刻まれた思い
翌日の早朝、一晩泊めて貰った私はお礼に川で洗濯をしている。ナイルは薪割りを、ミールはナイルの見張りをそれぞれしていた。
私が助けたお礼に泊めて貰い、泊めて貰ったお礼に手伝いをする。お礼のやり合い合戦に発展しそうだが、持ちつ持たれつは素晴らしいと思う。
昨日は結局神様へ報告をする時間が無かった。今神様は何をしているのだろう。左胸の五芒星に右手を当て空を仰ぎ神様に向けて念じる。
『神様、聞こえてるかな? 異世界に来て初日を何とか生き抜いたよ。金のドラゴンって言って凄いドラゴンだったみたい。良く倒せたなぁって自分でも思う。いくら魔法や身体能力が高いからと言っても、経験や知識が無ければ意味が無い。それでも前に居た世界での経験のおかげか、想像力は良い方みたいだよ。魔法は想像力が大事って教えてくれたから、上手い事使いこなせる様に頑張ります。……じゃあまたね、神様』
まるで日記の様だと思わず吹き出すと、背後から物音が聞こえた。
「ずっと空見上げてたけど、どうかしたのか?」
振り返るとナイルが不思議そうにこちらを見ていた。ミールに監視するように言われているなんて事もありえるかもしれない。これからは気を付けよう。笑顔を作り再び空へと視線を戻した。
「空が綺麗だなって」
「ああ、今日は天気が良いからな」
そう言ってナイルも空を見上げた。ちらりとナイルへ視線を向けると、ナイルも私を見ていた様で目が合ってしまった。
(やはり疑われている……?)
「あ、師匠が呼んでたから早く行こう」
「うん」
私が持とうとした洗濯物をナイルが代わりに抱え、私達はログハウスへと向かった。
「……ナイルはギルド楽しみ?」
「もちろん! バンバン稼いで師匠に恩返しするんだ。いや……恩返しじゃなくて親孝行、かな」
「親孝行……」
ナイルは希望に満ち溢れた顔をしている。こんな私でもナイルの様な時期があったなと思い出した。親孝行をする前に父は殺されたが。
「ア……アイ?」
「ん?」
ナイルを見ると何故か怯えた様子で顔色が酷く悪かった。
「え、どうしたの?」
「は……? 分かって無いのか?」
「何が?」
「無自覚なのか……」
私には何が何なのかさっぱり分からない。その様子を見たナイルから怯えが消え、顔色も暫らくして戻って行った。私を見て怯えていたって事は私が何かしたのだろうか。
何が原因なのかと考えていると、ミールが物凄い勢いで走って来た。
「何があった!?」
「さぁ……? ナイル、何があったの?」
理由が分からないため私も問い掛ける。するとナイルは気まずそうにしていた。となるとやはり私が原因の様だ。その原因に全くと言って良いほど見当が付かない。
「アイ、本当に分からないのか?」
「全く」
「あのな……アイは自覚してないみたいだけど、殺気を放ったんだよ」
まだ体が強張っているのか、ナイルは軽いストレッチをしながら言った。ミールが放っていたあの殺気を、私も放っていた……。そんなまさか。
「私も背筋が凍った様に一瞬動けなくなったぞ……アイは本当に自覚が無いのか?」
「はい。理由も……」
わからない、と言いかけて止めた。私が殺気を放った時に何を考えていた? 考えていたのは父の事だ。
「どうした?」
「……思い出した事があるんです」
「思い出した事?」
「私、大切な人を殺されたんです」
無自覚で殺気を放つのはそれ位しか無い。父が殺されたと頭で考えた時だ。二人は言葉を失った様に黙っている。
「……贅沢は出来なかったけど幸せだった。皆とずっと一緒に居れると思ってた。それなのに……山下が……父さんを……」
握り締めた拳に力が入る。これ以上考えてはいけないと頭では理解していても、それが出来ない。止められない。
「し、師匠……俺ダメかも……」
「ナイルしっかりしろ!」
「父さんを……父さんを……殺した」
