地獄の場へ
翌日、学園長に会いに行く為に身仕度を済ませたのだが、ギルドの時に比べてナイルのテンションが物凄く低い。
「二人共、準備出来たか?」
「はい……」
ナイルが学園に通いたくは無い理由は分かっている。それは行けば双子の弟が居るからだろう。貴族ならば魔法学園には通っているはず。無いと思っていた魔力が有り使える様になったが、ナイルはまだ力を使いこなせて居ない。だから弟に会いたく無いのだと思う。ミールはそれを理解した上で、ナイルを学園に通わせる事にした。ナイルが様々な経験をして心から強くなる為に。
「そんなに弟に会うのが嫌か?」
「いっ……嫌っていうかまだ気持ちの整理がつかないっていうかその、あの」
「弟を倒し、父親に捨てた事を後悔させるのだろう? 厳しい事を言うが今のお前では確実に勝てない。魔法の基礎、そして武術や剣術の基礎を身に付ける事が出来る魔法学園に通う事は、お前自身のレベルアップに繋がるんだ」
「そう、ですけど……」
「戦わずして、負けを認めるのか?」
俯いたナイルは口を閉ざした。
「お前だけの為じゃない。アイの為でもあるんだ」
「ん? 私ですか?」
「記憶が無く何も分からないアイを一人で学園に通わせられると思うか?」
何も分からなくても何とかなるものだけれど、ナイルが居てくれた方が安心するのは確かだ。ナイルへ目を向けると視線が合った。
「そうだよな……師匠の言う通りだ。いつか倒す相手に今からビビッてちゃ、勝てるものも勝てない」
「ナイル……」
「それに、アイを一人にして何かあったら……」
腕を組んだミールが頷く。
「何も知らないアイに良からぬ事を吹き込み、あわよくば我が物にしようという輩がいるかもしれない。そいつらから守るのがお前の役目だ」
「はい! 俺、行きます!」
「良く言ったぞナイル! それでこそドーエン家の者だ!」
「師匠……!」
心配してくれるのは嬉しいのだが、誰彼構わず信じる様なお人よしでは無い、と自分では思って居る。それでもどの様な人が居るのか分からない為、見知った人が傍に居る事はとても心強い。
「それじゃあ行こうか。アイも準備出来たのか?」
「私は大丈夫です」
「よし。ここからでは学園に転移は出来ないから一旦ギルドへ転移しよう。そこから学園へ徒歩で移動する」
「地下ですか?」
「ああ」
「分かりました」
ギルドの地下部屋を思い浮かべる。
「私先に行きます」
頭上に展開させた魔法円を見たナイルが、目を輝かせている。
(そう言えばナイルの転移の仕方、考えて無かったなぁ……)
私が出来るのだから他の人も予め魔法円の設定をしていなくても、出来なくは無いと思うのだが。ナイルの場合ならば転移に似た移動方を影等で使えないだろうか。建物の影や木陰……制限は出るが、魔法円の設定無しに移動出来たら便利だ。私があれこれ考えていると、ミールが話掛けて来た。
「一緒に行かないのか?」
「私も転移出来るし、自分で出来る事は自分でやらないとですから」
「いや、でもな?」
「じゃ、転移」
魔法円を光らせギルドの地下部屋へと転移したが、今日はキリアの姿は無かった。まだ時間が早いからだろうか。そして直ぐにミールとナイルも転移して来た。
「ここから学園まではそれ程離れていないから、強化しなくても良いぞ」
当たり前の様に身体強化をしようとしていたナイルは、何も無かったかの様に魔力を収めた。ギルドから学園までは時間にして10分ほどの距離で、王城からも近い場所にあった。
「おー……やっぱりアラドナル魔法学園はでかいな」
「本当に学校……なの……?」
見上げた先にあるアラドナル魔法学園は、王城よりは小さいが立派なお城だった。前の世界の日本では想像がつかない。
「初等部も一緒だからこれだけ大きいんだろう。まあ、金持ちの子供だけが入ってるのが現状だがな」
金持ちという事は貴族の子供か。金が掛かるから仕方ないが、貴族と平民の差はどうにかならないのかな。
