表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
邪教の改造生物は闇夜を駆ける
11/32

吠えろ対獣ショットガン


「ほこりっぽいアスファルトの寝心地は落ち着くなぁ」


 少し余裕の出てきたフタハは、その落ち着く理由が、自分の部屋の汚れ具合とよく似ているからだと気づき、帰ったら久々に掃除機を引っ張り出そうと決意する。

 生きて帰らねば。最低でも昨晩の録画を見るまでは死にきれない。なにせ2等市民の残機は0なのだから。


 フタハは再び立ち上がった。


 遠くから踏切の音が聞こえてくる。

 辺りを見渡すと、相変わらず空き地やらがれきの山やらの中に、数えるほどの家屋が立っているのがわかる。すぐそばにある空き地は、どうやら駐車場のようだった。


 駐車場には、中央にトレーラーのコンテナが放置されているくらいで、車は1台も停まっていない。入口には小さな四角い管理小屋があった。そのすぐ横では、青背景に黄色で"P"と書かれた背の高い一本足の両面電光看板が、光を放ちつつ見下ろしている。

 いや、見下ろしているのは看板の下部に取り付けられた古い型の防犯カメラだろう。その証拠に電光看板はPマークを消して、白背景に赤文字のスクロールでフタハに労いの言葉をかけてくる。


 おねえちゃん いま ぞんび っぽい


「だれがゾンビだ」


 フタハにやや呆れ顔でにらまれた電光看板は、長方形の枠だけを残し背景表示を消して青の光をウェーブさせる。


 ちかくで かぎの はずれる おとが する


 どこかノスタルジーを感じる誘導の先は管理小屋だろうか、フタハがその入口に近づくと、ほこりを散らしつつ扉が横にスライドした。



 小屋の天井に付けられた小さな電球が、フタハの侵入を感知して、面倒くさそうなノイズを響かせながら仕事を始める。


 明るくなった室内には、椅子と机に卓上扇風機、それと監視カメラのモニターに、あとはロッカーくらいしか見当たらない。


 フタハは迷うことなくロッカーを開ける。中には、防犯用だろうか、対獣ショットガンが立てかけてあった。

 よく見るとロッカーの上段では、パック入りの寿司が乾いている。


「寿司が渇いている……」


 フタハはそのあまりも冒涜的(ぼうとくてき)な光景に目を覆った。一体何がどうしてこんな事になってしまったのか。寿司を乾かすだなんて、あんまりではないか。


 短く黙とうを捧げると、ロッカーと言う名の棺桶の中から、形見の対獣ショットガンを取り出す。

 旧時代の猟銃を思わせる見事な造形だが、火薬式銃の製造方法が失われた現代においては、見かけ倒しでしかない。


 フタハはこれを机の上に置くと、ロッカー下段の奥から対獣ショットガンの本体と言うべき、文字が書かれていない特殊素材の取扱説明書を取り出し、山折りと谷折りが交互に書かれてた折れ線に沿って器用に畳んでいく。


 その形状でもって使用方法を語りだす説明書の持ち手を、着扇装置付きグリップで挟み込む。

 着扇装置を銃の先端下部に備え付けられた専用のマウントに接続して、マウントごと90度ひねる。これで、銃口と扇状の本体が並列配置で固定され、なんとも禍々しい対獣ショットガンの完成である。


 フタハが対獣ショットガンを胸の前で縦に構えると、真剣のような光沢をもつ特殊素材のハリセンが、電球の明かりをきらりと反射させた。



 赤色の光を絶えず点滅させる踏切の警報機に、コミカルな頭部を立体的に照らされ続けたカメレオンたち。ついに決断の時が来た。

 この踏切はバグっている。それは彼らの面白い頭でも理解はしているものの、本能が、鳴り響く警報音に、今一歩踏み出す事をとどめている。


 8匹で遠慮し合う中、一匹のカメレオンが声を上げた。


「踏切に入らずんばぺろぺろを得ず!」


 前列中央にいたその一匹を、左右の3匹と後列の4匹が覗き込み、同時に頷いた。


「注意一秒、怪我ぺろぺろ」


 と掛け声をかけて遮断機を前列4匹が前足で持ち上げると、その間を後列4匹が潜り抜けて、生い茂る雑草の先の遮断機に取りつく。

 今度は前列4匹が2本目の遮断機をくぐり、少し進んだ先で止まり、追いついた後列と一緒に隊列を縦一列に組みなおす。

 いいチームワークだ。


 人工月に照らされた8つのシルエットが、フリルドリザードのようなステップで謎の追跡を開始した。


 ゆっくりと散歩していればフタハにも見られただろう、ユーラシア第4州は大京都島、外々京都の西中央区、その区内最大の都市であるニューニシノミヤの街明かりによって、遠くに見える丘と空の境界線が赤く輝く。