「アイ!!」
ミールの声に驚き気が付くと、温かい何かに包まれた。
「しっかりするんだ! アイ!」
耳元でミールの声を聞き、抱き締められた温かさに次第に我に帰った。ナイルを見ると膝をつき苦しそうにしている。
「大丈夫か?」
「私……ナイル大丈夫? ミールさんも大丈夫? 私は……」
「落ち着けアイ。いいかい? 泣きたい時は泣きなさい。私の胸はいつでも空いているから」
優しく微笑むミールの顔を見て安心したのか、自然と涙が溢れて来た。
「ごめんなさい……」
「お、おお俺は平気だ! だから気にすんなよ!」
ナイルは無理矢理体を起こし、胸を張って言った。それでも冷汗が凄く、本当に大丈夫だとは思えなかった。
「ナイルも……ごめん、なさい……」
溢れ出した涙を隠す様に、私はミールの胸に顔を押し当て声を上げて泣いた。ミールは何も言わずに、私が泣き止むまで抱き締めてくれた。
全て涙と共に流れ出してしまいたい。母親の温もりを知らない私だが、ミールが抱き締めてくれているこの温かさが母親の温もりなのだろう。ナイルの優しさは私の兄妹達のものと似ている。
だいぶ落ち着いた為ミールから離れた。出会って間もない人にこんな姿を見せるなんて恥ずかしい。
「少しは落ち着いたか?」
「はい。お二人に迷惑を掛けてしまってすみませんでした……」
「俺達の事は気にすんなよ」
ナイルは笑顔で私の肩を叩いた。
「ナイル、お前は修行が足りんぞ」
「はい! もっとたくさん修行します!」
「うむ。……なぁアイ。記憶が無いのであればどこに行けば良いのか分からないのだろ?」
「そうですね……」
「それならしばらく私達と暮らさないか」
ミールとナイルは笑顔で私を見詰めている。正直その申し出は凄く嬉しい。これから先どうして行けば良いのか分からなかったから。
ただ、出会って間もないうちに一緒に暮らそうと言い出すなんて理解出来ない。日本ではまずありえない事だ。とは言えここは日本では無いし、そもそも異世界なのだから常識が違って当たり前なのかもしれないが。
「ナイルも魔盲だと言われこの森に捨てられた身なんだ。ついでに言うと私も捨てられた。身寄りの無い私に居場所を作ってくれた人がいたんだが、その人に言われたんだよ。同じ様な境遇の人が居たら、その人の居場所を作ってあげなさいって」
ミールは懐かしむように瞼を閉じ、そして微笑んだ。ゆっくりと瞼を開け私を見詰める。
「私とナイルは家族と言っても血の繋がりは無い。だが、血の繋がりは無くとも家族にはなれる」
「家族……」
「アイ。私達と家族になろう」
ミールが手を差し出した。その手を握ろうとしたが手を止め引いてしまった。また家族を失うかもしれない。もう二度とあんな思いはしたくない。でも、この人たちなら大丈夫かもしれない。
頭の中でぐるぐると様々な思いが廻る。分からない。どうしたら良いのか。
「アイ?」
「……少し風に当たって来ます」
考え過ぎたのか気持ちが悪くなって来た。このままでは倒れてしまいそうなため、外へ空気を吸いに立ち上がる。足取りはふらふらとしている為に二人が心配しているが、大丈夫と答えて外へと向かった。
少しは気分が良くなるかと思ったが、良くなる所か悪化している気がする。
戻ろうと思い体を翻した瞬間、立っていられなくなった私は受身も取れずに倒れた。その音が聞こえたのか、ミールとナイルが家から飛び出してきた。
「どうした!?」
「分か、りません……体が……動かなくて……気持ち悪い……」
「師匠、この症状はもしかして」
「ああ、中毒だな。ナイル、お湯と薬草を用意してくれ。私の部屋へ運ぶ」
「はい!!」
ミールに体を抱き上げられたという事を理解しつつ、私はそのまま意識を手放した。
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