クリスマスの思い出
飛び降りたはずの私が何故か白いふわふわのベッドらしき物に横たわって寝ていた。体を起こし周りを見渡すが、真っ白な空間としか言えない程に何も無い。あの高さから飛び降りたのだから私は確実に助からない。
(また夢の中、なんてオチには流石にならないとは思うけど……)
「お目覚めですか?」
突然、男の声が聞こえ思わず体が跳ねた。恐る恐る声がした方へと視線を送ると白いローブを纏い、白銀の長い髪をなびかせながら近寄って来る人が居た。
中性的な見た目で女と言われても納得してしまいそうなのだが、声は男寄りの為多分男だろう。でもその見た目のおかげなのか、そんなに身構える事は無かった。
むしろ、世間的に言えばイケメンの部類に入るのではないだろうか。でも私のタイプでは無いなと、こんな事を考えられる程余裕があるのは何故なんだろう。
「初見でタイプじゃないと言われるって辛い物がありますね……」
「……心が読めるんですか」
「ええ、まぁ私は」
「どうせ神様とか言うんでしょ?」
悲しそうな表情を浮かべる男。どうやら図星だったらしい。まさか本当に神様に会えるなんて思ってもみなかった。イメージ通りと言えばイメージ通りではある。
これは私が作り出した妄想だ。現実逃避。死後の世界があるとは思えないし、神という存在も信じては居ない。その内三途の川に行く事になるのだから、この妄想を楽しむのも良いかもしれない。
「神様、ちょっと」
軽く手招きして神様を呼びつける。現実ではあり得ない事が起きているが、今の私は至って冷静だ。妄想だと分かって居るからだろう。そしてベッドへ近付いた神様の顔を目掛けて、握り締めた拳を振り上げた。
「何でしょぶほっ!!」
「ふぅ……」
「い、いきなり……何をするんですか!!」
顎を押さえて涙目で訴えて来る神様。私は神様にアッパーカットを食らわせた。座った状態から立っている神様に向けて拳を突き上げた結果、アッパーカットになってしまっただけだが。初めてやったがなかなか上手く決まったみたいだ。少し気持ちが良い。
「だって神様なんでしょ?」
「え? ええ、神ですけど……それとこれと何の関係が有るのですか?」
「私言ったじゃん。問答無用で殴らせろって」
「いや……まさか本当に殴るとは思わないですよ。しかも貴女は女性ですよ? アッパーカットって」
確かに女である私が拳を振り上げるなんて、滅多に無い事だとは思う。今のは完全に八つ当たりだ。神様が悪い訳では無い事は解っている。悪いのは何も出来なかった非力な私自身なのだから。
それにしても殴れたという事は実体があるという事だ。これは夢でも無く妄想でも無く、現実……?