「学園にはシールドが張られている。外から攻撃しようものなら、警備兵が即座に駆けつける。帝にも知らされるから逃げる事は不可能だろうな。誤って攻撃しない様気を付けるんだぞ?」
学園を良く見てみると薄い緑色の膜が張られている事が確認できた。
「ほんとだ……」
「ん? アイはシールドが見えるのか? 景観に害を及ばさない様に人目には見えないんだが」
「え、いや、見えませんよ? 何となくですよ。あはは」
「何となく、か」
「それより、さっきから凄い見られてますね」
話題を逸らそうと学園を見上げて言ったのだが、ここに来た時から見られているのは本当だ。二つの魔力がこちらに向けて飛ばされている。盗撮されている様で気味が悪い。試しに二箇所へ軽く魔力を飛ばすと一箇所は即座に消え、もう一箇所は消えなかった。
「おお、良く気がついたな。多分学園長だろう。二人の事が気になっているんだ。付いて来なさい」
門を潜り、大きな扉を開け放つ。門から扉まででも結構な距離があったが学園の中も相当広く、声の響き残響も長かった。階段を使って五階まで上がると、監視をしていた一人の魔力を感じた。それに加えて今度は別の監視が増えた様だ。これにはナイルもミールも気が付いているみたいだが、ここではあえてスルーをし学園長の元へと向かう。
「失礼する」
扉を開けて中へ入った……のだが、私達の目に飛び込んで来た光景は、花畑で蝶を追いかける白い大型犬と、それを微笑みながら見守る女性だった。建物の中に花畑という俄かに信じられない光景にどうしたら良いものかと悩んでいると、ミールが花畑に足を踏み入れた。
「子供達が困っているのだが、何を」
「まあミール! お久しぶりね!」
「いや……うん、久しぶりだな。マリス」
言葉を遮ったマリスが満面の笑みでミールに飛びついた。蝶を追い掛けていた大型犬もミールの傍へ駆け寄りお座りをした。
「俺達はどうしたら良いんだ?」
「見てるしかないよね……」
黙って二人と一匹を眺めていると、漸くマリスが私達に関心を向けた。
「あら、君たちがミールの子供なのね! こんなに大きな子供が居たなんて……もう、教えてくれればお祝いしたのに!」
どうやらマリスは私とナイルを、ミールが産んだ子だと勘違いしているらしい。これにはミールも苦笑いを浮かべた。
「あの子達は家族だが、私が産んだ子では無いぞ? 送った手紙に書いてあっただろう」
「手紙?」
「まさか、知らないとは言わないだろうな?」
「え?」
初めて聞いたという表情を浮かべるマリスの元へ、白い大型犬が手紙を咥えて来た。封を切った形跡が無い事から、手紙は読んで居ない事は明白だった。
「マリス……手紙は読む物だぞ」
「あら、私ったらミールから来た手紙が嬉しくて嬉しくて、読むのを忘れていたのね!」
「……はぁ」
ミールが来る様に目配せをしたので私達も花畑へ足を進める。すると、花の甘い香りがふわりと香った。
「この人がここの学園長、マリス・アーディンだ。でこっちが」
「知ってるよ? ナイルさんとアイさんでしょ? ギルドからも資料貰ってるし、入学に必要な魔力値と属性の計測はしなくて良いからね」
何故名前を知っているのかって聞きそうになったが、ファウラが手続きしてくれたのだから知っていて当前だ。ギルドから、どちらの資料貰ったのだろう。でも、それよりも気になる事がある。
「あの……」
「どうした?」
「あの大きいワンちゃん、触っても良いですか?」
マリスの隣で大人しくお座りをしている白い大型犬。ピンと立てた耳を時折動かしながら、マリスや私達を観察している。犬が大好きな私は、部屋に入った時からずっと気になっていた。白くてふわふわの身体に大きく丸い目、ピンと立つ耳に更にふわふわの尻尾。目の前の可愛さの塊に釘付けで、我慢の限界が来ていた。
「ワンちゃんか……うふふ」
