宇宙コンバーターとアーバンワイルドキャット
フタハには収入のあてがあった。
行き倒れ通報業。
それは、地上の過酷な環境に耐えきれずに行き倒れた"市民"を発見し通報するだけという、地上市民であれば資格不要の仕事だ。
報酬は行き倒れの所持金の1割で、この"所持金"には携帯端末に登録された仮想通貨の"TARAI"も含まれる。そのため、不用意に地上に出た富豪のなれ果てを見つけて、富豪になった者もいれば、行き倒れを探している間に自分がアウトドア汚染によって倒れ、文字通りミイラ取りがミイラになるケースも珍しくない。
そんなリスクとリターンが表裏一体となったこの仕事は、常に死と隣り合わせの地上生活ですら退屈に感じてしまう上級者向けの、狂気とロマンに満ちあふれている一方で、消息不明となった者を地上まで探しに行けない親族からの要望や、地上環境研究のサンプル回収依頼など一定の需要があり、意外と社会貢献度が高い。
フタハはこのような仕事があるという事を、つい最近テレビで見て知ったのだ。
行き倒れなど外を歩けば1人くらいは見つかるものなので、回収業者とのコミュニケーションを除けば楽勝だ。そう考えていたフタハの顔が曇るのに時間はかからなかった。
"探しているときに限って見つからない法則"は行き倒れにも適用されるらしい。携帯端末の時計表示を見ると、残された時間はもう1時間を切っている。
アパートを出発した時、サメはフタハが間に合いそうにない場合は家賃を用意すると言っていたが、シャークが一体どんな手を使って用意するというのだろう?
フタハの脳裏に恐ろしい考えがよぎる。
サメが家賃を用意してしまった場合の事だ。もしそんな事になったら、もうどちらが飼い主なのかわからないではないか。
今でこそ従順に飼い主の言うことを聞いてはいるが、所詮シャークである。
フタハの事なんてきっと"喋る人肉"程度にしか認識しておらず、下克上の暁には、大きなプレートで焼いて塩コショウの味付けで美味しく食べられてしまうのではないだろうか。こってりした焼き肉のタレも捨てがたい。
このままではだめだ! 早くシャークと戦う武器を探さなくては!
当初とはかなり違う形で考えのまとまったフタハが足を止めたのは、しばらくしての事だった。その目の前には、最近の百六町商店街としては珍しく、人だかりができていた。
つい先程まで居候ラット一匹見当たらなかったのに、一体何のイベントだろうか? これといって興味はなかったのだが、いい現実逃避になりそうなので、フタハは少し覗いてみることにした。
人だかりは、1人のスーツ姿の男と1匹の黒いキャットを中心に出来上がっていた。
男は、シャボン玉にも似た奇妙な光沢を見せる黒い耐ビームスーツに、黒い耐環境サングラスという何とも不審な格好。
キャットの方は、標準的なキャット用翻訳機のスピーカーが付いた、首輪を身に付けていない。おそらくアーバンワイルドキャットだろう。
アーバンワイルドキャットは、翻訳機に頼ることなく人語を使い、野良でありながら町で市民達の生活に溶け込んで暮らすキャットの事だ。
そして何故か、人だかりの周辺の地面だけが商店街標準の地味なアスファルトではなく、お洒落なレンガタイルになっており、野次馬達は口々に「いぇぬびーだ」「都市伝説ではなかったのか?」「州政府の陰謀だ」などと騒いでいる。
フタハは自分がシャークに命を狙われているのも、州政府の陰謀で説明がつきそうな気がしてきた。
「その宇宙コンバーターを渡して、害獣対策委員会まで来てもらおう」
そう言った不審な男は、手に持つ携帯端末の画面をキャットに向け、そこに身分証を表示した。
彼は世界動物労働協会の直下機関である害獣対策委員会保安部に所属する、宇宙コンバーター取り締まり捜査官だったのだ。
宇宙コンバーター取り締まり捜査官は、宇宙コンバーターと関係者を回収し、関係者は害獣対策委員会に、宇宙コンバーターは闇市に流して儲け、また回収する機会を作るという、素晴らしく儲かる職業だ。
間違っても本来の業務どおり、宇宙コンバーターを害獣対策委員会に届けたりするような人材はいない。
つやのある黒色の毛並と黄色い目がなんとなく栗羊羹を連想させるキャットは、2本の後ろ足で立ち上がると、両前足で腕組みをしたまま、証明書を覗き込む。
「なるほどにゃー、なんで床の張り替え装置なんか厳重保管してんのや思たら、これがいぇぬびーの箱ってやつか」
そう言いながらキャットは、どこからともなく取り出した、1辺3センチくらいの黒い立方体を両前足を使ってリフティングする。
宇宙コンバーターだ。
みしたも化した6枚の金属板を組み合わせて作られた、いぇぬびーの力を比較的安定して発生させる装置。裏社会では、旧時代に作られた同名の最終兵器にちなんで、"いぇぬびーの箱"とも呼ばれている。
ちなみに、ユーラシア第1州の州都ニューチェンマイに本部を置く、害獣対策委員会に連行されて帰ってきた者はいない。
フタハはまるで映画のような展開に、人ごみの後列からいいぞもっとやれと、1人と1匹に心の中でエールを送った。
「うち今実演販売で忙しいねん。これやるから、さっさと帰り。アーバンワイルドキャットアーツのサビにはなりたくはないやろ?」
捜査官は、キャットが投げた宇宙コンバーターを受け取ったが、本当に連行する気なのか、立ち去る気配がない。
通常、アーバンワイルドキャットアーツを習得した相手に1人で挑むのは、たとえ強力な武器を持っていたとしても危険である。
だが、捜査官はサングラスを外し腰のポケットしまうと、入れ違いに1辺3センチくらいの白い箱を取り出した。
「待てや、それ、いぇぬびーの箱やろ、そんなん出してええんか?!」
「我々の"ホワイトボックス"は、宇宙コンバーターのような危険物ではない」
捜査官は自分の携帯端末の画面に、装置の安全証明書を表示させる。
ホワイトボックス。
これは害獣対策委員会によって開発された、携帯いぇぬびー兵器である。
具体的には、みしたも化した6枚の金属板を組み合わせて作られた、いぇぬびーの力を比較的安定して発生させる装置を、白く塗っただけの代物だ。
ただし塗装前のものと違って、著名な研究者や大学教授によって発行された、安全証明書が付いている。つまり安全なのだ。
安全証明書を確認した野次馬達は、科学的で安全ないぇぬびーなら大丈夫かと安心し、捜査官の指示に従った。
アーケード出口側にいる捜査官とその反対側にいるキャットの後方にいた者達は左右に分かれ、人だかりができる前まで道であったところに、道が出来上がる。
捜査官が満を持してホワイトボックスを掲げると、いぇぬびー崩れ発生時特有の本能的な恐怖をそそる音と共に、科学的で安全なみしたも放射が、掲げた右腕から電光のごとく体を伝い、地面に到達、レンガ床をフローリングに組み替えていく。
捜査官が再びその手を開くと、そこにホワイトボックスは存在せず、代わりに黄色く輝く光線が放たれ、キャットの足元のフローリングを貫いた。
炭化した木の香りが辺りを包む。
「……ええやん。相手にとって不足無しやな。集まってくれたみんなには悪いけど、実演販売は一時中断にゃー」
足元の焦げ目から視線を上げたキャットが不敵な笑みを浮かべ、半身に構えると両前足を格闘家の如く展開する。
「シロソン流アーバンワイルドキャットアーツ、オブシデア。いざ参るにゃー!」




