われてそうな顔しているお嬢さんにプレゼントやにゃー! 気に入ったらそこの雑貨屋で大量に仕入れすぎて余っとるから()うたってにゃー」


 現実に引き戻されたフタハは、集まっていた人だかりの視線を一斉に向けられ、震える声で「ひ、人違いです」と言うと、限定個数が多すぎるプレゼントを持ったまま、商店街南入口に吹き込む風の様に走り去ってしまった。


「初対面やでー」というオブシデアのツッコミは届かない。




 フタハが走りに走って辿り着いたそこは、百六町商店街の中で最も高いビル。通称"幽霊高楼(ゆうれいこうろう)"だった。


 幽霊高楼は、百六町ができて間もない頃に建設され、歴史と文化と建築構造上の問題を数多く持っている。

 不気味な通り名は、かつてこのビルで起きた事故で亡くなった人の幽霊が出るという怪談と、5年程前から連続して起こっている不可解な事件が、うわさで伝えられていくうちに混ざってできたらしい。


 そんなビルの1階にある電器屋は、右隣の大きな書店と、左隣のかつて居酒屋だった空きテナントと共に肩を並べて、上階の中央に積んだ喫茶店の土台となっている。フタハがコンビニ以外で立ち寄ることができる、数少ない店舗の1つだ。


 フタハは、薄暗い商店街の中でひときわ目立つ店内照明に誘われて、入口に近づく。自動扉が開き、人の姿が見えないのに賑やかな雰囲気を作り出す、BGMが聞こえてきた。


 店内へ足を進めると、広告チラシの中に迷い込んだような空間が広がっていた。こういうごたごたした場所にいると、落ち着くのはどうしてだろうか。

 そんな事を考えながらフタハは、入口付近の棚を制圧している、人が乗って回れない、5%ポイント還元付きのコーヒーカップを眺めていると、ふいに声をかけられた。


「上の喫茶店が大量に仕入れすぎて余った分を、少量引き受けたんです」

「ひっ! ……店長?」


 首を傾けたまま棚の前で硬直していたフタハにそっと声をかけてきたのは、電器屋の店長だった。

 店長は準2等市民らしい絵に描いたような背の高い爽やかなお兄さんだ。

 "コウト"と書かれた名札が、黒地に黄緑で店のロゴが入ったエプロンに付いている。これは、彼が購入された年に製造技術が復活した蛍光灯から3文字とって、前の店長に名づけられた名前だそうだ。


「はい。今日は何をお探しですか?」


 フタハはあごに手を当てて、しばらく考えてから注文を出した。


「シャークと戦う為の武器」


 コウトはいい笑顔で「商店街南口の武器屋をご利用ください」と答えるが、南口にはもう戻れない。

 困り顔で目をそらすフタハを見て、首を傾けるコウトのきれいな銀髪が店内照明を反射して輝く。アウトドア汚染で色落ちしたフタハのものと遠目には似ているが、まともな照明の下では明らかに光沢に差が出ている。


 実のところ、フタハがこの店でおかしな注文をするのは珍しい事ではなく、まともな買い物に来るほうが少ない。この前も1000TARAI未満で購入可能なシャーク用キャリアーという、小銭で家を買うような注文をしてきたばかりだった。


 フタハは一度頷いてから顔を上げると、小動物が威嚇するかのように爪先立ちで背伸びして、新たな注文を告げる。


「じゃあ、シャークと戦うのに使えそうなものを!」

「かしこまりました」


 身長差は埋まらなかったが、気迫は伝わったのか、はたまた武器でなければ問題はないのかはわからないが、コウトが食器棚の隣の棚に何本か立てかけられている酸素ボンベのうちの1つを取り出す。

 フタハは、電化製品以外の物が出てくるとは思わなかったが、なるほどと手を合わせて頷き、シャーク退治における必殺の武器を出してくるあたりはさすがだと、コウトを褒める。


「どのように使えば武器になるのかはわかりませんが、向かいのダイビングショップが閉店した際に、少量引き受けたんです」


 そう言ってコウトは、酸素ボンベに加えてシュノーケルと足ヒレを用意し始めた。

 フタハは、はっとした表情を浮かべる。


 これは……これはだめだ!

 シャークに水中戦を挑む事が想定されている!


 無情にも、両手で顔を覆い隠して天井を仰ぐフタハの前には、"シャークの餌変身セット"が出そろった。




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