始まりの章6 魔王軍第4幹部ヘェル
奴は"女神ヘェル"。冥界をハデスらと共に支配していた神だ。
だが、奴は"魔王軍第4幹部ヘェル"と名乗った。
奴は、『神』という名を捨てたのだった。そして、"魔王軍"へと......。
当然、ハデスは目を見開きながら驚いている。そして、心の底から怒りも込み上げてくる。それとは逆に悲しみもある。悔しさもある。そのヘェルの変わり果てた姿を見てハデスの心の中には沢山の感情が入り乱れている。
そして、ルミウスは初めて"魔王軍"の気迫、圧倒的な『闇』の強さに手が小刻みに震えていた。"魔王軍"という言葉を聞いたかだけなのにルミウスの額には汗が出てくる。だが、違った考えをする少女もいた。
「ま、魔王軍?」
フィアが首を傾げながら、ヘェルに聞いた。フィアは知らないのだ。"魔王軍"の恐ろしさを......。ルミウスは、とっさにフィアの前に立ち、すぐにでも戦える構えをする。
『ハハハッ! ハハハッ! これはこれはっ! 魔王軍を知らない御方がいらっしゃるとはっ! フフフッ! 貴様は神だなっ! 僕の尊敬する御方が属する"魔王軍"を知らないなんてっ! ぼ、僕は僕は僕は僕は僕はぁー! 貴様にその恐ろしさを見せてやろうではないかっ! 僕、魔王軍第4幹部ヘェル様がっ!貴様にその恐怖と絶望を味わわせてあげるっ! フフフッ! 久しぶりに暴れられるよぉ~!貴様はせいぜい最後に始末してあ・げ・る』
不気味に笑いながらヘェルはフィアを指差して宣言した。フィアを最後に始末すると。そして、魔王軍の恐ろしさを見せてあげると。
フィアはそのヘェルの発言に足が一歩後ろに下がる。この目の前にいるやつは、本当に化け物だ。その時だ。
「えっ! 足が震えるぅ、う、動かないッ!」
目の前の化け物を前にフィアの足はその場から動けなくなった。
『フフフッ! いくら動いても無駄だよ、貴様の足は僕が支配したっ!だから、貴様は動けない、動かさせないよっ!』
震えが止まらない。初めてここまでの恐怖を味わった。当然のことだ。神域から出たことがないのだから、恐怖とは無縁だった。だから、フィアはその場から動くことが出来なかったのだ。足が足が自分のものであって自分のものでなくなったのだから。
「ヘ、ヘェルッ?! 魔王軍じゃと?! お、お前っ! 何を言ってるんじゃ!」
感情が落ち着いたのか、しばらくして声を荒らげなから、ハデスはヘェルに対し怒鳴る。あの昔の可愛かった子があんなにも酷い体になっている。その信じられない光景を目の当たりにして、さらには"魔王軍"に属している。ハデスが真の意味での『敵』と判断した瞬間だった。
『ん? ハデスか、もう僕は、ハデスとは違うっ! ハデスはっ! あの日、僕を僕を僕を認めようとしなかったっ! だが、今は違うっ!僕を認めて必要としてくれる御方がいるっ! 僕に新たな道を教えてくれた御方いるっ!ハデス、、貴様は僕には勝てないよ、ハデスっ! 貴様を殺してやるっ! 僕を邪魔し、道を閉ざした貴様を僕は許さないっ! 何故、もっと僕に"闇属性"をっ! "闇属性"の真髄をっ! 貴様は、教えなかったんだ、、僕に自分が超えられるのが怖いからか? 僕にはこれくらいで充分とでも言いたかったのか? 僕を、、見捨ててたのか?』
ヘェルはハデスに向かってその腐った眼差しを向ける。そのハデスを恨み、憎み、殺したいという殺意が地下一階に漂う。
「ち、違うっ! 儂はお前を見捨ててなんていなかったんじゃ、ヘ、ヘェルのことが我が子のようで、好きだったの......」
『言い訳は聞きたくないっ!』
話しているハデスをヘェルは怒鳴って止める。
悲しそうなハデスの顔。自分のせいでこうなってしまったヘェルを見て。
『僕はハデスが嫌いだ』
ヘェルはハデスの目を見て、そう断言した。ハデスの目を大きく見開いた。ヘェルにそう言われたのだから。『嫌いだ』っと。ハデスにはその言葉が胸の内に刺さったのだ。
「ハ、ハデスさん......あ、あの野郎っ!」
ルミウスは、ハデスの様子、そして、ヘェルの堂々とした態度を見て、怒りが込み上げてくる。ハデスがあんなにも悲しんでいるのに。依然として態度を変えないヘェルに対して......。ヘェルはそれに気づいてルミウスを見る。そして、
『なんだ? 若僧? その目は? 僕に何か付いてるかな? いや、僕が何かしたのかな? 人間ごときが僕に何か用?』
「貴様ッーーーーーー! ハデスさんをッ!」
怒り狂ったルミウスは、魔力を溜める。そして、
「武装解放っーー!」
ルミウスの手から『光』が溢れ出る。そして、次の瞬間、『光』はルミウスの手の中で形作られていく。そう、『光』は光剣へと変化したのだった。そして、
「この"光剣ルミウスソード"でお前を斬ってやるっ!」
そう言ったルミウスは次の瞬間、光の斬撃を放つ。斬撃は真っ直ぐヘェルの元へ......。しかし、今までピクリとも動かなかった巨人を触ってヘェルは、
『巨人よっ! 僕を守れっ!』
ヘェルにそう命令された巨人は右手に持っていた巨大な棍棒を振り下ろす。すると、次の瞬間、巨人の棍棒によってルミウスの斬撃は跡形も消滅した。振り下ろされる巨大な棍棒。そして、地面が揺れた。いくら、強い衝撃にも耐えられるように作られた"ヘルタワー"ですら、その威力には揺れたのだ。
『フフフッ! ハハハッ! いいぞっ! いいぞっ! 死霊よ! 奴を、若僧を叩き潰せっ! フフフッ! 僕は、ハデスを殺ろう!』
そう宣言した瞬間、ヘェルはハデスに向かって走り出す。巨人はルミウスに向かって走り出す。
フィアは動けない。目の前でいくら辛い辛い戦いが繰り広げられようとも逃げることも避けることも動くことも出来なかった。