「……本当に神様なの?」
殴っておいて今更な質問を投げ掛けるのも失礼だが、少し現実味が浮かんできた。それでもやっぱり神様という存在が実在するとはまだ信じられなかった。疑いの眼差しを向ける私に対し、神様は食い気味に言い張った。
「神ですよ! 正真正銘、神です! 貴女の妄想でも有りません」
「うーん……何だかイメージしていた神様と違うんですけど。こう、威厳が無いっていうか……まぁ良いや、神様って事で」
「信じて頂けたのなら幸いですが……軽く有りませんか?」
殴られた痛みを取る為に手で顎を摩っている神様は、不服そうに口を尖らせている。
「あの、神様。こうして話したりして居るって事は私はまだ生きてて、生死をさ迷ってる意識不明の重体って感じなのかなぁって思ってるんですけど……実際はどうなんですか? 私は、死んだんですかね?」
軽く問い掛ける私に対し、神様は神妙な面持ちで口を開いた。
「……貴女は即死でした。あの高さから落ちて、生きている確率はゼロです」
その言葉にやっぱりかと納得する反面、本当に死んでしまったという事実に、何を言えば良いのか解らず黙って神様を見上げた。
「貴女の身体は見るに堪えない、無惨な姿になってしまいました。貴女は亡くなりましたが、魂は天に導かれる事無く、今ここにあるのです」
「どういう事ですか?」
「ですから、肉体はもう見るも無惨な姿に……」
「そうじゃなくて」
あれだけの高さから飛び降りれば、酷く損傷している事ぐらい安易に想像がつく。
「では、何を説明したら良いですか?」
「取り合えず、ここがどこなのか教えて欲しいです」
見回しても私が寝ているふわふわベッドらしき物の他には何も無い。音も無いし匂いは……甘い香りがする位だ。奥行きも曖昧で、広いのか狭いのか分からない。何も無さすぎてここが部屋なのか分からない。
「この場所は私が作った空間です」
「神様が作った空間? 凄いね」
特にこのふわふわのベッドが。空間を作るという事が想像出来なくて信じ難いが、私が死んだ事は事実だ。信じられない事が実際に起きている今は信じるしかない。
「あの……これって、現実なんですよね」
何も無い空間を見詰め言葉を吐き出した。
「神様は、本物の神様なんですよね」
「……本物ですよ。貴女が亡くなったのも現実」
神様が嘘を言っている様に思えない。自分の意識がそうさせているのかとも思い、念の為に自分の腕に思いっきり噛み付いてみたが、それ相応の痛さが感じられた。だからこれは現実、という事だ。
死にたいと思って自殺をしたのに、本当に死んでしまった現実を突き付けられると、何故か衝撃を受けている自分が居る。私の心情を察してなのか、神様は黙ったまま隣へ腰を降ろした。
「……何で私は神様の作った空間に居るの?」
「それは私が連れて来たからです」
神様が作った空間なのだから、神様が私を連れて来たのは当然の事だろう。
「そっか。神様が誘拐」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい」
「何さ。真面目に答えちゃってさ。つまらないの」
冗談を言いながら笑い隣に居る神様へ視線を向けてみると、悲しそうな表情を浮かべていた。
「何で神様がそんな顔するんですか? 私はもう全部受け入れたし、悲しくも無いし……神様はそんな顔しないで下さい」
吹っ切れたのか、大分落ち着きを取り戻して居る。大丈夫だからと笑って見せてから少し間が開き、神様は真っ直ぐ私を見詰めた。
「私は貴女に謝らなければなりません」
「何で神様が謝るの。……謝るなら私でしょ。いきなり殴り付けたんだから。あんな風になるとは思わなかったけど……ごめんなさい」
「そうさせてしまったのは私ですから、貴女が謝る必要は皆無です。……私は貴女を幸せにする事が出来なかった。私は……貴女が生まれた時から見守っていました」
神様の言葉の意味が解らず、思わず眉を寄せた。
「んー……神様なんだから、全てを見守って居るのは当然なんじゃないんですか?」
「ええ。当たり前なのです。ですが貴女だけは特別だった。本来ならば一つの魂に固執してはいけないのですが……」
神様は懐かしむ様に頬を緩ませた。
「私は神ですが、人間の生死を直接決めている訳ではありません。全てなるがまま。生まれ行くもの、死に行くもの、全て見て来ました」
「いつから見て来たの?」
「いつからなのかは解りません。ずっと昔からとしか言えません」