何がおかしかったのか分からないが、ミールとマリスが笑い出した。地団駄を踏む大型犬が心無しか怒っている気がする。
「私何か変な事言いましたか? ワンちゃんが怒ってる気がするんですけど」
「このワンちゃんは私の使い魔なの。触っても大丈夫よ」
使い魔が何なのかは一旦置き、了承を得たのでワンちゃんへ近寄る。
「じゃあ……ちょっとだけ……」
ジリジリと迫る私に対して大型犬は多少後退りをしたが、逃げる様子は無い。
「触らせてね?」
断りを述べてから頭を優しく撫でる。想像していたよりも毛が柔らかく、とても触り心地が良い。
「ああ……もう……可愛い!」
「キャンッ!?」
堪らず抱き付くと大型犬はあたふたし始め、ミールが更に笑い出した。
(ふわっふわで本当に気持ちが良い……)
「アイ、その犬嫌がってるみたいだけど……」
「はっ!」
ナイルの言葉で我に返った私は、慌てて大型犬から離れた。もしかしたら嫌われてしまったかもしれない。私から開放された大型犬はマリスの後ろに隠れ、チラチラと私の様子を伺っている。嫌われた可能性が高いが、その姿さえ可愛い。
「こらワロウ! 隠れないの! ごめんなさいね、ワロウは人見知りなの。でも構って貰いたいから貴女の事が気になってる」
「まるで昔のマリスだな」
ミールがからかう様に言うとマリスは頬を膨らませて怒りだした。それを見たミールは楽しそうに笑う。
「まぁその内アイに馴れるだろう。マリス、この子達はいつから通う事になるんだ?」
「そうね、今からでも良いけど……いつが良い?」
いつが良いと聞かれても困る。どうしようかとナイルと顔を合わせ軽く相談し、通い始めるのは明日からという事になった。何処からかワロウが咥えて持ってきた二つの袋を、ナイルと私にそれぞれ渡した。開けて確認してみると中身は制服だった。ローブもセットだが自前の物を着ても良く、自由という事なので深緑のローブをそのまま着る事にした。
「そうそう。この学園は全寮制なの。だから荷物を」
「まじかよ!?」
黙っていたナイルが驚愕の声をあげ、それに私は驚いた。心臓が大きく動いて居る。全寮制までは考えていなかったナイルは項垂れ、騙されたという表情をミールへ向けた。
「どうしたナイル。何か問題でもあるのか?」
口元が笑って居る所を見ると確信犯らしい。危うく口に出しそうになったが慌てて飲み込む。
「師匠ぉ……酷いですよ。何で教えてくれなかったんですか……」
「お前が学校へ通う事は決定事項だ。教えまいが何も変わらないだろう」
「でも……全寮制なんて……」
ナイルの様子を見てため息を吐くミール。それを見たマリスが口を開いた。
「そうよね……ずっと会っていない家族と一つ屋根の下で暮らす事になるんだもの、気まずいに決まっているわ」
その瞬間、マリスに視線が集まり空気が止まった。
「何で……師匠が?」
「私が言う訳ないだろう!」
当の本人は悪そびれた様子も無く、どうしたのかと不思議そうにしている。そして漸く自分の発言が問題だと気がついたマリスは、特に慌てる事もなく説明し始めた。
「私はこれでもアラドナル魔法学園の学園長ですよ? 大事な生徒の命を預かるんですから、何が起きても対処出来るように様々な情報を集めています。ナイルさんに何が起こったのかも勿論知っています。……まぁアイさんの情報は少ないですけどね」
ファウラは皇帝なので理解出来るが、学園長のマリスもどうやら凄い情報網を持っている様だ。
(悪い事は出来ないな……。やらないけど)
「私の個人的な意見を言えば、貴方の家族が許せない。自分の子供を捨てる親は死ねば良い。貴方が復讐を考えているのならば、私は全力で応援したい」
真剣な顔をしていたマリスは、苦虫を噛んだ顔をして続けた。
「ですが、立場上それを大っぴらには言えません。なので予定を変更して、貴方が弟さんとクラスが同じにならない様にします。そうすれば、心置き無く授業に専念できますからね」
