心の拠り所
それから暫らくして意識を取り戻した私はぼうっと天井を見詰めていた。余り頭が働いていない様だが、一応生きてはいる様だ。
部屋をノックする音がした後、ミールが部屋へと入って来た。目が覚めた様子の私を見て微笑む。
「良かった。目が覚めたみたいで」
「ご迷惑を、お掛けしてすみません……」
「いや、気にしなくて良い。それよりアイは自分に起きた事が分かっているのか?」
首を横に振り何も分からない事を示すと、ミールはそうかと一言述べた後に私に起きた事の説明を始めた。
魔力を意識し始めた幼い子供に良く起こる症状で、魔中毒と言うらしい。私の年齢になれば珍しい事なのだそうが、記憶が無いという事からその症状を引き起こしてしまったのではないかとミールは言った。
私は元々魔力だとか魔法が無い世界から来たのだから、起こるべくして起きた症状なのだと内心ほっとした。もしかしたら何か持病があったのかもしれないと、心配したが大丈夫な様だ。
「で、アイ。先程の話なのだが、決心してくれたか?」
「……素性の分からない私を……良いんですか? 私が無害だなんて言い切れませんし……」
視線をミールから逸らし、自分の手元へ落とした。拒否される事が怖くて直視が出来ない。するとミールは私の手を握り締め、恐る恐る顔を上げた私を笑顔で見詰めて居た。
「私はこれでも人を見る目があるからな。それに、もしアイが何か仕出かそうと言うのなら私が止める。それだけの事だろう?」
「ミールさん……」
自分が急に二人と家族になる事が良いのか分からない。悩む事数分、名前を呼ばれ顔を上げた先に、腰へ手を当て仁王立ち姿のナイルがミールの背後にいつの間にか居た。
「師匠は強いんだぞ! あと俺が絶対兄だからな! アイは妹な!」
「私達を信じて欲しい」
「……私……私は……」
二人の温かさが体に染み込んでいく。こんな良く分からない私でも受け入れてくれる。父と同じ温かさだ。緊張の糸が切れた様に、私の目から止め処なく涙が溢れ出た。
「宜しく……お願いします……」
嗚咽が混じりながらも言うと、ミールは優しく私を抱き締め背中を撫でた。
「私の事は姉でも母でも何とでも思って良いからな。頼ってくれ」
「はい……!」
頷き返事をすると、私から離れたミールは満面の笑みで頭を撫でてくれた。嬉しくて私もつい笑顔になる。
「師匠が……笑った……」
「何だナイル。私だって笑うぞ? 失礼な奴だな」
「すみません……」
「そういえばアイは何歳なんだ?」
記憶喪失っていう事だから何も話してはい無い。でも年齢ぐらいは言っても大丈夫かな?
「確か16……だったと思います」
「ふむ。16って事はナイルと同い年じゃないか」
「俺と同い年か……だがしかし、それでも俺が兄だからな!」
(どっちでも良い)
私が大分落ち着いた所で早速ギルドへと行く事になった。ナイルはよほど嬉しいのか物凄く目を輝かせている。
「準備して来な」
「はい!!」
ナイルは身支度をする為に部屋を足早に出て行った。彼は年齢の割に若干子供っぽい印象だが、ここに捨てられたという事を考えれば他人との接触が少ないという事が原因の一つなのかもしれない。
「あの、ミールさん。私はこのままでも大丈夫でしょうか?」
「良いんじゃないか? それにしても変わったローブだな……こんなに綺麗な深緑のローブは見たことが無い」
触れても良いかと聞くのでローブを脱いで渡す。すると中に着ていた迷彩服にも興味を持ったらしく、今度着させてくれと言われた。どう考えてもサイズ感が合わないと思うのだが……。特に胸辺りが。
「お待たせしました!」
ローブをまじまじと見ているミールの胸を見詰め、どうすればあの様な胸になるのか考えていると、ナイルが支度を終えて戻って来た。黒のローブを羽織り、心なしか髪もセットされている。
「……気合い入ってるね」
「当たり前だろ、ギルドなんだぞ?」
「私ギルド知らないから……」
「あ……ごめん」
気まずい雰囲気になった所で、ミールがナイルの腹部を殴った。くの字に腹を抱えて崩れ落ちたナイルは、小刻みに震えながら私にごめんと謝って来た。
「大丈夫……?」
「だ、大丈夫。全然痛く無いから」
「そ、そう……」
青白い顔で冷汗を流しながら笑みを浮べている所を見ると、相当痛そうだ。逆に自分の嘘のせいで殴られてしまったナイルに申し訳が無く、せめてと痛みが飛んで行くおまじないを使う事にした。
「痛いの痛いの飛んで行けー……なんちゃって……ん?」
子供達にしていた様に手をかざし魔法の呪文を冗談で唱えてみると、手から白い光がキラキラと溢れ出しナイルを包み込む様に飛んでいる。
「あれ、痛みが無くなっていく……?」
