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いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ  作者: 新道・アラン・エイネン
いぇぬびーの箱と消えたシベリアウルフ
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シャークアタック


 いぇぬびーとは「いずれたどり着くもの」という意味の外来語である。

それをもたらしたものも、受け取ったものも、今はもういない。

世界は旧時代の文化を取り戻しつつあり、かつての街並みを再現するまでになった。





 がうがうと(うな)りを上げる高々速回転装置こうこうそくかいてんそうち

それを荷台に乗せたトラックが、小刻みにゆれ動く様は、まるで恐ろしいうめき声に、震えているようにも見える。


「まあ、ダメだったら返品ということでー」


 装置の中身は、すでに返品できる状態を超えてしまっているのではないだろうか。

そもそも事の始まりは……




 フタハは人づきあいが嫌いである。そういう事にしている。

 フタハはここのところ大学に顔を出していない。現代社会病のフリをしている。

 フタハはあまり外出しない。深夜にコンビニへ買い出しに行く時を除いて。


 フタハはベッドの上で仰向けになると、午後3時半の青白い空を見上げた。曇りがひどい。

 右手でリモコンをつかみ軽く左右に振ると、庭に仕掛けた観天カメラのレンズに洗浄液がかけられ、内蔵されたワイパーがプロジェクターを介して、暗い部屋の天井に青空を描き出す。


 そんな空を眺めていると、この世界の全ては映像で、自分はどこか違う場所で自分を忘れて、映像世界の住人になりきっているだけのような気がしてきた。

 いいかげん目を覚ましてほしいものだ。フタハは外界の自分にメッセージを残して目を閉じる。まぶた越しに薄明かりが注がれるやさしい暗闇に包まれた。



 都市部からモノレールで15分、最寄駅からのびる大通りが、地元の商店街を垂直に貫通する交差点付近にそびえる、大きなホテルの裏側。区画の中央にあり、どの通りにも面していない空間。


 そこにある小さな2階建てのアパートは、数10年前の小震災(しんどに)によって崩れて以来、片づけられないままになっていたマンション(やばいやつ)の上に建てられ、3方をコンクリートの壁に、1方を隙間の空いたコンクリートの壁に囲まれている。


 表には、いつ抜けるかわからない瓦礫(がれき)だまりの庭。得体のしれない植物群が、アパート正面にある、滅多に人が映らない(テナントがらあきの)オフィスビルの窓に反射し、さらに背面のホテルの白い壁を経由して届く日光で、生物工学を試している。


 裏にあるデコーブキャット(ねこのひたいほど)の駐輪スペースは、隣にある立体駐車場の2階に直結されており、実質この通路がアパートの出入口となっている。


 以前は、地下ダンジョンもとい崩れたマンション跡から、ホテルと隣接するビルの間を抜けて、1mばかりの正面玄関へと通じる道が使われていた。が、現在は誰も通らない。

 余談だが、この正面玄関のチャイムが鳴るとき、7匹のクリオネと共に世界の終末が訪れるらしい。



 キリリリリリリ……


 チャイムが鳴った。

 もちろん正面玄関ではなく、フタハの部屋のチャイムである。


 フタハは無視を決め込む。アパートの住人は、用事があるときはドアノックを行うと決めているのだ。チャイムを鳴らすのは、招かれた客でなければ、気のせいである。


 誰も招いていないフタハにとって、それは間違いなく"気のせいで"あった。

 気のせいは、数回チャイムを鳴らした後、小さな足音を残して去って行った。


 身構えていたフタハはため息をつき、改めてこの部屋が鉄壁の守りと強固な防衛システムによって形成された、フタハのための聖域であることを確認すると、目を覚ます努力という名の惰眠を再開した。



 一方アパートの外では、難攻不落(なんこうふらく)の聖域に侵入する為に登場した"気のせい"もといちびっこが、アパートの正面側に並ぶ、転落防止手すりの付いた大窓を見上げていた。


 このちびっこは、フタハが2年前に豪邸の窓拭きバイト中に出会ったお嬢様で、フタハは「なるちゃん」と呼んでいる。

 ノーチラス(オウムガイ)のようなラッパを持ってきて「鳴るー」と言って、フタハに見せた事があだ名の由来だ。その触手は動いていた気もするので、実はノーチラスを鳴らしていたのかもしれない。