「学園長先生……!」
「ただし! 授業をしっかり受けて、今よりももっと強くなって下さい」
「……はい!」
暗い表情だったナイルに、笑顔が表れた。
「そうなると、ナイルさんとアイさんのクラスが離れてしまうんだけれど、良いかしら?」
「ダメに決まっているだろう。私が許可しない」
マリスの問い掛けに、私より先にミールが答えた。
「ナイルとアイは同じクラス。それ以外は認めない」
「えー、困ったなぁ。私は良いのだけれど……皇帝陛下が……」
「ああ、そういう事か。あいつには私から言っておく。だからナイルとアイは同じクラスだ」
「ミールがそう言うのならそうしましょう。お二人は同じクラスで。寮の場所は明日案内をさせます。教科書も担当の教師から受け取って下さい。あとは……何か質問は?」
ナイルは特に無い様だ。というより、一刻も早く学校から出たい様だが、気になる事を一つ質問をした。
「私の事はどこまで知っているんですか?」
マリスはワロウの頭を撫でながら笑顔で答えた。
「んー、記憶喪失らしいって事と、帝になったっていう事かな?」
「みか……」
私が帝だと知らないナイルは、あんぐりと口を開けて驚いている。秘密にするつもりは無かったのだがどんな反応するだろう。
「まじ?」
「まじ」
「……やっぱり凄いな!! 俺も帝目指して頑張らないと!!」
私に臆する事無く、逆に向上心に火が点いた様だ。言わないとは思うが二人に口止めをした。
「大丈夫! 生徒の情報は絶対に口外しないから! もししてしまったら、ミールに何をされるか」
「ん? 私がどうした?」
「うふふ、何でも無いわ」
「他に用が無いなら帰るぞ」
帰ると言う言葉を聞いたワロウが、何故かそわそわしている。可愛い。
「ワロウ、アイさん帰るってさ」
マリスの後ろから顔だけを出すワロウ。いつまでも見ていたいけどそういう訳にもいかず、また来ると伝えて学園長室を後にした。
「アイは動物が好きなんだな」
「うん! 動物は裏切ら無いから」
毎日通っていた学校には頼れる友達も教師もいなかった。下校途中にいつも寄っていた公園に、一匹の野良犬が居た。その野良犬と戯れている時だけは、辛い事も忘れられた。
「そっか。俺と一緒だな。魔森に居た時は、動物のおかげで寂しくなかったから。まあ、何度も殺されかけてたけど」
(そりゃあ魔物相手だったらね……)
階段を下りていた途中で、ミールが立ち止まった。
「いつまで姿を隠して付いて来るんだ? 仕事しろ」
「……バレてた」
誰も居ないはずの場所から声が聞こえ、そして声の主が姿を現した。黒髪で長髪姿のネピアスに似た女性だった。
「バレてたじゃないだろう。わざと気配を消さずに居た癖に」
「師匠、どなたですか?」
「ここの教師のネイシーだ」
「よろしく」
「ど、どうも……」
目の前のネイシーという教師に違和感があった。気配や魔力はネピアスと同じ物な上に顔も瓜二つ。だがしかし名前が違う。一体どういう事だろう。もしかしたら、私と同じ様に姿を隠して帝をしているという事なのかもしれない。
「二人が入るクラスは、私のクラスでは無いのか」
「そう言えばネイシーはSクラスの担任だったな」
Sクラスという事は、カノンの居るクラスだ。
「貴族のクラス。プライド高い奴ばかりで気が狂いそう」
教師がそんな事を言ってはいけないだろうと思うが、貴族ばかりのクラスを想像すると仕方ないとも思う。
「ほら、こんな所で油を売ってないでさっさと仕事に戻れ」
「……はぁ」
心底嫌だとでも言う様にネイシーは深いため息を吐いた。
「教師がため息を吐くな」
「それじゃあナイルさんとアイさん、また明日」
ネイシーは転移を発動させてどこかへと消えた。
「さ、街へ寄って必要な物を揃えて帰るぞ」