神様の表情は笑顔から変わらないが、何故か寂しそうにも見える。
「全て自然に任せていると言ってもやはり気になるものでして、たまに様子を伺っていました。そんなある日、私が貴女の世界で散歩していた時です」
神様が散歩をする姿を想像してみたが、なかなかシュールな絵だ。
「新たな命が誕生しようとしている事に気が付きました。急いで向かった先にあったのは古びた一軒家。中にお邪魔して直ぐに貴女が産まれました」
神様は私の産みの親を知っているのか。聞きたい様な聞きたく無い様な複雑な気持ちだ。……いや、私の親は園長である父さんだけなのだから聞く必要は無い。
「貴女は元気な産声をあげました。母親も喜んでいました。とても可愛らしい貴女に私も心が踊りました。新たな生命の誕生を見届けた私は、その場から立ち去ろうとしたのですが……」
言葉尻を濁し、顔をしかめた。何となくその先の言葉がわかる気がする。
「私よりも先に、貴女の母親が立ち去りました。貴女を置き去りにして」
「置き去り……」
私は産まれた直後に捨てられた。児童養護施設に居るのだからそれは理解していたつもりだけれど、産まれて直ぐというのは、結構ショックが大きいかもしれない。
「あれ? でも私は施設の玄関にカゴに入れられて置かれてたって聞きましたけど……もしかして」
思った通り、神様は小さく首を縦に振った。
「神様が助けてくれたんですね」
「産まれる瞬間に立ち会ったので、感情が入ってしまいました。それが原因なのです。私が関わったせいで、貴女に不幸がまとわりついてしまいました。魂には生まれ持って定められた不幸の量、幸福の量があるのです。しかし、貴女の魂に私が関与した事で、不幸の量が尋常では無い程に膨れ上がってしまったのです」
神様は罰が悪そうに話しているが、そのおかげで今まで私は生きて来る事が出来た。神様があの場所に居てくれたから、兄妹や父さんに出会えた。
「ありがとう神様」
「でも貴女は……」
言葉を詰まらせる神様に笑顔を見せる。
「置き去りにされてたらそのまま死んでたでしょ。皆に会えて幸せだったよ。まぁお父さんが死ぬまではだけど」
冗談でも言う様に笑って言うが、神様は再び悲しげに眉尻を下げ俯いてしまった。
「そんな悲しい顔しないでよ。神様が仕向けた訳じゃ無いでしょ。確かにここに来るまでは神様を恨んでたし、何より神様の存在を信じて無かったけど」
「……少しだけ、手助けをしてました」
「手助け?」
「気付かれない様に、クリスマスとかにはプレゼントを少々」
クリスマスを思い出してみる。部屋中に溢れんばかりのプレゼントがあった。主に支援で誰かが贈ってくれたのだろうと思っていたのだが、神様の口振りからすると、サンタクロースは……。
「神様が?」
「全部ではありませんよ?」
今思い返せば確かに不自然な事もあった。支援なのに何故かプレゼントが必ず欲しい物だった事もあったし、何より父もたくさんのプレゼントを見て驚いていた。
流石に支援だけでは無いと勘づいて居たのかもしれない。他の子供達は知らない事だが、私は父にもプレゼントが用意されていた事を知っている。
「子供ながらに心配してたんだ。こんなにたくさんのプレゼント買って大丈夫なのかなって。でもまさか神様がサンタクロースだなんて、夢があるね」
「言われてみればそうですね」
神様と視線が合うと、自然と笑みが零れ出た。
「あー良かった」
「え?」
「消える前に神様に会えて良かった」
自分だけ現実から逃げ出して楽になるなんて、狡い人間だと思う。残して来た子供達には日頃から強く生きろと口煩く言って居た癖に、自分はこのざまだなんて子供達に顔向けが出来ない。
それでも死んでしまったのだからもう何もする事も出来ないし、何も言えない。子供達の事は気掛かりだが、きっと私の分も幸せになってくれるはずだ。あの子達の不幸を全部吸い取ってあげられてると良いのだけど。
これで一応気持ちの整理はついた。自殺をしてしまった私は天国には行けないだろう。仕方の無い事だ。どんな理由にせよ、自分を殺したのだから。
ふと、現実世界の事が気になった。今頃留理子は私が死んで笑っているだろうか? あれだけ蔑んで居た私が死んだのだから、さぞかし愉快だろう。良い気味だと笑っているに違いない。
私の次は、誰を死に追いやるのだろう。
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