表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
邪教の改造生物は闇夜を駆ける
12/32

かみはしんだ


 奇襲に気付いたフタハは、対獣ショットガンで身を守るように構えた。

 カメレオンのするどい舌が槍のように突き出される。


 ガリガリガリッ!


 嫌な音を立てて、耐環境強化プラスチック製の銃身が、破片を散らす。

 上体を反らして頭への直撃を防いだフタハは、そのまま体をひねって対獣ショットガンで舌を右側にどけると、ぐるりと一回転。遠心力を加えた一撃をハリセンに込めた。


「なんかしゃべれ!」


 ぱっしぃぃぃん!


 カメレオンは筋肉で語ろうと思ったのだろうか、ダブルバイセップスポーズで落下する。その姿が舞い上がる土ぼこりに消えると、どよめきが起こる。

 同時攻撃からの奇襲は、彼らにとって会心の策だったに違いない。


 フタハが対獣ショットガンを持って、正面側のカメレオンたちの前に現れると、7匹のカメレオンが1歩後退し、駆け寄ってきた8匹目と円陣を組んで作戦会議? を始める。


 あきらめろと願うフタハをよそに、カメレオンたちは再び向き直り、コンテナを取り囲んだ。


 フタハの頬に汗が流れる。実は先程の攻撃によって唯一の武器である対獣ショットガンは"く"の字に折れてしまい、今は左手で折れた箇所を隠している。

 右手は対獣ショットガンの副兵装である"ショットユニット"の引き金を、繰り返し引いている。


 しかし、銃口から野良生物が嫌がる低周波を出す、"エクスターミネータ"というショットユニットの効果は表れない。

 元から気休めの機能なのか、折れ曲がったことによって故障したのかは定かではないが、もっと早くに試しておくべきだった。


「将を射んと欲すればうまうまぺろぺろ」


 そろそろ慣れてきた珍妙な掛け声に合わせて、8匹のカメレオンが舌をムチのようにしならせ、コンテナの辺に沿ってなめ滑らせる。

 すると、直方体だったコンテナは組み立て前のペーパークラフト様に平面化し、上に乗っていたフタハは着地にこそ成功するものの、再びカメレオンたちと同じ視点に立たされた。


 文字通り八方ふさがりとなったフタハに、1匹のカメレオンが近寄る。


「おねえちゃん ぺろぺろ」

「お前に、おねえちゃん呼ばわりされる筋合いはない」


 フタハにじとりとにらみつけられながら、ハリセンを額に突きつけられたカメレオンは、何故か礼を言いながら元の配置に後ずさる。残りのカメレオンたちは顔を見合わせると、1匹目に続き一斉に「おねえちゃん ぺろぺろ」を唱和する。


 わずかな不協和音にフタハが気付いた時、意思統一できなかった一匹が隣のカメレオンに平手打ちを貰っていた。うっかり「幼女ぺろぺろ」と唱えていたのだ。


 ああ、真の自由は完全な個になるまで手に入らないのだろうか。


 そんな光景に思わず左手を伸ばして待ったをかけたフタハの、対獣ショットガンを持つ右手が軽くなる。折れ曲がった銃身は限界を迎え、ハリセンを付けた(まえ)半分が取れて、二次元化したコンテナの上に音を立てて落ちたのだ。


 フタハの右手に残ったダイエット済み対獣ショットガンが、カメレオンの注目を集める。


「あ」


 音源を見つめるフタハの目にはもう光がない。対獣ショットガンの後ろ半分を力なく落とすと、8匹のカメレオンが前進を始める。


 フタハが見上げた夜空に浮かぶ人工月の輪郭がはっきりしないのは、分厚い雲のせいだろうか、それとも……



 突如として(まぶ)しい光が視界を奪う!


 電動モーターサウンドをクレッシェンドさせながら、一台の全自動車が、狙ったかのようにコンテナ跡に飛び込んできたのだ。

 弾かれたようにその場を離れるカメレオンたち。


 大胆にタイヤを滑らせながらフタハのすぐ前で停車したそれは、サメと買い物袋を奪ったあの全自動トラックだ。


 ロービームに切り替えられるヘッドライト。

 フルフラットの荷台から顔を出したのは、連れ去られたサメだった。

 トラックの荷台側面に付けられた液晶タッチパネル操作盤には、"不正なアクセスが解除されました"と表示されている。


「あの後、こいつごと沼地にはまったところを、通りかかったトラクターのおっさんに引き上げられてな。ついでに連絡取ってもらおうと思ったんだが、通じないときた」


 フタハは、一晩に3度もはまったシャークは自分くらいだと誇るサメに、連絡が通じなかったのは、携帯端末のバッテリーが切れていたからだ伝える。


 なるほどと納得したサメは、離れたところから様子をうかがうカメレオンと、フタハの足元に転がる2つになった対獣ショットガン、てへぺろ と表示される電光看板を一通り確認し、大体の状況を察した。