校舎から出ると再び監視された。しかも来た時より数が一つ増えている。マリスと別れる前に監視していたかと聞くと、授業が始まってから誰かが訪ねてくると監視するシステムになっていると言っていた。だから一つは監視システムで、他の二つは個人という事になる。その内の新たに増えた監視は、何処かで出会った事の有る様な魔力だった。
(何処でだっけ……)
ふと、神様の事が頭を過ぎった。神様相手に一方通行ではあるが念話をする事が出来る。それならば人間相手に念話は出来ないのだろうか。念話が出来れば色々と都合が良い。人間相手に念話が出来るのか試しにその魔力の元へ「明日からお世話になります」と念じてみた。すると監視が途絶え、変わりに爆発音が聞こえた。
「えっ」
「何だ?」
「ふん、誰かが魔法の発動に失敗したんだろう。心が乱れると失敗しやすいから、二人共気を付けるんだぞ?」
「はい! 師匠!」
タイミング的に考えて、今の爆発は私が原因で間違いないだろう。返答は無かったものの、どうやら念話は人間相手へ送る事が出来る様だ。学校を後にした私達は街中へ向かい、必要な筆記用具やノートを購入しに文具店へ向かった。筆記用具は掌から流れる微弱な魔力に反応してインクが出る半永久的に使用可能な羽根ペンに、ノートは魔力を流せば間違えた部分を消す事が出来る紙を束ねた物を数冊購入。そして生活する上で必要な衣類や石鹸等を購入した。
それから転移で家に帰って来た私達は食事を済ませ、朝が早いので明日の支度をしてすぐに床についた。
「……寝れない」
カノンの護衛という任務で学校へ通う事になったので断る事は出来なかったが、本音を言えば怖くて仕方が無い。いじめという言葉で片付けられない行為を毎日あいつらから受け、それを関係無いと見て見ぬふりをしていた他の生徒や教師、全てが恐怖の対象だった。だから、ナイルとクラスが離れると聞いた時は不安で押し潰されそうだった。思い出すだけで涙が出て来る。心に負ったこの傷は一生癒える事は無いのだろう。
「……アイ、起きているか?」
「はい」
身体を起こし、寝巻き姿のミールを部屋へ迎え入れた。
「どうしたんですか?」
「ああ、アイが無理をしているのではないかと思ってな」
ベッド脇へ腰を下ろしたミールに、私は笑顔を作って答えた。
「無理なんてしていませんよ。学校が楽しみで、楽しみで……寝れない程です」
「……涙が出る程に、か?」
「あ……これは……目に、ゴミが入っただけです」
拭った筈の涙が溢れ出してこういう時に限って、何でもっとましな言い訳が出て来ないんだろう。
「一つ、私の昔話をしよう。……私も昔はアイの様に人と関わる事を拒んでいた。また傷付く位なら、一人でいる方が良いからとな。でも、ある人が言ったんだ。一人で居ても傷は癒えない、酷くなる一方だ。膿を出すには一人では無理だから俺も手伝ってやる、とな」
「……傷は癒えたんですか?」
ミール顔を横に振る。
「いや、未だに傷は残っているよ。ただ、辛い事とか思っていた事を打ち明けたら身も心も楽になった。だからアイも膿を心に留めたままにせず、私に話して欲しい。もちろん、無理にとは言わない。アイが話す気になったらで良い。……お休み、アイ」
俯く私の頭を優しく撫でるとミールは立ち上がった。
(神様……少し位話しても良いかな……)
部屋を出ようとするミールの袖を掴み、俯いたまま吐き出すように思いを口に出す。
「本当は……学校に行くのが怖い。考えるだけで震えが止まらない」
手の震えを抑えようとするが、一向に止まる気配は無い。それを見たのかミールは両手で私の震える手を優しく握り締めた。
「でも、ここで逃げたら私の心はずっと弱いままになっちゃう……だから、学校へ行かなきゃいけないんです。強くなる為に行くって決めたのに、怖くて不安で、辛い……」
「良く話してくれたな。アイには私やナイルがついている。おまけにキリアもついている。いつでもアイの傍にいる。何があろうと、アイの味方だ。それに神だってアイを見守っているさ。……当てにはならんがな」