 そんな彼女の最大の特徴である長い黒髪は、中ほどで左右に分かれ膝辺りで水平に大きく3回巻いている。この奇妙なおしゃれは、アパートの部屋の中を歩き回ったり、きたない床に寝転がったりしているうちに徐々にほどけ、帰る頃にはすっかり部屋のほこりを吸収して、灰色に染まってしまうので、よく掃除された広く大きいおうち用の髪型なのだろう。


 一方フタハの髪は、ミディアムを若干通り越し半端に伸びた灰白色(かいはくしょく)で、ほこりっぽい部屋の中でいい感じの保護色として機能し、視覚的な狭さまで軽減させるという適応性を見せていた。


「だからもう無理してうちに来なくていいよ」


 そう勧めたフタハに、なるはこう答えた。


「いやだよ? この髪もおねえちゃんの小屋に遊びに行くために、2回転分切ってきたんだから」 


 既に無理している。


「ていうか小屋いうな」

「だってこの家、6部屋しかないんだよ」

「いや、1R(ワンルーム)のアパートだから」

「……すごいね!」


 そんなやり取りをしたのは、先月の事だろうか。


「先月、緑ウサギの月の7日です。それ以後どなたの訪問記録もないだなんて、精神衛生上大変危険です」


 なるは、フタハ宅の訪問記録が表示された携帯端末を、スカートのポケットにしまいつつ、モノローグを細かく訂正した。


「ですがご安心ください皆様。本日は素晴らしい先生にお越しいただいているのです。それでは先生お願いしますー」


 そう言ったなるが右手を高く挙げて合図すると、立体駐車場の屋上に数日かけて配置した高性能大型クレーンが、蚊程の音も立てずに鉄球をアパート2階中央へと送り出す。


 大きな引き違い窓のガラスは、飴細工(あめざいく)のように薄い。鉄球の直撃を受けると、コンタクトレンズを踏み潰したよう悲鳴をあげ、無数のガラス片へと姿を変え、その内側を覆う使い古されたカーテンに抱かれた。


 目標の状況を確認したなるが、満足気にうなづく。

 続いて、2台目クレーンが、設計者の意図とは異なる方法で開放された窓の前まで、目的の荷物を運ぶ。


 荷物は勢いよく室内に飛び込み、事前の打ち合わせ通り、床に置かれた座布団に頭から着地すると、ごろんと横になり部屋の中を見渡した。



 同時刻、アパートの室内側。


 ベッドの横に置かれていたアウトドア計が、溝住まいのウィーゼル(イタチ)を締め上げたような警告音を発し、睡眠導入中のフタハを空中へと打ち上げた。


 フタハは、よもや聞くことはないと思っていた音に青ざめると、今この瞬間も室内に流入してくるアウトドアから身を守るべく、防毒マスクを探す。が、見当たらない。

 普段から部屋を片付けていなかった事が災いしたのだ。


 とりあえず、テレビの横に転がっていたホースマスクを手に取ると、そのまま頭に被った。

 このホースマスク、文字通りホースの頭を形どった被り物で、装着すれば誰でもカッコいいサラブレッドに変身できるという優れものだが、よく見ると"カッコいい"は不要に思えてきた。


 左右の目はどことも言えない方向を見つめ、口は半笑い、レースに出たら間違っても3着以内は狙えないであろう駄馬の面構えだ。加えて機能面でも防毒性能などは皆無で、細菌やウイルスなんかも顔パスOKときた。


 当然フタハは、急ぎその場を離れる。接着剤で無理矢理備え付けられていた空気清浄機のある、トイレに逃げ込むつもりだった。

 ところが、ただでさえ薄暗い部屋で、視界の狭まるマスクをかぶっていたものだから、床のそれに気づかず足を引っ掛けると、盛大に転倒した。



「うぐぐ、マスクがなければ即死していたかもしれない」


 目をつむっていても歩き回れる室内で、一体何につまづいたというのか? 

 悔しげな表情を浮かべるフタハの背後では、カーテンのひるがえる音。そして、薄着にはまだ冷たい砂包丁の月の風が、嫌な想像をかきたてる。


 何かが……そう、外界からこの部屋に入り込んだ何かが、今自分の足元にいるのでは?

