幸せを求めて
取り敢えずローブだけではあるが、服装は決まった。中身の服装はその世界を見てから同じ様な服装を着る事にしよう。次は仮面だ。全体を隠すのか部分的に隠すのか、どちらが良いのだろう。
「お面はどんなのが良いと思う? のっぺらぼうは怖いよね」
「のっぺらぼうですか……それは面白く無いですね」
「面白味の問題?」
「それなら般若なんてどうです?」
「えー……」
般若の面を想像してみる。白いキラキラしたローブに般若のお面、でも声は女の子。
「意外とあり?」
「まぁお面は、気分で変えたら良いと思いますよ」
「うん、そうしようかな。転生先の普段の服装はどんな感じなんですか? 向こうに行ったら着替えないと変に目立ちそう」
「魔法が使える人は基本的にローブを羽織っています。中は様々なので一概には言えません。実際に向こうへ行ってから、好きな服に着替えた方が良いと思います。ですが一般人と貴族ではかなり違いますからねぇ」
貴族と呼ばれる上流階級が居るのか。金と地位のある者は性格に難有りが多いイメージだ。まぁ偏見なのかもしれないが、山下グループの様な奴等が居ると思うと虫唾が走る。
「気が重い……」
「どの世界でもそういう人間が居るんですよね。……人間は自ら汚れて行く愚かな生物なのです。だから何度も滅びを繰り返すんですよ」
これから行く世界にも、貴族による一般人に対しての虐めは有るだろう。見た目で相手を判断する人が多いのなら、服装には特に気を付けなければならない。
それに魔法を使えるという事は、それに関しての差別意識も高いはずだ。
「ねぇ神様。今着てるローブは姿隠す用で、普段は別のローブ羽織ってたらダメかな?」
「ふむ。別に構いませんが……。では普段用のローブはどんなものにしますか?」
「えっと……」
考えても考えても全く思い付かない。そもそもローブを羽織る週間なんて日本には無いし、着るとしても仮装の時の薄い生地で出来た黒いローブだ。
「こんなのはいかがですか?」
神様は指を弾き、左手にローブを出現させた。差し出したそのローブを受け取り広げ全体を見る。
「綺麗……。深緑色だけど透き通ってる様な何とも言い難い色……」
「そのローブには癒しの効果を付与しました。擦り傷や浅い切傷であれば一分もしないうちに治りますよ。傷の度合いが酷くなれば時間も掛かり、治らない事も有りますので気を付けて下さい。あと左胸にある五芒星……星マークはそこに手を当てて念じると、私に繋がります。私からの声は聞こえませんが、貴女の声は確実に届きます」
無くとも見ているから必要では無いけれどと付け加えた神様は笑う。
「どこでも神様と繋がって居るっていう事ですよね?」
「そうです。先程も申し上げましたが、貴女は決して一人ではありません。私が付いて居ます。ですから、二度と自ら命を絶とう等と自棄を起こさないで下さい」
切ない表情を浮かべる神様に、約束の意味を込めて頷いた。自分の死後の姿を見ていないが神様は全てを見ている。自分が犯した事の重大さが今になって分かった。自らの手で自らを殺すなんて、本当に自分勝手で愚かだ。
「神様、こんな事を言ったら怒るかもしれないけど、私、死んで良かったって思ってるんです。やっと気が楽になったっていうか……。今すぐにでも楽になりたくてあの時自殺したけど、どの道時間の問題だったと思う」
「……何もしてあげられなくてすみません。人一人助ける事が出来無いこの私に、神と名乗る資格はありませんね」
神様はうつ向き、吐き捨てる様に呟いた。
「でもそれが神様だと思います。一人の人間ばかり助けたら不公平だもの」
そう考えると、自殺をした私を魔法の使える国に転生させるのも、不公平だと言われるかもしれない。
「貴女は優しいですね」
「そう? 性格的にはかなりひねくれてると思うけど」
「貴女の方が私より神が向いているかもしれません」
「絶対神様にはなりませんから」