「……泣くなよ、前報酬分は働くから」

「泣いてないし、前報酬なんてあげてないし、ワサビをつけるまでは無罪って言った」


 そう言って服の裾で顔を拭くフタハを見て、強い小動物だとサメはつぶやいた。



 時間の経過とともに、徐々に全自動トラックを囲むように集まってくるカメレオンたち。こうなると急発進したところで、一斉に襲い掛かられたら無装甲の全自動トラックなんかプリンも同然である。


 サメは、不安げなフタハにまかせろと言うと、荷台の買い物袋の中からコンビニ店員に貰った、袋入り飴を取り出した。


「そいつを囮に使う。出来るだけ遠くに投げろ」

「わかった」


 要点は2つ。全てのカメレオンの意識を飴に向けることと、可能な限り距離を取ること。

 フタハは飛距離を出すために袋入り飴のチャックを開けると、駐車場に転がっていたこぶし大のアスファルト片を詰める。

 そして荷台に上がると足を肩幅に広げ、飴とスファルト片の入った袋を胸の前で持って、背筋を伸ばすとイベントを開始した。


「カメレオン注目~!」


 たとえ意志が通じなくとも言葉が通じるというアドバンテージは大きい。呼ばれたカメレオンたちは荷台の上のフタハを見上げた。そして、その目線は自然と飴に向けられる。


 カメレオンたちが飴に食いついたことを確認すると、フタハは右手を目一杯伸ばして飴の袋を掲げる。


「これはなんだーっ!!」

「「「飴ーっ!!」」」


 見れば駐車場の電光看板にも、あめ と書かれていた。

 なんだこれはと困惑するサメをよそに、フタハは続ける。


「そうだ! では、飴とは何か!」

「!?」


 どういう事だとフタハを見上げるサメ。もちろん答えは決まっている。


「「「飴 イズ ゴッド!」」」


 1人と8匹の声が見事に重なる。


「「「飴 イズ ゴッド!」」」

「「「飴 イズ ゴッド!」」」

「「「飴 イズ ゴッド!」」」


 電光看板も、あめ いず ごっど を連続スクロール表示する。

 繰り返される邪神賛美にめまいを感じつつ、サメは胸ビレで十字を切った。


「神は満ちた! 祝福が欲しければ――」


 ここでフタハは荷台の端まで後退すると袋の中に詰めたスファルト片を強く握って、大きく振りかぶる。

 そして、


「とってこーい!」


 荷台の上で助走をつけてから思いっきり投げ放つ。飴の入った袋は大きな放物線を描きながら飛翔(ひしょう)


 駐車場の照明に照らされて宙を舞う飴の袋を、フタハが、サメが、カメレオンたちが、入口の監視カメラが各々の目で追いかける。

 飴の袋は駐車場のフェンスを越え、隣の空き地のちょうど真ん中あたりに軽い音を立てて落ちた。それを確認するや否や8匹のカメレオンたちは一斉にフェンスに向かって駆け出した。


「サメ、今のうちに!」

「まかせろ、サハラ仕込みのドライビングテクニックを見せてやる!」


 目的地を入力するだけの全自動車において、一体どんなドライビングテクニックがあるというのか。


 サメは荷台内側側面の液晶タッチパネル操作盤を、ぺしぺし叩く。しかし残念なことにサメのヒレはタッチ操作に向いていないらしく、目的地設定ができない。

 しばらくするとあきらめたのか、サメは監視カメラに向かって胸ビレを振った。



 もとめよ さらば あたえられん と表示していた電光看板の表示が、おーらい に変わる。

 全自動車の操作盤には目的地としてアパート正面にあるホテルが指定され、モーターが始動、方向指示器がウインクする。


 静かに回りだしたホイールは2回転程して静かに止まり、モーターが沈黙、方向指示器が消え、ハイビームが数回明滅して消灯。操作盤の液晶バックライトが落ち、一瞬電池のようなマークが見えたかと思うと、すぐに液晶表示も消える。


 フタハとサメは荷台の上で顔を見合わせた後、電光看板に目をやる。


 でんちぎれ かみはしんだ


 哲学的なメッセージが詰みを告白する。

 1人と1匹と1台がそのまま首を90度回して見ると、フェンスの上に1列に並んだ8匹のカメレオンが、水泳競技のスタートよろしく、一斉にジャンプしたところだった。

 そして、


 ばさっ! ばさっ! ばさっ! ばさっ! ばさっ! ばさっ! ばさっ! ばさっ!


 1匹たりとも再び大地を踏むことはなかった。


 空き地だと思っていたフェンスの向こう側は地上畑だったのだ。

 冷静に考えればその可能性は十分に考慮できたはずである。しかしながら戦闘で体力を、邪神賛美で正気を消耗していた彼らは、気付くことができなかったのだろう。


 1人と1匹と1台が見つめるフェンスの向こうでは、8本の食獣植物がもごもごと動いている。

 地上農業再現の日は遠い。



「帰ろうか」


 フタハの声にサメが黙って頷く。

 東の空は気が早いらしく、もう夜明けの準備を始めていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