 フタハは、うつぶせの状態から上体を起こすと、表情を興奮から恐怖へと変化させながら、足元へと目線を移す。


 わさっと広がったカーテンの隙間から注がれる、薄くされど確かな核エネルギーを感じさせる、間接的な太陽光エフェクト。それをまとう流線型のボディは鳩羽色(はとばいろ)

 ヨットの三角セイルを思わせる、第1背びれと尾びれは風になびかない。

 半開きの口にびっしりと並ぶ(のこぎり)のような歯。こちらを見つめる黒い瞳。

 これは、


「……リアルシャークだ」

「リアルシャークですまんな」


 フタハのつぶやきに、シャークが返した。

 (しゃべ)るという事は、不法侵入の趣味を持つ野良生物ではなく、"市民"なのであろう。


「で、シャーク用翻訳機実装済みの富豪が一体何の用?」


 そんなフタハの質問を会話をさえぎるように、新たな訪問者が現れた。


「すみませーん、窓ガラス張り替えますんで、2分程お邪魔します(おじゃしゃーす)

「うわわ! 人だぁ!?」


 まるで幽霊でも見たかのような反応で、トイレに飛び込むフタハ。

 なんでそっちにビビってんだよと、シャークがぼやく。


 窓交換業者の作業員は、クレーンに吊られたゴンドラに乗って窓から部屋の中に入ると、住人が逃げ出した事など気にも留めず、作業着の腰に巻かれたベルトのホルスターから、旧時代のガンマンよろしくハンドクリーナーくるくると回転させながら取り出すと、割れたガラス片を大仰(おおぎょう)な動作で回収する。

 それが終わると、ゴンドラに乗せてきた特注の窓ガラスを素早くはめ込み、左右にスライドさせて具合を確かめた。


 この特注窓ガラスは、アパートよりも高価なだけあって、通常の火災、通常の台風、通常の地震、通常の砲撃、普通の核爆発などによって、その形や機能を損なう事が無いので、いざという時には墓標にもなる優れものだ。


「それでは、失礼します(しゃーす)


 きっちり2分で仕事を終えると、作業員はそれ以上の事は何もせず、来た時のように窓から出て、ゴンドラに乗り空へと帰って行った。


 これはすごい事だ。


 修繕ついでに他のパーツを痛めて、次の仕事を物理的に予約する。

 修繕マニュアルに載ってないパターンなら、新品のセールスを開始する。

 高い料金をせしめた上、帰り際にこっそり家財道具を持っていく。

 持っていかれた家財道具はネットオークションにかけられ、そこで出会った新たな持ち主に改造され、宇宙へ旅立ち損ねて灰になる。


 そういったことが日常的に行われている民間業者では、まずありえない職人技と職人モラルである。宇宙にも優しい。



 ひと騒ぎ終った、アパート室内。

 取り戻された静寂(せいじゃく)と、取り残されたシャーク。


 フタハはゆっくりとトイレの扉を開いて、脇にホースマスクを抱えたまま、恐る恐る部屋の中を見渡す。


 静かだと思ったら、先月入学祝に貰った、他のどの家具とも抜群の相性の悪さを誇る、銀色をしたチタン合金製ちゃぶ台の下で、フタハが逃げる際に落として踏みつけたのだろう、アウトドア計がよくかき混ぜた五目御飯のようになっていた。


「ニュースで見たが、アウトドア濃度管理健康法は、意味が無いらしいぞ」


 そう言ったシャークは、公園で物乞いに勤しむ不労ピジョン(ノラはと)を思わせる首の傾きを保ちつつ、まるでここが自分の部屋であるかのようにくつろいでいた。


 フタハは、昼間に外の空気を吸うとひどく心が不安になるのは、体内のアウトドア分が増えたことが原因であるという、つい最近まで誰もが信じて疑わなかった学説が、間違っていたことを、丁寧に解説するシャークの頭に、増えたアウトドア計を集めて乗せていく。


 置物のように動かないシャークの頭にアウトドア計の破片を乗せきったところで、玄関の方からトントンとドアをノックする音がした。

 外でクレーンによる降下作戦が実施されていたのだから、気になった他の部屋の住人が訪ねてきたのかもしれない。


 フタハはしぶしぶ立ち上がると、玄関へと向かった。



 トントン……めきっ、ばたむ。


 フタハの目の前でドアが外れ、部屋の中へと独立したドミノのように倒れこんできた。

 もう1歩玄関側に近づいていたら、ドミノが2枚になっていたであろう。


 風圧で広がったフタハの髪が、重力に従って元通りに整列する。そして――


「このドア、変な開き方するようになったね」


 倒れた1枚のドアを挟んで、フタハとなる、2人は対面した。



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