私が力強く拒否すると、神様は何故か驚いた様に目を見開いた。
「……ダメですか?」
「え……本当に神様にする気だったの?」
「まさか。冗談ですよ」
そう言って神様は笑うが、冗談を言って居る様な目では無かった気がする。
「あ、そういえば私はいつ転生するんですか?」
「今すぐにでも出来ますよ?」
「今すぐかぁ。……もう少しここに居ても、良いですか……?」
まだ心の準備が出来て居ない。恐る恐る問うと、神様は微笑み頷いた。
「勿論。構いませんよ。ですが……ここに居ても何もありませんよ?」
「良いんです。神様とお話してるだけで楽しいから」
「ふふ、それは嬉しいですね」
神様は嬉しそうに微笑むと私の頭を優しく撫でた。
「……ああ!! また私ったら!!」
慌てて頭から手を引っ込めた行動に首を傾げた。
「何で止めちゃうの?」
「何でって、嫌ではありませんか?」
「別に。神様になら撫でられても嫌じゃないよ。むしろ安心する」
「……撫でても良いですか?」
「うん!」
撫でてと言わんばかりに頭を付き出すと、神様は苦笑して居た。その姿を見て急に恥ずかしくなった私も苦笑した。
それから腰を降ろした私達は、暫く他愛も無い世間話をしていた。私の幼少期に起きた事、日本の昔の話。そして神様が見て来た様々な世界の話。
どれ程時間が経ったのかわからない。いつまでもここに居ては迷惑だろうから、そろそろ転生でもしようか。
「神様」
「……行きますか」
「……うん」
私と神様の間に気まずい空気が流れた。神様の顔から笑顔も消えてしまっている。私には辛い思い出だけでは無く、家族が居たから楽しい思いでもたくさんある。しかし神様は常に一人ぼっちだ。こうして対面して話をするのも初めてだったと思う。
「行くんですね」
「うん……神様が傍に居てくれるから寂しくないもの」
「そうですね、会おうと思えば会えますし」
「過保護」
新しい世界での人生に不安な思いもあり楽しみでもあり、神様がまた一人になってしまう事にも心配で複雑な気持ちだ。それを察してか、神様は再び笑顔を作り私の頭を撫でた。
「私は大丈夫ですよ。愛こそ、無理をしないで下さいね?」
「私だって大丈夫だよ。でも神様も忙しいんだから、私にばかり構ってたらダメだよ? なんて言ったって神様なんだからさ」
「……はい」
やっぱり神様も、ここで一人きりなのが寂しいのだろうか。だから寂しさを紛らわせる為に様々な世界に行って、散歩をしているのかもしれない。
明らかにテンションの下がった神様の肩を軽く叩いた。
「たまに遊びにおいでよ」
「……随分フレンドリーですね、仮にも私は神ですよ?」
「ご、ごめんなさい……」
沢山の話をして笑い合った事で調子に乗り過ぎて居た。彼は人間では無く神様という特別な存在だ。とうとう怒らせてしまった。
もう手遅れかもしれないが、謝罪の意を込め深々と頭を下げた。すると神様が笑い声を上げた。
「冗談ですよ。気の利いた事言えないのですか?」
先程私が言った言葉をそのまま使い、その時の仕返しをしてきた。
「……もう!」
「あはは! 先ほどのお返しですよ」
神様は何も言わずに目の前の空間を右手でスライドさせる様なぞった。その箇所が光り始め、光りが収まると小さな模型の様な物が浮かび上がった。
「ジオラマ好きなの?」
「好きですが……そこに食い付くとは思いませんでした。これは貴女が転生する世界の一部です」
街並みと言える街は無いが、ポツポツと建物らしき物が見える。それ以外はほとんど木だ。
「転生するならまずは人が少ない所の方が良いと思いまして」
「ああ、なるほどね」
良く見ると、小さな人や少し大きい恐竜の様な生き物が動いていた。
「おお……何これ動いてる! 人間が米粒だし恐竜が豆粒だし可愛いね!」
私は恐竜に触ろうと指を近付けた。すると神様が物凄い早さで私の腕を掴み上げた。
「え、え? ごめんなさい……」