ナイルの様子を見る限りでは魔法を使用したらしい。確かに痛みを取る魔法の言葉ではあるが……。痛みを取る為の言葉とイメージして言葉に出した為に、それが実際に魔法として出たという事、だろうか。
「ふむ。これは回復魔法か。アイも使えるんだな……ん? どうしたんだ。そんな険しい顔をして」
「あ、いえ、何でも無いです。ちょっと驚いただけなので」
「驚いた? どういう事だ」
「えっと……おまじないとして言った言葉が本当に魔法になったので、それに驚いたというか」
「……という事は魔法を使おうと思ってやったのでは無い、という事か」
それきりミールは黙って何かを考えて居る。そして立ち上がると笑顔で口を開いた。
「まぁ、自分の意図しない時に魔法を使用してしまう事は子供の頃には良くある事だ。あまり気にする事は無い。ただ、その現象は放って置く訳にもいかないからな。しっかり魔法について学ばなければならない」
ミールの言う通り、このままにしておくと危険だ。今回は痛みを取る魔法だったから良かったものの、もし他人を傷付ける魔法を知らない内に使ってしまったら……。
早く知識を身に付けて魔法を自分のものにしないといけない。
「ここからギルドのある街まで、歩いて三時間は掛かる」
ローブを受け取り羽織るとミールに次いで部屋から出た。見る限り森の中だとは思っていたが、街からそんなに離れているとは思わなかった。
「そうすると、ギルドまで歩いて行くと帰りは夜になっちゃいますね」
「ああ。だから今回はギルドに繋がっている転移を使う」
「転移?」
「ああ、魔法円という円陣状に魔法を書き出した物があるんだが、転移魔法はその同じ魔法円があればその場所に移動出来る便利な魔法なんだよ。まあ、その魔法円に込めた魔力の質で距離は決まるんだがな」
そう言ってミールはログハウスから出て、小さく呪文の様な何かを呟いた。すると空き地に大きな光輝く魔法円が現れた。
「わぁー……魔法みたい」
「何言ってるんだ。魔法だぞ」
ミールの言葉にはっとし恥ずかしさから思わず俯いた。魔法に接してまだ一日の私は素直に感動している。この世界の人にとっては当たり前の事だろうから、私の様な反応をする人は珍しいのだと思う。発言には気を付けよう。
「アイって本当に何も覚えて無いんだな。分からない事があったら何でも俺に聞けよ?」
「うん! ありがとう、ナイル」
ナイルは照れ隠しに顔を背けた。照れる位なら言わなければ良いのに。面白い人だ。
「二人共魔法円の上に乗ってくれ」
「はーい」
二人にとって魔法は日常的に使っているから違和感が無いが、魔法の無い世界に産まれた私は物凄く怖い。転移先に着いたと同時に体がバラバラになってたり、どうしてもそういう事を想像してしまう。
「どうした?」
「いえ……」
体がバラバラになる自分を想像しつつ、恐る恐る魔法円の上に乗った。
「アイ、手を出しなさい」
何をするのか分からないが、言われた通りにミールへと手を出した。すると私の手を取り繋いでくれた。そのおかげで、私の体の強張りが少し解けて行くのが分かった。
「私が傍に居るから安心しなさい。転移はすぐに終わるからな」
「有り難う御座います……」
とはいえやはり怖さは消える事は無い。ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。何度か繰り返し、落ち着いた所でミールへ微笑んだ。
「もう大丈夫です」
「そうか。ナイル。用意は良いか?」
「いつでも大丈夫です!」
ナイルはギルドに気持ちが先走っているのか、落ち着きが無い。その様子に思わず笑みが零れた私は、フードを再び被り更に落ち着かせる。
ミールが魔法円に魔力を流すと、ゆっくりと魔法円が光り出した。身構えてしまいそうになるが、ミールが強く握り締めてくれた為何とか落ち着く事が出来た。
「では、行くぞ……転移」
小さく転移と聞こえた瞬間、ふわりと宙に浮く感覚を感じて私達はその場から消えた。
「アイ、着いたぞ」
知らない内に目を瞑っていたらしく、ミールの言葉を聞きゆっくりと目を開ける。思ったより何も起きなかった。敢えて言うならば、エレベーターに乗って居た感覚だろうか。
そして転移して来た私達は、ソファーやテーブルのある客間の様な部屋に居る。
「……ここがギルドですか?」
「ああ、正確にはギルドの地下だな」
「地下……」
言われて気が付いたが、この部屋に窓は無く外の明かりは入っていなかった。同じく初めて来たナイルも、落ち着きが無く挙動不審になって居た。これから何が始まるのか緊張する中、急に全身が強ばり、何か危険な物が近付いて来る様な恐ろしい感覚に襲われた。
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