ミールの最後の言葉で思わず笑ってしまった。それを見たミールも笑顔を浮かべた。
「やっぱりアイは笑顔でないとな。そうだ……今日はアイと一緒に寝るぞ! 拒否権は無い!」
「えー」
無理やりベッドへ入ってくるミールと視線が合うと自然と笑が零れた。私の背中へ回した手でゆっくりとリズムを刻みながら叩き始めると、ミールの温もりも合間って私は深い眠りに堕ちて行った。そして次の日、目覚めた隣にミールは居なかった。窓を開けるとまるで新たな門出を祝う様に雲一つ無い晴天だ。
「いやー、良い天気で学校日和だな!」
「そうですね……」
「俺の心は雨模様ですけどね……」
機嫌の良いミールと打って変わって、ナイルと私は重い空気を背負っていた。いくら気が楽になったとはいえ、やはり学校に行くのは気が重い。
「お前達……」
「師匠、大丈夫です。ちゃんと行きますから」
そう言いながらも上がったはずのナイルの視線は地面へと下がって行く。
「誰かに何を言われても気にするな。もし、誰かに何かされたら私に言いなさい。やってやるから」
真顔で物騒な事を言うミール。そういう風に言ってくれるのは嬉しいが、光帝が出て来ると大事になってしまうので遠慮したい。
「流石にそれはちょっとアレなので、自分に売られた喧嘩は自分で処理します。やられっぱなしの弱い私には戻りたくないので」
目を真っ直ぐ見つめて言うと、ミールは嬉しそうに私の頭を力強く撫でた。そしてミールはナイルに顔を向けた。
「ナイル。歯を食いしばれ!!」
「ちょ待っ!?」
いきなりナイルの左頬にミールのストレートパンチが当たった。構える暇も無かったナイルは吹き飛び蹲った。私が見た限りでは食いしばれの食いの時点で、ミールの拳は既に当たっていた様な気がする。
「し……師匠……いきなり何を……」
「いつまでもうじうじしていないでしゃきっとしろ! それでも私の弟子か!」
起き上がったナイルは殴られた頬を摩り、少しでも痛みを和らげようとしていた。
「ナイル。自分に自信を持て。お前は自分が思っている程弱くないんだぞ?」
「俺……」
ミールは私の時と同じように、ナイルの頭を力強く撫でる。
「私の弟子なら堂々と胸を張っていなさい!」
顔を上げたナイルはミールの笑顔を見て涙が溢れ出したが、直ぐにそれを拭い去った。いつも厳しく怒られてばかりだったナイルにとって、自分に向けられた師匠の笑顔は大きな原動力になった様だ。
「師匠の名に恥じぬ様、精一杯努力して強くなります!」
どこか吹っ切れたナイルに、迷いはもう無かった。二人を見ていると何故か寂しくなる。
(神様、今頃何してるのかな……)
私の背中を押す様に、温かい風が通り過ぎた。風が入ってくる所は無く、隙間風にしても強い。もしかしたら、神様からのメッセージなのかもしれない。
「何笑ってるんだ?」
「あっ、なんでも無いです!」
知らず知らずのうちに笑顔になっていたらしく、二人が不思議そうに私を見ている。
「それより早く学校へ行きましょう!」
「ああ、そうだな。始業時間まであと一時間だ」
「……ん?」
私とナイルは思わず顔を見合わせた。確かここから街まで歩いて三時間掛かると言っていたはずだ。
「まぁでもお前達が全力疾走すれば余裕だろう?」
そう言って悪戯に笑うミール。いくらなんでも三時間を一時間でなんて厳しいにも程が有る。学校に転移してしまおうか。
「アイ? 足を使うんだぞ?」
「……はい」
要するに転移で楽をするなという事らしい。釘を刺されたので転移は出来なくなった。
「ナイル、行ける?」
「っていうか、一時間で行くしか無いよな」
「だよね……それじゃあミールさん、行って来ます」
「師匠……行って来ます!」
「ああ、いってらっしゃい!」
身体強化を足に集中させて施し、ナイルと共にアラドナル魔法学園へと出発した。