「いえ、私こそ突然すみません……これに触れてはいけないので慌てて居ました」
「そうなんだ……知らなかったとはいえ、ごめんなさい」
「私が言わなかったから悪いんです。これはリアルタイムで現実世界と繋がって居るんです。貴女もですが、神である私も触れてしまうと、バランスが崩れてしまうのです」
ここに居る間にリアルタイムで繋がる世界に干渉してしまうと、その世界のバランスが崩れて、世界そのも物が崩壊してしまう危険が有るのだと教えてくれた。危うく一つの世界を破壊してしまう所だった。
因みにと、先程の恐竜はドラゴンという生き物だとも教えてくれたのだが、恐竜とドラゴンの線引きが解らない。
「あれ? 恐竜……じゃなくてドラゴンに襲われてる人居るけど……」
ドラゴンに追い掛けられている人が急に立ち止まった。その人の周辺の土が盛り上がると、塊となってドラゴンに襲い掛かった。
「今ドラゴンと闘っている人は地属性ですね。土などを扱う魔法がメインとなります」
「勝てるかな?」
「見た所この人間はかなり体力を消耗しています。一人では無理でしょうね」
「このままじゃ、この人は負けて死んじゃう……?」
どうにか魔法でドラゴンを近付けない様にしては居るが、明らかに体力や魔法の威力からして圧倒的な差がある。ここで見ているだけだと、見殺しにしてしまう様な気がして気分が悪い。
幾ら干渉出来ないとは言え、私は神様では無い。……いや、神様が見殺しにしている訳では無いのだが。
「助けたいな……」
「貴女がそう言うのならこの場所に送りますが……大丈夫ですか?」
戦闘経験は皆無であり、魔法も何もかも理解して居ないのは確かに不安だ。生きてる時も戦う術を学ばず、ただ耐えるだけの生活だった。
「でもアッパーカット出来たから何とかなりそうじゃない? 魔法とかだって、想像が大事なんでしょ?」
「ええ、まぁそうですが……」
歯切れの悪い神様は私を行かせたくは無い様だが、私はこの人を見殺しには出来ない。
「貴女はこの世界で魔力という力を持つ人間の中では最強ですが、不死身ではありません。あくまでも普通の人間です。下手をすれば貴女はまた死ぬんです。……だから、無理をして欲しく無いのです」
神様の様な凄い力を手に入れたからか、自分は強い人間なのだと思い込んで居たのだろう。確かにまた直ぐに死んでしまう可能性が大いにある。だとしても、私は行かなければいけない。この力を手に入れたのだから。
「まぁ貴女が死んだらまたここに連れて来ますがね」
「そ、そっか」
それは職権濫用と言うのでは無いかと言おうとしたが、それに甘えている私が言えた義理では無い。
「おや? 死にそうですよ」
興味が無いのか神様が軽く死にそうだと言うが、そんなに呑気な事を言って居られない。ドラゴンと闘っている人に視線を向けると、そびえ立つ崖の壁際まで追い詰められていた。
ドラゴンは映画や物語の中でしか知らないが、案外頭が良いらしい。動きが単純ではない様に感じる。
「ね、とりあえず送って。ここに」
「んー……」
煮え切らない態度の神様に、もう一押しして渋々だが納得させた。
「神様お願い! 早くしないと死んじゃう!」
「無理をしないで下さいね?」
「うん!」
「困った事があったらすぐに言って下さいね? 手は出せませんが知恵を貸す事は出来ますから」
「うん!」
「あとは――」
「もういい!」
「はい……」
神様が泣きそうな顔で私の頭に手を当てると、私の体がキラキラと輝く光りに包まれて行った。
「では、第二の人生を楽しんで下さい」
「はい! 神様行って来ます!」
「いってらっしゃい、愛」
涙を浮かべながらも笑顔で見送る神様を見て、私も目頭が熱くなった。そして光と共に消える瞬間、ふと思った。
(何か忘れてる気が……)
その忘れ物が何か分からないまま、私は光と共に消えた。
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