 今夜はまるでミサイルでも着弾したかのように一段と赤い。


 そんな光景を横目に、道を行くカメレオンの隊列は、広い空き地の前で足を止めた。


 吹き込んだ風に砂ぼこりが巻き上げられると、痛んだアスファルトと停車位置を示す白線が姿を現す。彼らの頭上で、ぱっと点灯した電光看板はここが駐車場であることを示し、続いて敷地内の鉄柱に付けられた照明が一斉に点灯。


 照らし出された駐車場中央のコンテナ上には人影が一つ。

 今宵彼らの死神となるであろう灰白色の髪が風に揺れていた。



<カメレオン:世界>

 ――彼らはごく普通の清掃員だった。この時代において極めて安定した生活を送っていたのだが、井戸の中の快適さは井戸の外のフロッグにしかわからないものなのだろう。安易な地上デビューの末、市民権を失い、アウトドア汚染によって、脱落したものを片付ける日々に刺激を感じなくなっていた。


 そんなある時、気付いたのだ。支配者の言う幸福とはただのすりこみでしかなく、支配者の言う自由は支配者の存在を無視できない、それは彼らの望むものでは無いという事に。つまり支配者など無視して自由にぺろぺろしたいのだと。

 そしてそのための力は、改造生物である彼らの体には備わっていた。


 初めて飛び出した町の外は広大で、彼らが今まで生きてきた世界が、いかに小さかったのか思い知らされた。

 そこはユートピアでもなく、ディストピアでもなく、支配者や被支配者が生み出すちっぽけな定義に収まることのない"世界"だった。

 多種多様な野生生物、未だ地上をさまよう旧時代の自動兵器、なんだかよくわからない謎の物体、なんだかよくわからない謎の物体のような物体、様々なものを目で見て舌で感じた。こんな自由がずっと続くと思っていた――



 ぺちぃぃぃん! どさっ!


 コンテナを登ろうとしていたカメレオンの1匹が、いい音を立てて叩き落とされた。形状記憶合金のようにショット時の変形を戻す蛇腹(じゃばら)の厚紙は、軽く上下に揺れながら次の獲物を手招きする。

 高さ約2.5メートルのコンテナ上にいる獲物に、カメレオンの舌は届かない。だが、彼らはジャンプして両手(両前足?)をコンテナにかけると、後ろ足の爪を壁にたてながら登ろうとしてきたのだ。


「旧式ディスク以外なら何でも再生可能な最新型映像ディスク再生機、今なら旧式ディスクを3枚つけるのでぺろぺろさせてください」


 何やら面白い事を言いながら肘をついてコンテナ上に半身を出したカメレオンの頭部に、フタハは対獣ショットガンの先端に付けられたハリセンを叩きつける。


「なんでやねん!」


 ぺちっ!


 世界動物労働協会が推奨する対獣ショットガン使用時の掛け声が響き、叩かれたカメレオンはコンテナから両手両足を離し、大げさなポーズを取りながら落下する。いいリアクションだ。


 これは別に漫才をしているわけではない。

 ショット時の掛け声が「喰らえ」や「くたばれ」だと動物を虐待(ぎゃくたい)しているみたいに見えるという世界動物労働協会の指摘に、害獣対策委員会が「なんでやねん」という掛け声を採用した結果なのだ。そして、被弾時にいいリアクションを取ってしまうのは、ハリセンだからに他ならない。


「すごい。すごいパワーストーンです。ぺろぺろすると消えてなくなりました」

「なんでやねん!」


 ぺちっ!


「ぺろぺろで病気が治り、宝くじに当たり、彼女ができました」

「なんでやねん!」


 ぺちっ!


 フタハが正面左右から現れた2匹を続けざまに叩き落とすと、電光看板の駐車場内から見える裏面には、赤文字で DOUBLE KILL の表示がスクロールする。


 死んではいない。


 フタハはこの戦術をパターン化し、次々とカメレオンを撃墜しながらふと、昔ゲームセンターでやっていた旧時代機キャンペーンで、こういう爬虫類をハンマーで叩くゲームがあったなあと思い出した。

 残念な事に動物虐待を理由に数日で撤去されて遊べなかったが、こんな感じだったのかもしれない。


 カメレオンたちも、全員が2通り叩き落とされる頃には、1匹ずつ上ったのでは各個撃破されてしまうと気づいたのだろう、次のカメレオンは息を合わせて2匹同時に上がってきた。


「昔……ラビット……ぺろぺろしたときの話……します」

「昔、こいつにラビットと間違われた話、します」

「別視点かっ!」

 ぺしぺしっ!


 対獣ショットガンを大きく横になぎ払う事で1度に2匹を張り倒す。さすがはショットガン。密集した複数の敵を相手する事ができるという、ゲームの評価は正しかったのだ。


 フタハがどうだと言わんばかりに電光看板を見ると、


 おねえちゃん うしろ うしろ


 と文字が流れ、フタハが振り返ると、2匹を(おとり)に背後からコンテナに上がったカメレオンが、今まさにその舌を伸ばしてくるところだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